第24話 幾重の羽根は舞い散った

「隊長。私は今から、隊長の意思に背きます」


「あ? つまりは。敵になるってことか」


「まさか。私が隊長の敵になるわけがないじゃないですか」


「するってぇと、なんだ? お前は俺の何になるって言うんだ?」


「私は、隊長を守りたいのですよ」


「へえ、そうかい。それはご苦労なこって」


お前に俺の何が守れる?

そう言いたげに凉萌を見たら口を開こうとした凉萌の声は、けれども醜い声に遮られた。


「す、スパロウの女! 俺を守ってくれるのだな!?」


「まさか。そんな奇跡がこの世界に存在するとでもお思いですか?」


私が守りたいのはただひとり。私を救ってくれた人だけですよ。

そう言った凉萌は何も言わずに前国王に背を向けた。まるで庇うような仕草だが、対面した俺に対する敵意は一欠片もない。


「隊長、あなたが手に掛けたいのは本当は誰ですか」


「は、」


「あなたがその復讐心から前国王を殺して心の底から満足するとは思いません。やってくるのは、……そうですね。悲哀、とでも名付けましょうか? あなたは決してその復讐心を鞘には納められない。己の力だけでは、決して」


「それでもいいって、俺が言ってんだけどなァ……」


「私が嫌なモノで」


「相変わらず頭が固ぇな。俺との約束を忘れてんのか?」


「まさか。先程その話をしたばかりでしょう。私はまだ耄碌する年ではありません。隊長ではあるまいし」


「そぉかよ」


きっと、その言葉が合図。

大理石の豪奢な部屋の中、金属と金属の混じり合う音が響き合う。

凉萌は本気だ。本気で――俺を止める気だ。

やめてくれよ。もう、楽にしてくれよ。

これ以上苦しい世界に居るのは嫌なんだよ。

なァ? 凉萌。頼むから俺を、カナリアの元に逝かせておくれ。


「隊長、こんな時になんなのですが」


「なんだよ」


剣を交わらせ顔を近付けてきた凉萌が涼しい顔で、しかしながら額にはしっかしと汗をかきながら言ってきた。


「あの書類、片付けてくださいましたか?」


「あの書類? なんだ、それ」


「はあ、これだから使えないですね。貴方は。重要書類は隊長のサインがないと提出できないことをご存知ですか?」


「そう言われれもなぁ……」


今回、死ぬ気で来た人間にそんな呑気なことを言う人間が、部下が、何処にいるんだ? そう思いながらも、俺は凉萌の剣を押しやった。

別に俺は凉萌を殺したいわけではない。むしろ生かしてやりたい。せめて凉萌だけでも。

俺の世界を色付けてくれた、この黒衣の女神だけでも。

ふ、っと俺はその瞬間笑ってしまった。

そういやこいつはこの『黒衣の女神』とかいう仇名が嫌いだったなァ? と。


『死神と称されるならまだしも、女神というのは心外ですね』


なんて、とんちんかんなことを言っていた気がする。

ソレを聞いたハーバヒトが『凉萌ちゃんは女神じゃないよ! 天使だよ!』なんてよく分からない擁護をして、羽兎が『凉萌様ほど高貴な存在が死の神というのもなかなか……』なんて、恍惚とした顔をして。


嗚呼、もう、もう見れない光景なんだろうなぁ。他でもない。俺が壊してしまった光景なんだろうなぁ。

そう思ったら、なんだか目の奥がツンとした。けれども涙はあの日に置いて来たから零れることはなく、逆に凉萌を鋭い刃が凉萌を傷つける。

ぼろぼろなのに。もう立てないほど消耗しているだろうに。

凉萌はその二本の足で立って、そうして真っ直ぐと俺を見てくる。


「なぁ、やめようぜ」


そう漏れ出ていたのは、きっと、必然。

これ以上凉萌を傷付けたくない俺の心の声。


「それでは隊長。貴方は降伏してくださいますか」


「しねぇよ、絶対にな」


「そうですか。それではこの不毛な争いは止まりませんね」


「そぉかよ」


そうかよ、凉萌。お前はそこまでして俺を生かしたいのか。

こんな地獄に居ろってのか。それはないだろ。それはやめてくれよ。頼むから。俺を終わらせてくれよ。


「凉萌、俺は……っ」


嗚呼、馬鹿かよ。なんで、こんな馬鹿なことしてんだ。

でも仕方ねぇよな。だって、お前は――


「隊長!」


凉萌の絹を裂くような声が響いた。普段は出ないような大きな声を聞いて、なんだか安心した。

嗚呼、なんだ。お前、そんなでかい声も出んのな。なんて。きっとこんな環境じゃなきゃ言っていた。


「は、ははははは! 反逆者め! 貴様如きゴミムシはこうなる運命なんだよ!」


豚の声が聞こえて、俺は霞む視界の中、そちらを見た。そこには拳銃を持った前国王が居て、そいつは凉萌を撃とうとして、だから俺は助けに入って。


凉萌ひとりくらい、守りたかったのかも知れない。

それだけの理由なのかも知れない。

ただ、確かなのは。


――俺の腹から、夥しい量の血液が漏れ出ているという、その一点のみ。

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