第46話


 それから

 カンヌでの夢のような二日間はあっという間に過ぎ去り、日常に戻った。


「僕たちって、ほんとにカンヌへ行ったよね?」


 そう確認し合いたくなるぐらい、カンヌは夢のようであり日常は現実だった。もう少し居たかったな。




 しばらくたったある日、土方さんに自宅に招かれた。


「やぁ、その節はありがとう。助かりました」


「こちらこそありがとうございました」


 食事をしながら、土方さんが話し出した。


「今日はね、君に伝えておきたいことがあってね」


「はい、なんでしょう?」


「カンヌでね、さくらくんにあるお願いをしたんだ」


 あぁ、エスコートのことかな?


「ミシェルさんのことですか?」


「そう、聞いているかい?」


「はい。頼まれて、お連れしたと」


「そうなんだ。さくらくんに頼んで良かった。彼はね、フランスで有名な実業家なんだが、気難しい人でなかなかコンタクトが取れなかったんだ」


「そのようですね」


「私達も何度もアプローチしたんだが、なかなか応じてくれなくてね。さくらくんはたった一度で成し遂げた」


 エステでピカピカに磨き上げて、セクシーなドレスを着ていったからね。間違いなく会場で一番綺麗だった。夫の僕の目には。


「ミッション成功ですね」


「そう、まさにミッション成功なんだよ。このたび晴れてミシェルさんと契約を結ぶことができました。本当にありがとう。君達のおかげだ」


 握手を交わす。


「お役に立てて良かったです」


 土方さんはワインを一口飲んで続けた。


「キミは、さくらくんとずっと一緒にいて、何か感じないかね?」


「はぁ……幸せだなぁとは思いますが」


「そう、幸せになるんだよ。彼女は『あげまん』だ」


「あげまんですか?」


 そういえば心当たりがある。

 さくらは他の男性と仲良くなって気軽にデートしちゃうクセがあるんだけど、その男達がなんだかいいヤツばかりで、僕まで仲良くなっちゃうんだよね。そこからいろいろ広がって、人生が豊かになる。


「そうだ。私はさくらくんに似た人物をよく知っている」


「似た人ですか?」


「そう、私の家内だよ。彼女がいたから、私はここまで来ることができた」


「そうなんですね」


「あの喫茶店のコーヒーがおいしいと私に教えたのも家内なんだ」


 土方さんは給仕にコーヒーを頼んで続ける。


「体が悪くなってね。もうコーヒーを飲みに行けないって寂しそうに言うもんだから、魔法瓶を持って分けて貰いに行ったんだ。あそこのご主人はいい人だよ。快く引き受けてくれた。それから毎週通うようになったんだ」


「それでさくらに出会ったんですね」


「そうだ。そして大きな契約が結べた」


「さくらも喜ぶと思います」


「奥さんを大切にするんだよ。彼女は素晴らしい」


「はい、大切にします」


 品の良いカップに薫り高いコーヒーが注がれる。


「そこでだ」


 土方さんはコーヒーを一口飲んで、人差し指をピンと立てた。


「さくらくんのあげまん度を、もうひとつ上げようと思う」


「はい……?」


「キミの独立に出資したい」


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