期待

 私の彼は、釣り好きだ。


 明日は日曜だというのに、早朝から釣り仲間と他県の港まで出かけるという。

 朝3時出発とか、マジ!? なんて野暮なことは言わない。


「君が目を覚まさないように、そおっと出かけるよ。たくさん釣ってくるから楽しみに待っててくれ!」

 釣り道具をチェックする手を止め、私に快活な笑顔を向ける。

 低い声が、明るく響く。

 がっしりと大きな身体でこっそり玄関から出て行くその様子を思い浮かべ、思わずクスッと笑ってしまった。





 前の彼は、正反対だった。



 スマートで優秀で、イケメンで。

 でも、いつもどこかピリピリと尖っていた。



「あまり期待しないでくれ」が、彼の口癖だった。

 どこかへ出かけたりした時や、一緒に過ごすイベント的な日も、彼に何か期待している私の表情を鋭く読み取られては、いつもそんな小さな呟きがついてきた。


「『頑張れ』と言われると、相手にはプレッシャーになる場合がある」——テレビか何かで聞いたそんな一言が、彼のナイーブな表情にぴたりとはまった気がした。




 どちらがいい、悪いということじゃないんだと思う。

 相手に変な期待をさせないっていうのも、もしかしたら一つの優しさ——なのかもしれない。

 後から深く落胆させないための。




 ————でも。



「気をつけてね。あなたさえ帰ってくれば、釣果なんてどうでもいいから」

「あれ〜、全然期待されてないんだなあ」

「ん、そうそう」


 どこか残念そうに頭を掻く彼にそんな冗談を言いながら、私のクスクス笑いは止まらない。




 もし、魚が一匹も釣れなかったとしても。

「期待しててくれ」と明るい笑顔をくれる今の彼との方が、どこか楽しく日々を歩けそうな。

 そんな気がしている。






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