第13話 四度目の来襲

 蛇目男達の襲撃から五日経った。ハーガット軍の再襲来は無く、その静けさに俺は不気味さを感じていた。


 俺とレファンヌ。そして臨時にこの街の防衛の為に雇われたマコムは、宿屋の店で夕食を摂っていた。


 いつハーガット軍が来るか分からなかったので、俺達は完全武装の格好だ。


 マコムは勢い良くパンと白身魚を口に入れ、熱いコンソメスープを飲み込む。


 マコムと数日一緒にいて分かった事がある

。この娘はとにかくよく食べる。だが、マコムに言わせると決して食いしん坊と言う訳では無いらしい。


「私の一族は、冬眠前の熊の様にお腹を満たし、力を蓄えないと駄目なんです」


 マコムは恥ずかしそうにそう言った。俺は危険極まり無い依頼を志願してくれた彼女に深く追求せず、出来るだけ友好的に接しようと心掛けた。


 だがそれは杞憂だった。マコモは常に控えめで礼儀正しく、あの金髪の悪魔にすら受けが良かった。


 それに俺の半分死霊の身体の事を話しても

、マコムは笑って受け入れてくれたのだ。


「マコムは何か武勇伝とか無いの?」


 マコムの五分の一の量の朝食を食べながら

、レファンヌは無作法にもフォークをマコムに向けながら質問する。


「い、いえ。恥ずかしながらそんな物は。まだ冒険者になって間もない駆け出しなんです


 大人五人分を平らげたマコムは、食後の果物を食べ始めながら答えた。何でもマコムの一族は、十六才になったら成人扱いになり、独立し村を出て行かなくてはならないらしい


 まだ冒険者として新人のマコムに、この街の住民達は親切だったそうだ。


 特に俺にマコムを紹介してくれたギルドの入墨男は、マコムに親身になって仕事を紹介してくれたらしい。人は見かけによらない物だ。


「それにしてはマコム。あなたのあの戦斧。かなり使い込まれている様だけど?」


 レファンヌが紅茶のカップを片手に、マコムの後ろに立てかけられた斧をチラリと見る


「は、はい。私の村は全ての子供達に厳しく戦闘の訓練を施します。この斧は、私が幼少からずっと使い続けた物なんです」


 ······この大きい斧を幼少から使って来た?

ど、とれだけ子供に厳しい村なんだ?


「······マコムの村は、ラタラ神を信仰しているの?」


 レファンヌが聞き慣れない神の名を口にした。ラタラ神?何だそれ?


「万物の怒りを鎮めるとされる神よ。一つ利口になったわねキント」


 レファンヌがすました顔で俺を一瞥する。

な、なんか気分悪いな。


「は、はい。レファンヌさん、何故それが分かったんですか?」


 マコムが両手で紅茶のカップを持ちながら驚いた表情を見せた。


「マコム。あなたの額に巻かれたその刺繍。それはラタラ神の紋章よ」


「え?そ、そうだったんですか?私、知りませんでした」


 レファンヌの返答に、マコムは赤面して額の布に手をやった。その時、店の扉が乱暴に開く音がした。


「た、大変だ!またハーガット軍が来たぞ!

金髪の女を出せと叫んでいる!」


 ハーガット軍の襲来を告げる住民の声に、俺は心の中で舌打ちした。よりによってレファンヌが魔法を使えない夜に来るなんて!


「キント。マコム。気負わなくていいわよ。駄目なら逃げればいいだけよ」


 レファンヌは悠然と椅子から立ち上がり、急ぐ気配を微塵も見せず出口に歩いていく。

俺とマコムは急いでレファンヌに続く。


 ハーガット軍はやはり北門から侵入していた。修繕途中だった北門は完全に破壊されている。


 ハーガットの兵士達がかがり火を焚いていた為に、夜の街は明るかった。俺は注意深く奴等を観察する。


 ······死霊は居ない。兵士達は五十人程だろうか。中央に全身黒い甲冑を着ている男がいる。


 アイツが隊長か?それにしてもハーガット軍の連中は全員黒の鎧を着ている。ハーガットは黒が好きなのか?


 ······ん?隊長らしき奴の後ろに、大男が隠れる様に立っている。あいつは······


「あ、あいつ!シャウトじゃないか!!」


 俺が大声男を指差しながら叫ぶと、シャウトはそそくさと隊長らしき男の背後から出て来た。


「ふはははっ!久しぶりだな金髪の女!少年

!私こそは偉大なる敵無しハーガット軍少尉

シャウト様だ!あ、そうだ。貴様等!この前はよくも私の鼻を潰してくれたな!どんな治療を施しても、もう元に戻らんと言われたぞ

!この恥辱!モツイット中佐がお前達に天誅を下してくれるからな!!」


 あ、相変わらず馬鹿みたいに声が大きい奴だ。奴の言う通り鼻に包帯が巻かれている。

ん?今あいつ、自分の事少尉って言ってなかったか?


「今度は少尉に格下げね。あんた。会う度に降格されてるわね」


 レファンヌが大声男を鼻で笑った。シャウト少尉は顔を真っ赤にして憤慨したが、隊長らしき者がそれを制した。


「私の名はモツイット。ハーガット軍中佐だ

。我が軍を三度退けたのはお前達か?」


 モツイットと名乗った男は、低い声を発した。


「そう!そうですモツイット中佐!コイツ等です!ん?あの赤毛の少女はいたっけ?とにかく!ここにいる者は全て地獄行きだあ!」


 シャウト少尉が大剣を腰から抜いた。俺とマコムも武器を構える。


「敗北の数が四度になる前に尻尾を巻いて逃げたら?お情けで後は追わないわよ」


 レファンヌが腰に手を当てて宣戦布告する

。おい!お前今、呪文使えないんだろ!あんまり敵を挑発するなよ!


 モツイット中佐が無言で腰から長い剣を抜き放った。その表情は兜に隠され、伺い知る事は出来なかった。

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