第3話 仮初の姫巫女
姫巫女が行方不明になってはや14年の歳月が経ち、日輪国ではやっと次代の姫巫女が何とか成人と言える年となり表舞台に立たせることができると喜んでいた。
しかし、先代の巫女姫から代替わりのための儀式を行っていないため、治癒の力も禍を防ぐこともできないただの娘だ。
代替わりの儀式と言っても大それたことをするわけではない。
神器の譲渡を大仰に言っているだけではある。
その神器も先代と同時に失われてしまったのだから力の継承はおろか、ろくな巫女教育もできていないちやほやされているだけの傲慢な娘が出来上がっただけだった。
容姿は先代と少し近く美しくはあるが、その心根は随分と歪んでしまっていた。
それは、先代が失われたことでより姫巫女の警備を厳重にするため増やした結果、あまり外へもでないままだったのが一つ。
もうひとつは城に守られていたため、姫巫女が願うことは大抵叶えられたことも大きいだろう。
やれ装飾品だのお菓子だの、望むものはすぐに手に入る。
それほどの扱いをされれば勘違いも生まれるというもの。
しかし、とうとう役目を果たせる年齢に育ったこともあり、国からの要請でとうとう表舞台へと引きずり出されることになったのだ。
「いやよ!何で私がその様な事をしなければならないのよ。」
金切り声のように響く室内でそれを知らせに来た文官も、また傍に控えていた下女も一様に耳を塞ぎたい衝動をどうにかこらえていた。
ここに本来世話をするはずの女官が居ないのはこの姫の自業自得でもある。
もう随分と人が離れて久しい。
彼女の世話をしているのは今彼女の傍に控えている下女ただ一人だ。
それも、望んでいるわけではない。
幼い頃に攫われて売られた少女だ。
年は姫巫女と同じくらいで、あまり良い扱いを受けていない事が伺えるような農奴の如きみすぼらしい恰好をしている。
細い手足がそれを強調しているかのようだ。
しかし、凛とした明るい茶色の瞳は現状に挫けず生きる力に溢れている。
薄めのやや茶色に近い髪色も日輪国では特殊である。
そうした奇異な所があるからこそ、攫われたのだろうが磨けば光る原石のような少女だった。
「先代の持ち物を売った者がいるからといって、そこに先代の巫女がいるとは限らないじゃないの。」
「しかし、次代を担う姫巫女様に置かれましては、先代の意をお確かめいただきたく…。」
「だから、先代が行方不明になって何年経つと思っているのよ!それに、その品を売った時に鬼が傍に控えていたっていうじゃない。そんな恐ろしいところなんて私は行きたくないわ。」
「ですが、これは帝の命にございますれば…。」
文官が必死に説得を試みるも未だ姫巫女は頷くことはない。
そもそも、説得する必要など本来はないはずなのだが、困ったことに今代の姫巫女はそういった当たり前の知識さえもまるで頭に入っていないのだ。
そうして、押し問答の如く言い合いを続けていたのだが、ここにきてやはり、我儘な姫はとんでもないことを言い出した。
「そうよ、あんたが行ってきてよ。私の下女なのだから当然よね。」
文官が引かないとやっと理解したのか、姫巫女はその矛先を別の方へと向けた。
そう、彼女であればどんな命令でも従わざるを得ないだろう。
「お前は私の元で生きるしか居場所はないのだから。私の代役をきちんと果たしなさいな。」
「それは…。」
困惑した下女は文官に助けを求めるように視線を向けるが、文官はもはやどうしようもないと首を横に振るだけだった。
「かしこまりました。姫巫女様。」
そんなこんなで、下女であるはずの彼女は姫巫女として役目を果たすこととなった。
しかし、仮にも姫巫女として外に出るのだからと今までの待遇とは打って変わり、美味しいものをたらふく食べることが出来て、綺麗な着物に袖を通すことが出来たのは何とも皮肉な話である。
今まで姫巫女の傍で様々な勉強を立ち聞きしてきた少女は改めて必要な知識を学ぶこともできたのは僥倖だったと言える。
我儘な姫とは違って毛色は変わっているけれど教え甲斐のある生徒である少女はまるで真綿のように教わることを吸収していった。
姫巫女の代理となることが決まって、3月が経ち、とうとう出立の時期が近付いてきた。
そのため、先代の妹君である今代の姫巫女の母君の部屋に呼び出されていた。
「小夜、お前はここまで様々なことを学んできたわ。」
「はい。」
「この城を出れば、お前は巫女姫としての役割と果たすことになるでしょう。」
「…はい。」
「ですが、決して思い上がってはなりません。お前は代理に過ぎないのだから。」
「心得ております。」
結局ここにきて再び釘を刺された小夜は3月前とはまるで違う少し肉が付き始めた手足に顔色も随分と健康そうに変化していた。
見る者が見れば、随分と美しい娘であると分かる。
その所作もこの3月でかなり上達しており、下女として姫巫女に仕えていた分も相乗してかなり洗練されてきていた。
「では、先代の消息と先代の品を売った者を探し出し、この城へ連れてくる役目きちんと果たしていらっしゃい。」
「はい。」
「それから、貴方には護衛官として封術師が供をします。決して彼のいう事に逆らわないように。」
封術師というのは、鬼や悪鬼、悪霊といった妖の類を封じる力を持った術者のこと。
彼らは清められた品や霊力の込められた札、自身の霊力を以て妖と対峙する。
今回旅を共にするとなったのは、おそらく先代姫巫女の品を売ったとされる子供の傍に鬼が控えていたという事から用意されたのだろう。
「封術師の燈火という。巫女姫殿、よろしく頼む。」
そう名乗ったのは、若い黒髪の青年だ。
術者とはとても思えない程の優男ではあるが、頬に刻まれた一筋の線がすでに実戦を行っている者としての風格を表しているかのようだ。
首元には数珠が幾重にも重なっており、数珠の一つ一つに何かしらの文字が見え隠れしている。
懐に垣間見えるのは札だろうか。
柔和に目を細めてまるで猫のように背は丸まっている。
手には錫杖があり、彼が身じろぎするたびにしゃらりと金の音が鳴った。
「こちらこそ、よろしくお願いします燈火様。」
丁寧に手を揃えてお辞儀をする。
小夜の所作はすでに本物の姫巫女よりもよほど巫女らしい姿だった。
そうして二人は旅立っていった。
護衛がたった一人しかいないのは彼女が偽物だからという訳でもない。
先代の品が本物であったのはすでに確認が取れており、その売られた場所へ赴くのも大勢で押しかければ民への不安に繋がるのが分かっているからだ。
そもそも、先代が失踪したという事さえも、伏せられて民には知らされていない。
それを知っているのは兵士や一部の者たちだけなのだ。
先代姫巫女が失踪してすぐに死の病はその勢いを失ってもはや民から忘れ去られてしまっている。全ては巫女姫がその禍を一心に受けて病を消し去ったのだという噂だけが広がっており、真実を知るものは居ない。
偽物のしかし、本物の姫巫女よりもずっと巫女らしい小夜と封術師の燈火は馬でその地へと急いでいた。
馬に乗りなれない上に、慣れない野営に泣き言一つ言わないで進んでいく。
道中に妖と出会ったり、鬼と出くわすこともあったりしたが、燈火はあっさりとそれを片づけた。
燈火はかなり実力のある封術師であったようだ。
その身のこなしも驚くほどに素早く小夜が妖に驚いている間に大地へと還っていく。
当然、妖以外でも襲ってくるものはある。盗賊や人さらいなども燈火は次々と返り討ちにしていた。
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