再会

 高校3年。

 大学受験が一層重くのしかかってくる冬の初め。

 美那から、久々にメッセージが届いた。



『元気?詩音のことだからきっと目一杯元気だよね〜。

 久しぶりに、ちょっと会わない?』


 昔と変わらない、さっぱりと心地いい美那の言葉。

 勉強に疲れていた私の口元に、思わず笑みが浮かぶ。


『美那、久しぶり!

 うん、すごく会いたい!』


『来週の土曜とか、詩音の都合はどう?』


『うん、全然大丈夫。冬期講習あるけど、4時で終わるから』


『了解。じゃ、来週土曜の5時頃に何処かで待ち合わせしよっか』


 話はすぐにまとまった。




 高校受験の際、私と美那は違う高校を選んだ。

 美那の志望校の偏差値に、私はどうしても一歩届かなかった。


 新しい環境は賑やかで慌ただしく、中学を卒業してからは、美那と二人で会うこともメッセージなどでおしゃべりすることもなくなっていた。




 ——寂しかった。


 会いたいと思った。

 何度も。


 友達の中に、美那の顔がない。

 穏やかで温かい、あの眼差しと微笑みが。



 まるで、冬の太陽が沈んでしまった後のように。

 暗がりに迷い込んだ私の胸を、ひんやりと寒い風が吹き抜けた。




 けれど——

 自分の気持ちのままに「会いたい」と美那に伝えてしまうことが、なぜか酷く躊躇われた。



 どうして?

 離れた親友に会いたいと思うなんて、普通でしょ?




 …………



 ——自分の中に生まれるこのシンプルな質問に、なぜかどうしてもきちんと答えが出てこない。



 それに。

 もし実際美那に会って、彼女が今仲良くしてる友達のことを、楽しげに聞かされたりしたら——

「恋人ができた」なんていう話を聞かされるとしたら。



 私はきっと「そんな話やめて!」と叫んでしまう。




 ——それ、おかしくない?

 どうして、そんなおかしな気持ちになるの?



 そうやっていちいち質問をしないで。

 私にもわからないんだから……!



 こんな自問自答を続けるのが、苦しくて——

 美那に会いたいと思う度に、私はそんな鬱陶しい感情を全部放り出した。




 けれど。

 美那からのメッセージに、気づけば私は即答していた。

 彼女に会える嬉しさに勝てる感情など、私の中にただの一つもなかったから。






 昼間は晴れても、陽が沈むと一気に寒くなる土曜の午後5時。

 昔と変わらぬ美那が、駅ビルの壁にもたれて本を読みながら私を待っていた。


 ——いや。

 昔とは、随分変わっていた。


 中学時代よりも背の伸びたスレンダーな肩に無造作に巻いた、ワインカラーのマフラー。黒の細身のピーコート。洗いざらした風合いのスキニージーンズ。

 制服の縄を解かれた彼女のスマートなセンスの良さが、あちこちから漏れ出している。

 そして、垢抜けない中学時代とは違う、艶やかなボブの髪。



「——久しぶり」


 私を見つけた美那が、ふっと柔らかく微笑む。



 透き通るような肌と、知的に黒く潤う涼しい瞳。

 薄く綺麗に引き締まった唇。


 中学時代の面影は確かに残っているのに、何か柔らかな魔法のベールでもかかったような——その面差しは、驚くほどに艶やかな美しさを放っていた。




「——……

 久しぶり」



 ちょっと——いま、私、ちゃんと笑えてる?




 思った以上にぐらぐらと動揺する自分自身に、私は大きく戸惑いながらもなんとか微笑みを返した。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る