第2話 異世界に転生したらしい

 …夢を見た。それは生まれる前の事。


 ゆらり ゆらり ゆらゆらと、ゆられるこれは夢か現か幻か。


 気が付くと暗闇の中にいた。そう感じたのはなぜだろうか。ここは、どこだろう。


 暗闇の中にいるはずなのに不思議な安心感がった。音が聞こえる。

安心したのはとくん、とくん規則正しい心臓の音が聞こえる為かもしれない。ゆらゆらと温かい水の中にいるような不思議な感覚だった。

 見えないながらも自身の周囲を把握しようと耳を澄ませる。音が聞こえる。様々な音が…。その音が何を意味するのかは全く分からないが、何らかの意味を持つだろうことはなぜだか理解できた。音の感じからとてもうれしそうな、喜んでいるような…そんな気がした。

 ゆらゆらとその温かい水の中で私はまどろみの中へと旅立った。


 遠くで、声が聞こえた気がした。


「ふふ、ねぇアル。この子、今動いたのよ。」


「元気な子だ。生まれてくるのが楽しみだよリリー。」


 膨らんだお腹を優しくなでながら、二人は微笑んだ。



 ―――夢を見ていた。


 なぜだか分からないがこれが夢だと理解していた。空を飛ぶ夢だった。水と緑あふれる大地のある地球と呼ばれる星。太陽系の一つであり様々な生き物がその星に生きている。その中で日本と呼ばれる島国、その国に住む人々の暮らしを空中に浮かびながら見ていた。

 これは何だと見れば見るほど、それが何であったかを思い出した。


 思い出した?いや、こんなのは知らない。知らないのに知っている?いや、違う。知っていただ。


 自分が何なのか分からないまま、それを見て地球の日本と呼ばれる国について触れる。知識として人々の生活を学び、取り戻していった。

 そう、この星は科学と機械が発展した世界だった。漠然とそう思った。混乱しながらも知識を吸収していった。

 これは過去にあったことだということも理解していた。まるでテレビ画面でも眺めているような、映画を見ているようなそんな感覚。それはひどく歪で奇妙だった。


 ふと、気が付くとまた暗闇の中にいた。あぁ、これは母の胎内だ、私はまだ生まれてすらいないのだ。温かい闇の中で先ほどの知識からそう理解したのだった。耳を澄ませば外の音が僅かに聞こえてくる。

 それを頼りに私は言葉というものを理解しようと思った。しかし、何も見えない中で音だけを拾っても何も分からない事が分かっただけだった。音の種類や違いを聞き分けたとしてもその意味を理解できないのだ。

 そんな時ふと、地球の知識から転生という言葉を拾った。今の自身の状態はまさに転生だと。ただ、お決まりのパターンで言うならば記憶があって知識もあるのがセオリーだったと思うのだが、私にあるのは知識だけだ。

 自分が過去どんな人間だったのか、どう生きたのか、周りの人間は、親は、家族は?全くと言っていいほど分からなかった。

 まるでその部分だけをきれいに消し去ったかのように。とはいえ、それが例えあったとしても今世ではきっと意味はないだろうな…と、ばっさりその事を切り捨てた。むしろ無くて良かったのだ。過去の自分に捉われることがないのだから。


 ………。


 ………。


 ………。


 ゆらゆらとまどろみを堪能する私は急に壁が迫ってくる気配を感じた。


 苦しい。突然の苦しさにもがきだした。胎内の壁が切迫していた。

何が起きたのかともごもごしていると、何かに引きずられるかのように感じて…あ、出ると思った瞬間、産婆がわたしを取り上げた。


 自分でもびっくりするくらいの声がでた。産声だ。


 はじめて自分の生まれた世界で息をした瞬間だった。


「おんぎゃぁ、おんぎゃぁ!」


 外の空気を必死で吸い込もうとしているかのように、私は泣きわめいていた。


「元気な女の子ですよ。」


 産婆はてきぱきとへその緒を切り、処置をしている。産湯につけられ綺麗になったらしい私は母の傍に連れて行かれた。

 まだ目は見えてはいないが、母は私を見てホッとした顔を見せたような気がした。


 ふわりと靄がかかったように、視点が切り替わる。これは、幻でも見ているのだろうか。


 滝のような汗でぐったりとしつつも誇らしげなその表情。今は乱れているが淡い金色の髪を横に流し、艶やかな肢体に色白の肌は雪のように儚い。全てを見透かすようなアクアマリンの瞳は潤んでいてとても色っぽい、ヨーロッパ的な感じの外国の美人さん。


 細い腕で生まれたばかりの赤子を抱き寄せて満足そうに微笑んでいる。抱き寄せられているのは私だろうか。


「無事に生まれてきてくれてありがとう。」


 そう言い終わらないうちにバタンと豪勢な扉が開かれた。

 そういえば、ここは病院っぽくないなと思いつつ扉の方に意識を向ける。白く清潔感のある室内で慌ただしい声が聞こえてきた。


「生まれたか!どちらだ。」


 声を張り上げて入ってきたのは、男性にしては少し長めの焦げ茶色の髪をさらりと靡かせ、引き締まった体躯に内側に秘めた柔軟性のある筋肉。灰がかったブルーの瞳は喜びに満ち溢れている。


「女の子ですよ、旦那様。」


 産婆が伝えると、飛び上がらんばかりの勢いで拳をギュッと握ってガッツなポーズをとっている。

 この二人が私の両親らしい。


「よくやったリリー。身体は平気か。」


「ふふ、ありがとう。初めてだったけど大丈夫よ。」


 喜んだり心配したりと忙しい父を横目に母は落ち着いて言った。


「そうか。無事で良かった。」


 そういうと、父はそっと壊れ物を扱うかのように私を抱き上げた。


「この子の名はエスティアとしよう。きっとリリーに似て綺麗な女性になるぞ!」


「エスティア、いい名前ですね。」


 柔らかい笑みとともに今世での私の名前が決まったらしい。名前が決まると同時にまた視界が霞んで見えていた幻のようなものは消えた。


――――…


 あれから1か月が経った。相変わらず眼もまだ見えなければ体もあまり動かない。もごもごしているか泣くか寝るかの毎日が続いている。


 生まれてから暫くして私の部屋が用意された。それが分かる理由は母から離されて別の場所に連れていかれたからだ。テンションも上がる!先ほどから色々と妄想してしまう。あの幻のようなものをたまに見ている。だからきっと部屋に置いてある調度品なんかはきっと安価なものには見えないくらい格調高い物が置かれているはずだ。


 見えないからこそ妄想するくらいいいよね。


 幻の様子から言ってこの家は結構なお金持ちだろう。恐らくこの部屋は私の感覚からすると部屋2つ分くらいあるんじゃないかな。見えないけど!

 赤ん坊だからせいぜいベッドの中でくらいしか動けないし。動くと言ってももごもごしているだけだ。

 まぁ、それでも距離感的に広いから動けるようになったら色々しようと今から画策している。

 そうそう、最近私の世話をしてくれるのは、腰まで伸びる茶色の髪を後ろでキュッと纏めて瞳の色は赤みがかった茶色の瞳を持ったTheメイドといった格好の女性だ。

 これは勿論自分の目で見たわけではない。時折見える幻でそのような見た目だったのだ。それに、何度も同じ言葉で返事をしているので名前がサラと言うらしいことが分かった。

 ちなみに私の名前はあの幻で決まったのと同じエスティアのようだ。

 父さまの名前はアルナス、母さまの名前はリリーというらしい。らしいばかりだがやっと聞き取れた言葉はそのくらいだった。

 日本語ではない。ましてや英語でもない。全く知らない場所に生まれたのだと実感する。未だに何を言っているのか分からないが、少しずつこの世界の言葉が耳に馴染んできている。

 まぁ胎内でも聞いていたといえば聞いていたのだから比較的に覚えるのも早いような気がする。

 あの知識にある小説や漫画のようなチート的なものを貰った覚えはないしね。赤ん坊だから覚えるのも早いのだろうと思う。

 あ、知識を持ったままという点においてはチートっぽいのかな?といっても、日々やっているのは例の訓練と言葉を覚えること、ご飯食べて寝ることくらいしかないけどせめて本が読めればという願望ならあるんだよ?

 でも流石に生まれて1か月かそこらで、ご本を読んで欲しいなんておねだりは出来ないし、ましてやそれを伝える手段が無い状態だ。

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