第27話

 山田は迷っていた。

 花の仕事用の電話にかけるかどうかを。今ならまだ手元にあるかもしれない。だけど、出てくれるかどうか分からない。

 それに「仕事上の付き合いだ」と言われてしまったら───

 いや、花に限ってそんなことはない。

 意を決してコールした。どちらにしろ、きっともう会えないのだろう。ならば思いを告げよう。


 コールが続く。1 、2、 3、 4、 5……


「もしもし?」柔かな声がする。


「あっ、あ、や、山田です」


 緊張で声が出にくい。恐怖で思わず切りそうになったけど、今日はいつものように逃げちゃダメだ。やらねばもう話せるチャンスはない。


「あの、ホ、ホワイトリリーを辞めたって本当ですか?」


「……ごめんなさい」


「どうして、どうして辞めたんですか?」



 怖い……「あなたが嫌だから」「あなたが気持ち悪いから」そんなふうに言われたら、立ち直れない。傷つきたくない。だけど……そうしていつも逃げ回ってきた。恋愛からも、人生からも。ここで逃げたら、もう一生立ち向かえない気がする。


「ごめんなさい。このままいても、お互いに辛いだけだと思うの」


「……お互いに?」


「ええ、山田さんには素敵な女性と出逢って欲しいと思います。それがきっと、山田さんにとって一番いい事だから」


「ぼ、僕は花さんが……」


「私、山田さんが好きです」



 ────────────────────



「もしもし?山田さん?大丈夫ですか?」



 ───────────────┸好き?

 危うく死ぬところだった。



「ぼ、僕も好きです!」



 ───────────────言った。




「好きだから、幸せになって欲しいの。山田さんを幸せに出来るのは、私ではないの」




 僕を幸せに?


 やっと気がついた。花には家庭がある。そんなこと初めから分かっていたのに、つい夢見てしまった。花は山田を想っている。山田は花を想っているのだろうか?一緒にいれなくても、恋人になれなくても、『想う』──相手の心を思う。その為に花は出来る限りのことをした。


「花さん……」


「山田さんと過ごした時間は、とても楽しかったです」


「僕も、楽しかったです。本当に、ありがとうございました」





 山田は泣いた。

 叶わなかった悲しみなのか、花の想いに対する嬉しさなのか、自分でも分からなかった。何もせず、何も食べず、ひたすら泣いた。



 月曜、出社した山田は

 辞表を提出した。



 ◆◆◆◆◆☆☆☆☆☆◆◆◆◆◆☆☆☆☆☆




 抜けるような秋晴れの空


 ランチを買いに出た山田は、公園のベンチで缶コーヒーを飲む。

 遠くの空を見つめながら。


 あれから花には一度も会っていない。山田にとって、花との思い出は間違いなく人生のハイライトだった。リリーを介しての連絡が出来なくなれば、もう会うことは叶わない。そんな薄っぺらい関係に何処まで期待していたのか。花との別れは辛かったが、何とか立ち直れるものだと知った。人は変われる。恐れず恋をしよう。もし、どこかで花に会うことがあれば笑顔で報告したい。



 目の前を通りすがった女性が山田に声をかける。


「山田さん?」


 花ではない。

 顔を上げると、前の職場で一緒だった若い女性がいた。


「お久しぶりです」


「あぁ、久しぶり」


「新しい職場、この辺なんですか?」


「あぁ」


「えー、もしかしてヘッドハンティング?」


「いやぁ……みんな元気にしてる?」


「もう、大変ですよ! 山田さん辞めてから牛島さん更にヒドイし、目茶苦茶です!」


「そ、そうなんだ……」


「ほんと、みんな山田さんのありがたさを思い知りましたよ。甘えてばっかりいたから」


「はは……あっ、も、もしかしてお昼買いに行くの?よ、良ければ一緒にどうかな?」


 山田はコンビニ袋をそっとベンチの後ろに落とす。


「いいですね!山田さんにいっぱい愚痴きいてもらっちゃお」


「じ、じゃあ、そこのパスタはどうかな?おいしいですよ」


「はい!パスタ好きです」


 笑顔が可愛いな。





「私も会社辞めたいですよー」


「そうなんだ」


「なんか山田さん雰囲気変わりましたねー」


「そう?」


 他愛もない会話をしながら、女性と肩を並べて歩いてゆく。

 爽やかな秋風が吹き抜ける。

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