第7話 夢の中?での出会い


 そこは夜の闇のような場所だった。


 真っ暗な黒一面が私の周りに広がっている。


 ぼんやりとしていると何かに引き寄せられる感じがして私はそれに身を委ねた。


 そこは子供の部屋のようだった。部屋に散乱したままの玩具や本が散らばっている。

 部屋の主がそう命じたためであろうことが伺えるが、なぜそのままにしておくのか、誰も咎めないのかと思わず私は首を傾げた。

 その部屋が散らかっているというだけではなく、かなりの期間この部屋でその主が生活していないかのような、空虚な空気を纏っているからだ。

 そんな部屋に、ぽつりと一人の少女が入ってきた。10歳くらいだろうか。

 白い髪に白い肌。瞳は赤くルビーのよう。整った顔立ちで凛としているが、その幼さゆえに年相応よりもほんの少し大人びて見えるだけだ。

 少女は、部屋に入るなり、変わりない様子に満足していたが、ふと怪訝な表情を見せた。

 少女は気になったモノの元へと迷いなく進み、それを持ち上げる。


「む?……なんじゃこれは。」


 声は、年相応に幼く、愛らしい。

 しかし、その言葉づかいは、少々変わっている。少女は手に取ったモノをじっくり観察している。


「こんなものもらった覚えがないのじゃが」


「ルビーこんな所で何しているの?」


 不意にかけられた声もまた幼く、しかし落ち着いた声はどこか安心できる声音だ。

 ルビーと声をかけられた少女は部屋に入ってきた少年を見て、また手元のモノに目を向けた。少年は、黒い髪に色白の肌。赤い瞳は少女とお揃いで宝石のよう。

 しかし、その幼い体には不釣り合いな魔力を纏っており、少年が幼いながらも巨大な魔力をもって生まれてきたことが伺える。

 普通の者であったなら、その魔力を見ただけで卒倒しそうなほど、濃厚な魔力である。


「ルフェルスか。久々に気が向いたから部屋に入ってみたのじゃが…」


「手に持っているのは何?見たことないね。」


 ルフェルスと呼ばれた少年もルビーの持つ奇妙な物体に興味が惹かれたようだ。

 ルビーの手元には、今まで見たことのない玩具のようなものがあった。

 それは、今にも壊れそうな丸い球体。

 まっさらなそれでいて儚げなそれはルビーの手の中でじっと耐えているかのようだ。


「うむ。何やら奇妙な物体じゃな。じゃが、見ておると何やら愛らしいの。」


「でもそんなの貰った覚えもないんでしょ。父上と母上に報告した方がいいと僕は思うよ。」


「むぅ。そうじゃが……。」


「ほら、早く。変なものだったら大変だよ。」


「うむ。しかし持っていけば取り上げられてしまうではないか。それは嫌じゃ。」


 なかなか了承しないルビーにため息をつき、ルフェルスはルビーの持つ奇妙な玩具に目を向ける。

 見たところ大した魔力も持っていないが、如何にもルビーが気に入りそうな顔をしている。

 取り上げるのは難しそうだなと考え、自分がさっさと両親に報告してきた方が早いと判断した。


「じゃあルビーはここにいてよ。僕が報告してくるからさ。」


「ま、まってくれルフェルス。妾はもう少しだけこれを愛でたいのじゃ。」


「知らない。何かあったら大変だし。僕は止められたって行くからね。」


 そう言って、縋るルビーを解きながら、部屋を出ようとしたとき、妙な気配を感じた。

 とは言っても、攻撃的なものでも悪意あるものでもない。

 今までそういったものに晒されてきた二人は怪訝な顔をして辺りを警戒する。

 不意にルビーは手元のモノがごそりと動いた気がして、手に持った玩具を取り落した。


「!?」


 落ちた玩具はふわふわと浮かび上がってどこかに移動しようとしている。

 そして、目の前にあった二つの顔と目が合ったような気がした。


「う、動いたのじゃ!」


 眼をきらきらと輝かせた白髪の少女が、今にも壊れそうな玩具を持ち上げて嬉しそうに少年を見る。


「ルフェルス大変じゃ、玩具がひとりでに動いたのじゃ!」


「確かに、動いているけど…。」


 困惑気味の黒髪の少年。

 二人とも動いた玩具に驚いている反面、なにか面白いものを見つけたような興味をひかれたようだった。


「そなたは何なのじゃ?ただの玩具には見えないが。」


 問いかけられた言葉に、自然とそれは返事をした。


【はじめまして、エスティアです。って、あれ?…これ夢だよね。なんだかリアルなんだけど。】


 明らかに奇妙な丸い物体。それを面白そうに眺める少年。

 そしてその返事に少女はパッと顔を綻ばせ、ニパッという表現が的確なくらいの笑顔を見せた。


「しゃべった!しゃべったぞルフェルス。一体これは何なのじゃ?エスティアそなたは何者なのじゃ?新しい種族かなにかが生まれたのかや!」


 興奮気味なルビーはエスティアの丸い体をふんわりと両手で抱えて持ち上げると、くるくると踊る。捲し立てる言葉にエスティア首を傾げる。


【私はエスティア。人間だよ?】


「ん?なんじゃと…人間とはこんな奇妙な形じゃったか?」


【奇妙って何が?】


「…君、本当に人間なの?」


【へ?なんで?】


 呆れたようにルフェルス君が丸い球体を見る。


「人族ってそんな形じゃなかったと思うけど。」


【へ?私、何か変なの?ていうか、ここってどこ?】


「ここは魔族の住む大陸にある城の中ですよ。」


【魔族?城?私、普通に家にいたと思うのだけど。】


「ここに来ている時点で普通じゃ無いですよ。しかもそんな形だし。」


「でも、良かったの。見つけたのが妾たちで。」


【え?何か大変な事になっているの?】


「そなた自分の姿を良く見てみよ。」


 ルビーが鏡を見せてくれる。


【えっと、なにこの球体。】


 ルビーに抱えられている謎の丸い球体。

 白く光る今にも壊れそうな何か。

 これって私?玉から困惑が伝わったのかルビーの手がぷるぷると震えた。


「あははははっ、面白いのうエスティアとやら。」


 くつくつと腹を抱えて笑うルビーさん。

 あまりなエスティアの間抜けさにルフェルス君も警戒を解いたようだった。

 僅かに肩をぴくぴくさせて笑っている。どうやら笑いを堪えきれなかったようだ。


「もし僕たちが見つけなかったら今頃きれいさっぱり消されていたんじゃないかな?」


【ひょえ?消される?】


「妾とルフェルスは次代の魔王候補じゃから、傍に居る限りは大丈夫じゃ。」


【ふぇ?まおうこうほ?ま、おう、こうほ……魔王、候補って…どえぇえぇぇ!】


「ふふ。本当ですよ。エスティアさん?」


 どしぇーと焦った感情を発する球体。


【えーと、すごいんだね二人とも。畏まった方がいいのかな。】


「今更なんじゃ。べつにそんなことで咎めたりせんから今まで通りに話すのじゃ!」


 無理だろ!てか王族だし。不敬罪になったらどうするんだと思いつつも何がどうしてこんな状況になって居るのかさっぱり分からない。


「ふふ。ルビーが許してしまいましたからね。さっきまでと同じでいいですよ。ただ、ちょっとい・ろ・い・ろお話を聞くだけですから。」


 うわっルフェルス君。すごい笑顔で近寄ってきた。ちょっ!笑顔なのにとても怖い。

 背後に何やら黒いものが見えるのだけど、えーと気のせいですよね。「いろいろ」とものすごく強調された気がするよ。怖い。

 この小ささでこのインパクト!これは怖いよ。将来が恐ろしい。いろんな意味で。

 こうして、何がなんだか分からないまま私は魔王候補たるルビーちゃんとルフェルス君に出会った。後に友情と約束をしあう仲になるなど、この時は考えてもいなかった。

 そして、この世界の物語において、今回の出会いが大きく運命をそして、世界の未来を変える事になったのだという事を随分後になって知ったのだった。

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