第20話 妹ちゃん、宣戦布告する。③


「勇者?」


 長すぎる黒髪を腹の前で一纏めにして遊ぶ流華が、こてんと小首を傾げた。


「ああ、そいつのお目付け役を押し付けられたんだよ」


 あれからなんとか流華を落ち着かせて、ソファーに座らせて事情を説明している。

 なぜわざわざ俺の隣を選んで座ったのかは本気で謎だ。

 L字型の大きなソファーの意味が無い。

 

 未だ全裸なままなのは遺憾である。


 本当は服を着させたいんだが、癇癪持ちのコイツは思いもよらない事をしでかすもんだから、まずは一個ずつ理解させなければならないのだ。

 

 なんて面倒な奴だお前って妹は。


「お兄ちゃん、大丈夫? 疲れてるの? 妹のおっぱい揉む?」


 疲れてないし妹のおっぱいも揉まねーから安心しろ。


「言っとくけど巨乳スキーの兄ちゃんはそれ、おっぱいって認めてねーから」

 

 未だ全裸にピンクのパンツ一枚姿のはしたない妹を指差す。

 お兄ちゃん、そんな子に育てようと思ったわけじゃございません!

 結果的にそんな子に育ってしまったのは申し訳なく思っているけど!


「はぁ!? 何それ差別!? サイッテー! 全世界のちっぱいの女性を敵に回したからね!?」


 だから急にテンション跳ね上げるんじゃない!

 噴火直前の火山かお前は!!


「わ、悪かった。兄ちゃんが悪かった。訂正しよう。兄ちゃんは妹のおっぱいをおっぱいとは認めておりません」


「今度は全国のブラコンを敵に回した! 良いだろう戦争だ! 然るのち書状を持って宣戦布告とする!」


「はいはい、和平交渉しましょうねー」


 頭の天辺を鷲掴みにしてグルングルンと回してやる。


「うーわー、やーめーろー」


 ケラケラと笑いながら俺の手を掴む流華。

 本当に中学生かお前。


「と、言うわけで。しばらく兄ちゃんはバイトも休業する事になった。もしかしたら緊急で呼び出されるかもしれんから、その時は自分で飯とか作るんだぞ?」


「はぁ!?」


 え?

 なんでそんな驚くの?

 兄ちゃん、なんか変な事言った?


「嘘でしょ!? ご飯自分で作らないといけないの!? 流華こう見えてとっても忙しいんだけど!?」


 んー?

 予想外な事言われて兄ちゃん飲み込め無いんだが?


「いや、何も晩飯まで作れとは言ってないんだぞ? 平日ならお袋が絶対いるだろうし。日曜の昼とか、お袋が出かけてる時とかに自分で作れって事だ」


 お前飯ぐらい作れるじゃん?


「嫌だ! 嫌だ嫌だ嫌だ! ルカそんな暇無いもん! 友達と長電話したり長メールしたり! ゲームしたり動画見たりアニメ見たり映画見たりテレビ見たりお昼寝したりで忙しいもん!」


 おい! 

 たまには家事も手伝えよ!

 ってかそれ全部遊びじゃねーか!

 兄ちゃんあんまり強く言えないけど、勉強とかもやって欲しいんだけどなー!?


「それにお兄ちゃん!」


「な、なんだよ?」


 なんで急に人の膝の上に跨ったの?

 はしたないからやめろってソレ。


 せめて恥じらいを持てよ。

 いくら兄ちゃんとは言え、異性の前でして良い格好じゃないぞ?


「ルカのお世話はどーするの!!」


「あぁ!?」


 今お前なんつった!?


「お兄ちゃんの一番のお仕事はルカのお世話でしょう!? 今までは週三のバイトで4時間ぐらいだったから多めに見てきたけど、今回のは絶対お兄ちゃんが忙しくなる奴だコレ!! ダメだからね!? お兄ちゃんはいつだって家に居て、ルカが急にプリンとか食べたくなったり、ルカが急にゲームの相手して欲しくなった時に喜んでお遣いや相手をするのがお兄ちゃんでしょ!!」


 ぐわっと顔を接近させる、恥ずかしきかな我が妹。

 鼻と鼻がバードキスしそうなぐらい近いもんだから、流華の吸い込まれるような黒い瞳しか目に入らない。


「お、お前って奴は……」


 もう開いた口が塞がらないとはこの事だ。


 呆れて物も言えません。


「んしょおっ」


「んにゃあ!」


 両脇に腕を突っ込んで、無理やりその小さな身体を横にズラす。

 甘ったるい変な声を出すな。気色悪い。


 しかし不安になる程軽いなお前。毎日三食ちゃんと食わしてんのに、なんでこんな軽いんだコイツ。

 しっかり間食もしてやがる癖に。


「お前がなんと言おうと、兄ちゃんの仕事は変わりません。いいな?」


「おーぼーだ! りふじんだー!」


 両肩を押してソファに寝っ転がらせると、流華は両手を突き上げて抗議の声を出した。


 とことん自堕落な奴め。嘆かわしい。

 今まで甘やかせすぎたか?


「わかった! その勇者って娘! めちゃくちゃ可愛くておっぱいおっきいんでしょ!?」


 ぎ、ぎくり。

 なんで見ても居ないのにそこまで分かるんだコイツ。


 第6感が人より優れているとは言え、程度ってもんがあるだろうに!


「図星だ! 兄ちゃんのおっぱい星人! 助平! むっつり! 痴漢! 変態! 強姦魔! 人殺し! リョナラー! ケモナー!」


「お前真昼間から問題発言ばっかすんじゃねーよ! 通報されたらどうすんだ!!」


 て言うかどこで覚えてきたんだその言葉!

 お前しばらくネット見るの禁止すっからな!


「うるさいうるさい! 兄ちゃん疲れてるから夕方まで寝かせてくれよ。一睡もしてないんだから」


 朝の一件で破れたままのブレザーを脱ぐ。

 こりゃ捨てなきゃダメだな。卒業まではもう一着の予備だけでなんとか誤魔化すか。


 リビングのドアを開けて廊下を進み、俺の部屋のドアノブに手をかける。


「あ、そう言えばお兄ちゃーん」


「ん? なんだー?」


 ドアを開ける前に呼び止められたから、リビングに向かって聞き返した。


「お夕飯のデザート。プリン食べたくなっちゃったから、買ってきてね」


「お前ぶっ飛ばすぞ!!」


 ちっとは人の話を聞け馬鹿野郎!

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