最高に美味な一皿100円

「はああ……」

 広田は、がっくりとうなだれた。


 先週末、彼女に振られた。

 才色兼備の高嶺の花だった。

 ダメ元で告白したら、何とOKだった。

「あなたって、素直でかわいいから」

 彼女はさらりと微笑んだ。


 3ヶ月で、その恋はあっけなく終わりを告げた。


「ま、食えよ。お手頃な寿司位しか奢れないけどな」

 職場の先輩である山本が広田を連れて来たのは、会社近くの回転寿司だ。

「先輩……俺、何がいけなかったんでしょう……?どれだけ考えても、思い当たらなくて」

 広田は盛大な溜息をつく。

「んー……じゃあさ、最後にデートした場所は?」

「え?えーと……映画見て、ショッピングして、最近話題の高級寿司屋行きましたけど」

「ふうん。で、そこの寿司、美味かったか?」

「寿司の味……?

 ……そういえば……味は……覚えてません、全然。なんかもう、緊張してて」

「原因は、それだ」

 山本は、そう言うと微笑んだ。


「お前がそんなふうに楽しめないでいるのに、彼女が楽しいと思うか?

 恋なんて、そんなもんだろ。相手の楽しさが、ダイレクトに自分の楽しさになる……違うか?」


 そういえば——。

 この3ヶ月、デートして楽しいと思ったことはなかった。

 彼女の顔色ばかり見て。失敗していないか、機嫌を損ねていないか。いつもそんな不安で一杯だった。


「お前が精一杯努力して、それでも噛み合わなかったなら——彼女とは、そういう相性だったんだ。

 お前がそんなに自分を殺さなくても、自然に笑い合える女の子がきっといる。——そういうことだろ?」


 山本が、いつになく輝いて見える。


「……いただきます」

 やっと広田も箸を持つ。


 美味い。回転寿司が、こんなにも美味い。


「程々に悩んだら、『まあいいか』って呟いてみたらいい。いつまでも引きずってちゃ勿体無いぞ。——寿司も、時間もな」

 ビールのジョッキを呷ると、山本はそう快活に笑った。



 まあいいか。


 その最強の言葉を胸に、広田は最高に美味い一皿100円を噛み締めた。



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