第26話 守りたかったものと、守れなかったもの

「何か、悪い夢でも見ていたんですよ」


「そうか……、これは確かに、悪い夢だ」


 隊長の双眸からは涙が溢れていた。けれども私はそれについては言及しなかった。

 涙を見せない方だったから。最期まできっとそんな姿を見せたいだなんて思うことはないだろう。


「隊長、夜が明けましたよ」


「あー……そうか。明けたか」


 明けちまったか。なんて切なそうに言うものだから、私は、ええ、とだけ頷いた。

 隊長。貴方が望んだ、明けの空です。

 憎い相手も居ない、そんな空です。


「お、俺を馬鹿にしているのか! 貴様ら!」


 唐突に醜い声が響いて、私は眉間に一瞬だけ皺を寄せた。


「静観してくださっているだけなら死なずとも済んだものを」


「俺が、死ぬ。そんな馬鹿な……」


「馬鹿なことが起きるものなんですよ、父上」


「……アウル!? 何故ここに!」


「すべての愚行、看過できないところまで来ていたと言うことですよ、父上」


「お、俺をどうする気だ……!」


「殺しはしません。ただ、まあ、俺の大事な婚約者と俺の大事な親友を傷付けた罪は重い。父上。幽閉くらいはされてくれますよね」


「……っぐ」


「――捕縛せよ」


 アウル陛下のその一言が引き金。前国王は兵士に捕縛され、連れて行かれた。


「なんとも呆気ない最後でしたね。こんなにも大事にしておきながら、本当に貴方はお馬鹿さんなんですから」


「……り、ぁ」


 隊長は虚ろな眼差しで私を見た。夢の中にでも居るのだろう。隊長にとっての、居心地のいい夢の中に。

 ――そんなの、私が許しませんけどね?


「いいえ。私は貴方の求める女性ではありません」


「どこに……いる」


「……貴方の従順な雀なら此処に居ますが、貴方が求める美しい声を持った女性は。貴方がこれから行くところにすら居ないでしょうね」


 何せ、貴方が行くのはきっと地獄。地獄の果てまで着いて来てくれるような女性なら良かったのですが。まあ、仕方がありませんよね。そこばかりは私とて心配しようがありません。


「隊長」


「……」


「隊長」


 殊更に優しく隊長を呼んだ。私にとっても、隊長にとっても、きっとこれは長い旅だったのだ。

 旅路の果てに、隊長は辿りついたのかも知れない。


 何故なら隊長は――


「隊長、憎い相手は居なくなりましたか」


 ようやく、貴方の夜は終わりましたか。

 私には分からないけれども、貴方がそうやって笑っていてくれるなら。私はもう、それだけでいいのです。


「さて、陛下」


「なんだ」


「私を罰さないのですか」


「……」


「身内びいきなんてしたら、私は見損ないますよ」


「……それでこそ、だな」


 ならば、お前にも罰を与えよう。それでこの国のすべてが収束するならば。


「私は鬼にでもなる」


「私の部下ではないのですから、貴方は鬼になんてならなくて良いんですよ」


「まあ、そうだな」


 それでも、ならなくてはならない時がある。


「凉萌・スパロウ。お前に――」

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