鳩に銀、鬼に雀
第1話 鳩に銀、鬼に雀
黒と白で統一された執務室でカリカリとペンを走らせていたわたしは、ふと視線に気付いて目線を上げる。
そこには元は綺麗な金髪だったろう髪の毛を見事に真っ赤に染め上げた美丈夫が立って居た。
わたしはそんな程度で動揺することなどなく、その男の姿を見て呆れたように溜め息を吐いた。
「ハーバヒト。そんな恰好で執務室に入って床を汚しては、副隊長に殺されるわよ」
まあ、わたしとしてはこの男が死んでくれるのは願ったり叶ったりな話ではあるのだけれども。
とはいえ、ただでさえ少ない隊員が減るのは困る。大変困る。主に仕事内容的な意味で。
そう言う意味を込めてハーバヒト――その男の名前を呼べば、男はあはっと軽薄な笑みを浮かべた。
「副隊長に殺して貰えるなら、オレは本望だなァ」
「そんな贅沢な願い、潰されてしまえば良いのに」
「
まァ、その気持ちは分からないわけでもないけどネ?
ハーバヒトはそれだけを言うと、全身に被った血液――恐らくすべて返り血だろうソレを綺麗にする為か、執務室の隅にあるシャワールームへと姿を消した。
私はその姿を一瞬目で追って、けれどもすぐに興味は失せたとばかりに目の前に渦高く積まれた書類にペンを走らせて行く。
しばらくの間サインと判子を押す作業を繰り返し、気が遠くなり掛けながらも続けていればこの世界で一番馴染んだ気配が近付いて来たのを察知した。
その瞬間、犬が餌を与えられる時のように反射的に顔を上げてしまう。
自分の顔が綻んでいるのを如実に感じて、すぐさま引き締めたけれども、見られてはいないだろうか? なんて乙女のようなことを考えてしまった。
「羽兎」
ハト、と私の名を呼びながら執務室の扉から身体を滑り込ませて入って来たのは、先程ハーバヒトと話題に出したばかりの副隊長。
漆のような艶やかで長い黒髪に、片方だけ見える甘い蜂蜜のような金の瞳を持つスレンダーな女性。
彼女に名前を呼ばれた時、それは蕩けるように幸せなことだと本能が告げる。
当たり前のことか、とも思う。
わたしに名前をくださった、わたしを救ってくださった。
この世界で何よりも誰よりも大事で大切な御方なのだから。
「凉萌様、どうされました?」
漆黒と言っても過言ではない黒衣の軍服をきっちりと着込んだ凉萌様はわたしの名を呼んだあとから何かを発することはない。
黒い眼帯で隠された右目が、確かにわたしを捕えた。
その瞳は酷く冷徹で、氷のような瞳であった。
凉萌様はわたしの声には答えず、一枚の紙をポケットから取り出した。
なんだろう? と首を傾げたソレに凉萌様は一言。
「差し上げます」
そう言った。
わたしはそう言われてしまえば受け取らざるを得ない。
渡されたのは、良く見れば古びた写真だった。ところどころ破れている。随分長いこと放置されていたのだと分かった。
首を傾げながら写真をじっくりと見ていれば、巡るように思い起こされたその記憶。
写っていたのは、
「何故、これが……」
「つい最近、出張で東国に行って来た際に見付けたモノです。ソレはあなたの好きにして頂いて構いません」
「……ありがとう、ございます」
言葉が詰まったのは、敬愛する凉萌様がくださったモノだからか。
それとも、あまりに忌まわしい過去を思い出す切っ掛けになってしまったからか。
――アレは、そう。二年前。
十四歳だったわたしの人生すべてが変わったと、そう言える出来事が起きた日のこと。
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