雀に烏、鳩に鷹

第19話 凉萌・スパロウ

『数多の命を奪うことになるだろなァ』


そんなことを呑気に告げられたのは、ついこの間のように感じる。

私はアウル殿下――この国の次代国王の婚約者という、きっと他者から見たら華々しい立場から、人殺しの軍人となった。

そのことを一番喜んだのは義母だった。とはいえその話はメイド長がこっそりと教えてくれた『影』での噂だけれども。

義母は生粋の名家のお嬢様で、私が娼婦の胎から生まれたことが心の底から許せなかったらしい。良く隠れて汚らわしいモノでも見る瞳を私に向けていたから、幼心に嫌われていることは理解していた。


面と向かって悪態も吐けない。そういう方。

亡くなった母だったなら、義母にどう接したのだろうか?

母から受け継がれたのはこのヴァンダーフェルケでは珍しい黒い髪だけ。

それ以外は父から受け継いだと言っても過言ではない程に私は父にそっくりだと良くメイド長に言われている。

性格だって父譲り。頑固で、融通が利かなくて。


そんな性格だから同年代の周りの人間とはうまくやれなかったし。

そんな性格だから殿下に興味を持たれた。

その程度の理由で私はアウル殿下の婚約者になった。


まあ、そんな与太話は今となればどうでも良いですね。

ふう、と息を吐いて私は睫毛を伏せた。デスクに腕を組んでうつ伏せになる。

私にしては珍しく、気を抜いている気がする。

だからだろうか? こんなことを思い出すのは。


――私が、はじめて人を殺した。殺めた。命を奪った。あの日のことを。


人生に於いてあんなにも心臓が高鳴ることがあっただろうか?

人生に於いてあんなにも手が震えることがあっただろうか?

今にも泣き出してしまいたくなるような、そんな激情とも取れる感情に心が揺さぶられることが――あっただろうか?


「……かえ、らなきゃ……」


何処に? 私は一体何処に帰れば良いの?

脳裏に浮かんだ問いに、私は困惑した。

人殺しの道具となる為に軍人になったというのに。

この国の膿をすべて出し切る為に人を殺めたというのに。

私には――帰る場所がない。


「……ふふ、」


思わずといったように笑みが零れた。

血に塗れた身体では、きっと宿すらも取れないだろう。

こんな穢れた手では、もう、あの大きな手には触れて貰えないでしょう。


「……今更、後悔ですか」


本当に今更だ。笑ってしまいたくなるくらいには。今更だ。

あの日、私の眼球が潰された日。決めたではないか。


『この国を良くしよう。そうして――』


そう笑いながら私の潰れた右目の上に巻かれた包帯を優しく撫でてくれたあの人の期待に応えたい。

恋とか愛とか、そういった感情ではない。怪我を負った感傷でもない。

ただ、私は。あの人の力になりたかったのだ。




私にもっと力があれば。

そうしたら救えたのだろうか?

あの憐れで、けれども誰よりも優しい、あの人を――

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