第223話 勇者の苦情1
戻ってはみたものの、入城は認められないと言う。
「城内は片付け作業に入ったとの事、ですからお通しは出来ません」
「はあ? 片付け作業だと?」
「魔王は何をやってるんだ」
「儂も魔王めに一言文句を言いたいんだ」
「再謁見のお申し込みなら、街の冒険者ギルド本部で申請用紙のご提出を」
「また申請用紙かい!」
「どちらにしても手続きの無い者は、お通し出来ませんので」
城の門番は頑として譲らない。
魔王討伐に来たはずのアルザス達は、城の門番すら突破出来ないでいる。
今では武器も鎧も彼等には無い。
仮にギルドで申請用紙を提出して、受理されるまで時間が掛かるだろう。
その間、街に逗留しなきゃならない。
馬も養い維持していく事は、この先難しいだろう。
逗留するためにはお金が掛かる。
街門の外で狩りが出来れば、冒険者ギルドで多少でも換金出来るだろう。
しかし、狩りをするための武器が今は無い。
武器が無ければ狩りは辛い事になる。
「何と言う事だ、魔王討伐に来て妃一人に負け、
武器鎧を失い、今度は生活の危機に襲われるなんて」
アマゾネスの
アルザス達は惨めな気持ちになっている。
馬を売れば、多少の滞在費位にはなるだろうが、それだけだ。
「俺達は魔王に門前払いされたのか」
魔王討伐の王命は完全に失敗だ。
途方に暮れるアルザス達、元々どこの街にも定着していないから生活基盤は無い。大事な武器や鎧を失った冒険者に出来る事は少ない。
遊ばれ、ここまで追い込んだ魔王に文句すら言う事が出来ない。
門番に追い払われ、その場を引くしかない。
全員、項垂れながら門前から立ち去ろうとした時、
城の正面門の横にある小さな門から数人の人物が出てくるのが見えた。
彼らにトラウマを刻み込んだノルナ妃と護衛騎士だろうか、
緑のフードを被ったローブの騎士と、人質だと思っていた女性達。
「本日は素晴らしい物を見せて頂き有難う御座います。
我はここで失礼を致しますです、はい」
小柄な警備兵の女性が一人、別方向へ歩き去る。
ノルナ妃一行は、黄昏ているアルザス達一団を見つけた。
「あれ? あんた等まだいたの? そこで何をしてるの?」
アルザス達はビクッとして怯え始める。
つい先頃ボコボコに叩きのめした相手から声を掛けられたのだから無理は無い。
「あ、貴女様はノルナ妃様」
「俺達は魔王に遊ばれたんだ、文句の一つくらいは言いたい」
勇気を出してアルザスが抗議をしようとした。
「あんた達、魔王を倒しに来たんでしょ?
それで私に負けたんだからしょうがないじゃない」
「う、それはそうだが」
「私はこれからシレラ様達と学び舎の視察に行くから、相手出来ないよ?」
「学び舎の視察?」
ノルナ妃はそこで教師もしていると言う。
「一国の王妃様が教師だって?」
意外な返答に面食らう。
今日は妃直々の授業は無いらしいが、子供達の授業が終る時間が近いと言う。
その少ない時間帯にシレラ達が視察するために案内の途中らしい。
「学び舎で何を教えていると言うのだ」
混乱気味にキポック老師が尋ねてみた。
「だから時間が無いって言ってるでしょ、
面倒臭い人達だね、何なら着いておいで」
アルザス達を付き合わせてくれるようだ。
中々気風が良いが、警戒心は大丈夫かと一瞬思ってしまった。
いや、大丈夫過ぎるかもしれない、この凶暴な妃の前では。
--------------
学び舎は城から近い貴族街の一角に有った。
教室と宿舎が隣接していると説明を受けた。
中では少年少女五人が女性の教師から、計算の授業を受けている最中。
「あ、ノルナ妃様」
「良いから良いから、そのままで、今日はお客様が見学するよ、皆真面目にね」
「「「「はい」」」」
アルザス達にとって教室を見るのは初めてだ。
この世界で勉強と言えば、貴族達は家庭教師を雇うし、商人達は現場で覚えて行く。冒険者達にとって、運良く騎士崩れの者と面識でもなければ文字を教わる事は無い。縁があれば冒険者ギルドで文字を教われる者はいるかもしれない。
一般の平民は文盲が普通の世界、識字率は極めて低い。
「素直な子供達ですね」
意外な顔のラシチャニ。
凶悪な魔王の支配する国で、なぜあの子供達の表情は明るいのだろう。
悲壮に怯えている様子の子供は一人もいない。
「君達は魔王が恐くないの?」
思わず口に出るラシチャニ。
「お静かに、今は授業中ですので」
教師のジリナレア女史から注意が飛ぶ。
「あ、失礼」
暫くの見学の後、別の部屋へ案内される。
その部屋の中では、年長者二人が瞑想行の最中だ。
先に見た子供達と似たデザインの服を着ているから生徒だと判る。
何も喋らず、座っているだけの二人に疑問の湧くキポック老師。
「この二人は何をしているのだ?」
二人の瞑想は深く、何の反応も無い。
体も動かないから、眠っている訳では無さそうだ。
「この二人は瞑想行をしている最中だよ」
「瞑想?」
ノルナの説明が理解出来ないキポック老師達。
「あまり話をすると、行の妨害になるから部屋を替わるよ」
ノルナ妃が次に案内したのは校長室。
キスナエレア校長が何やら執務仕事をしていた。
「あ、ノルナ妃様、ご苦労様です」
「キスナエレア様、今日の査察の見学者、人数が増えちゃって」
「査察に支障は御座いませんでしたか?」
「まあ、許容の範囲かな?」
校長より教師のノルナ妃の方が格上の様子。
王妃だから変でも無理でも無いか。
むしろ王妃が教師をしている方が変なのだが。
「ノーチャの学び舎を良く取り入れてるね」
シレラが感心した様子で感想を述べる。ノーチャの直弟子とも言えるキスナエレアが校長を務めるのだから間違う事は無い。
「はい、これも皆様のお陰で」
貴族であろうキスナエレア校長の腰が低い。
ノルナ妃はともかく、平民の冒険者だろうシレラ達に恭しい態度を取っている。
何がどうなっているのか解らないアルザス達には場違い感が拭えない。
……シレラ達、この四人の女達は何者なんだ?
「ノルナ妃様、この方達は?」
ひとしきりシレラ達と会話を交わしたキスナエレア校長は、
アルザス達の説明を求める。
「この人達は魔王討伐の勇者達だって、
今日私がブチのめしたけど、悔しいんだって」
「まあ、そうなんですか」
「いや、俺達は魔王に遊ばれたのが悔しいんだ」
「ニホバル様に遊んでもらえたんですか? 良かったですね」
「いや、そういう意味じゃなく」
「俺達は侮辱されたと思っている」
「あなた達は討伐に来たんですよね?
それでノルナ妃様に
キスナエレア校長の理解は間違っていないかもしれない。
「いや、
ダマロスが目を剥いて反論に掛かる。
「討伐という暴力に、力ずくで
「そうであります、諦めが悪いでありますよ」
「私にもそう見えます」
「ん、そう」
ギャラリーだったシレラ達にも諭される。
「面倒臭い人達……。
じゃあニホバル様を呼んであげるから直接文句を言ってみたら?」
ノルナ妃がここに魔王を呼ぶと言い出した。
「ここに、あの恐ろしい魔王が来るのか?」
緊張し身構えるアルザス達。
暫くしてノルナに呼ばれたニホバルが魔王やって来た。
「やあ、久しぶりキスナエレア、シレラ様方、ご迷惑をお掛けしたようで」
「「「「誰だよ!」」」」
衣装を脱いで化粧を落としたニホバル魔王は、仕事に疲れた会社員のようだ。
魔王と思えぬ腰の低さで、シレラ達をもてなしている。
謁見室で見た恐ろしげな魔王とは掛離れ過ぎだ。
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