第7話 エピローグ
しっかりと小夜の暖かさを堪能した銀月はそのままの姿でもう一つの自分と近しい気配を持つ存在の元へと向かった。
近しい存在。
当然のことながら帝の事だ。
銀月が現れたことで帝は一瞬驚いたようだったが、いつかこういう時が来ることを予想していたのか騒ぐことなく応じた。
「帝か。」
かつて銀月が先代姫巫女の腹の中で学んだ記憶からそれを導き出した。
「確かに私が帝だ。お前は…銀月だったな。それで、何の用でここに来たのだ?」
「…近しい気配を感じたから寄ってみただけだったが、気が変わった。」
いたずらを思いついた子供のように銀月は笑う。
「那佳国に攻められそうになっていると聞いた。負けそうだとも。」
「…何が言いたいのだ。」
「俺が帝になって退けてやろう。」
ぎょっとしたのは周りにいる重臣たちだ。
異形を帝に据えるなど前代未聞なうえ、そんなことをすれば人間がどうなるか分かったものではない。
「俺が帝の位を求める理由は貴方なら分かるだろう?」
帝には子が未だ産まれていない。
先代姫巫女を失ってからというもの、帝は世継ぎも作らずにずっと彼女を探し続けていた。
それに先代姫巫女に手を付けたのは他ならぬ帝自身だ。
銀月の言葉はそれを知っているのだろうと帝は理解した。
「帝になって何をしたいのだ?」
だからこそ、こう聞いた。
それは、理由によっては帝の位を譲ると聞こえるもの。
重臣たちが挙って反論しようとしたが、銀月の人睨みで黙らされた。
「俺は小夜を気に入っている。」
小夜をこれ見よがしに抱き寄せて腕に収める。
そして小夜の額に口付けて続けた。
「だから、小夜の住む国を守ってやってもいいと思った。それに、鬼の中にも話が分かるものは居る。人と鬼、双方が共に住める国を俺が作る。」
「人を差別しないと誓えるか?」
「それを誓う意味はない。それを誓うのは俺たちではなく人の方だから。」
鬼を怖れるのも差別するのも人の方だ。
人間を襲わないように鬼を説得する必要はあるだろう。
しかし、一方的に縛ることは出来ない。
なぜなら、鬼を襲うのもまた人だからだ。
「人と鬼との共存か。難しいぞ?」
「俺一人では無理。だから闇影…力を貸して。」
銀月の言葉に応じるように影が人の形になって姿を現す。
「気が付いていたのか。」
「闇影の気配はすぐ分かる。傍にいてくれたのも知っているよ。」
銀月の言葉に照れくさそうに頬を掻いた闇影は仕方がないと言わんばかりのため息をついた。
「人との共存なんて何が面白いんだ?」
「俺は闇影も小夜も大事だよ?だから一緒がいい。」
銀月の言葉にぽかんとした表情を浮かべ闇影は腹を抱えて笑い出した。
「お、お前そんな理由で共存をって言ったのか。」
「うん。」
「くく、いいだろう。手伝ってやるよ。鬼たちを纏めればいいんだろう?」
「そう。まずは、手始めに那佳国が攻めて来たら鬼たちにも戦ってもらう。」
「好きにして良いんだな?」
闇影の獰猛な目が銀月に向けられる。
それは戦になれば思う存分力を奮える事に惹かれたのだろう。
「味方でなければ。」
「お前が言うのは鬼と人の頂点に立つことだ。それ、分かっているんだな?」
「うん。そうなるね。だから…。」
視線を帝に向けて銀月は位を譲ってと告げた。
それは、お願いではなくもはや命令に近い。
鬼に近い異形の銀月に逆らうことなど人にはできないのだから。
こうして日輪の国は銀月が帝位を継いで帝となり、鬼と人を纏め上げた。
その傍には闇影と小夜が常に傍に居りその治世を助けたという。
そうして始まった人と鬼の共存は時をかけてゆっくりと進められていく。
始めのうちは人による反発が大きかったものの、一度戦が始まれば鬼の強力な力の前にそれを英雄視するものも現れた。
鬼の力もあって負け戦のはずだった日輪の国は大勝利を収める。
人の意思を解する鬼はそう多くはない。
だからこそ纏めることが出来たと言えるだろう。
当代の姫巫女は城から去ることになった。
銀月にすり寄ろうとして鬱陶しがられ、それでも諦めきれずに銀月が大切にしている小夜を害そうとしたのが極め付けだった。
処分されそうな所を小夜が取りなさなければきっと一思いに縊り殺されただろう。
しかし、その後城からでて数か月もしないうちに旅で命を落としたという知らせが来たがその真相は誰も知らない。
それから数年後、銀月は小夜を娶り、子を儲けた。
その子供は治癒の力を持って生まれその後の日輪の国を平和な国へと導いたという。
数百年の時が過ぎ、人と鬼は共存という言葉を必要としないほど交流を深めていた。
人と鬼の合いの子も多く、異種族が共存する都として発展を遂げていた。
「平和だなぁ。」
銀色の青年がその様子を見て呟いた。
金の瞳は柔らかな光を映している。
銀月は青年の姿になって以降年を取らなくなった。
その姿のまま小夜との時間を大切に生き、小夜の死と共に位を子に譲った。
その後は国中を旅してまわり、子の治世を僅かばかり助けることもあった。
そうして積み上げてきた結果が今の都の姿だ。
「俺たちが作り上げた都だから当然だろう。」
黒髪に二本の角を持った鬼がそれに答える。
鬼の中でも鬼人と呼ばれるほど力ある鬼たちの寿命は長く人とはまるで違う。
そのまま鬼神と化して永劫生き続ける鬼もいるのだから人がいかに脆いのかよく分かる。
なにより長い時を生きる鬼にとって退屈というのが一番の敵だ。
それがここ数百年感じずにいられるのは、人の生が短く儚いものであると同時に短い生の中で必死に生きる様が新鮮で尊いものだからだろう。
-END-
銀月と姫巫女 叶 望 @kanae_nozomi
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