第15話 勇者ちゃん、戦場にて高らかに嗤う⑨


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「雷火式────【剛力呪碗ごうりきじゅわん】!」


 口頭での簡易詠唱で、俺の体に刻まれた呪いを解き放つ。

 これは両肩に仕掛けられた薄刺青の紋による腕力を上昇させる効果を持つ。

 すでに発動していた【|疾空絶間《しっくうぜっかん】────脚力上昇と同種の呪いで、他の呪いに比べて相性も良い。


 つまり今俺は、音をも超える速さとどんな物をも打ち砕く力を備えているのだ。


「ふんっ!」


 ハゲデブデデルがその体中の突起物から打ち出した気持ち悪い骨みたいな飛び道具を、腕の一振りによる風圧で全て跳ね返す。

 

 続いて即座に間合いを詰め、その分厚い腹目掛けて七色鋼ナナイロハガネのナイフを突き刺した。


「ぐっ! がぁああああああっ! お、お前何者だっ! なんで次元魔将の俺が、こんなチンケな生き物に! こうも簡単に手玉に取られるんだっ!」


 そう言われても、思ったより手応えなくて肩透かしなのは俺の方なんだけど。


 戦闘が始まって5分経っているが、すでに勝敗は決している様に見える。

 ハゲデブデデルの胴体に繋がっているパーツは、頭と両脚のみ。


 俺の呪力を流しやすくするこの七色鋼のナイフで、まるで豆腐の様に簡単に斬れてしまった。


「ちっ、ちくしょう! ちくしょうが!」


 うーん、もうこれ以上は弱い者虐めになるな。

 敵をあんまり痛ぶって遊ぶ趣味も無いし、苦しめ続けるつもりも無い。


 サクっと終わらせてやるのがせめてもの情けか。


「こ、これでも喰らえ! 最終秘技! 閃光突起──────」


「──────よっと」


 がら空きだった喉元を、横一線に薙いだ。


「──────は?」


 とすん、と地面に落ちるハゲデブデデルの首がコロコロと転がり、上向きに止まって俺を見た。


「すまんな。こっちも仕事なんだ」


 恨むなら恨んで良いぞ。

 地獄でまた相手をしてやるから。


 追悼の意を込めて、片手で掌を立てて片合掌とする。

 仏教の概念の流れを組むこの身体だが、特に仏教徒でも信心深いわけでも無い。

 単なる慰みだ。

 許せ。


 その姿をちゃんと見たのかは知らないが、ハゲデブデデルの両目はぐるんと白目を剥いた。


 遅れて、立ったまま残った身体から血が噴き出す。

 ドス黒いその血は俺ら人間とは違う生き物の証か。

 

 これで何種類の生き物を手にかけてきたのだろうか。考察すると自分の罪深さを実感してしまうから、やめておこう。


 何やら技を繰り出す直前の姿勢だったハゲデブデデルの身体を、左手で軽く押してやる。


 ゆっくりと地面に倒れこむその身体に、一つ聞きたいことがあった。


「……そういや、閃光突起──────の続き、なんだったんだ?」


 ヤベェ、これ気になって眠れなくなる奴だ。

 最後まで聴いてやれば良かった。悔やまれる。


「二呪解放だけで済んだってのは、デカい収穫だな」


 今の雷火の戦闘人形────つまり俺は、余裕を持って戦闘できるのは四呪解放までだ。

 十二ある雷火の呪禁の内、四つ。

 それ以上となれば一つ解放する毎に稼働時間に制限が出てくる。


 先代の戦闘人形では出来なかった、呪禁の同時解放。

 俺にとっては叔父に当たる先代。

 親父の弟は、その運用試験で全身が崩壊して死んでいったと聞いている。

 その時のデータやノウハウが俺の製作の糧になった。

 会ったことも無い叔父の死のお陰で、俺は死なずに生きてこれた訳だ。


 うん、ありがとう。【雷火七十八代彼方かなた號 凍介とうすけ】叔父さん。

 毎年の墓参り、今年もちゃんと行くから。


「さーて、アムの方はっと」


 俺とハゲデブデデルが戦っていた場所から戦場を移し、異世界の勇者は空の上で戦っている。


 空中浮遊の魔法と空中歩行の魔法を重ねがけするとできるらしいその戦いは、遠目から見ると遊んでいる様にも見える。


 いや、実際アレは──────遊んでいるのだろう。


「ほらほら! どうしたんですか!? こんなに打ち込ませてあげてるのに、私の鎧やマントにすら掠りもして無いですよ!?」


 楽しそうな声が南アルプスの夜に遠く響いている。


 遠距離から魔法をバンバン撃ってくるガリガリガジューや、液体金属となれる身体を伸ばして中近距離を自在に扱うダルダルベラネッダの攻撃を余裕たっぷりで躱し、アムの笑顔は徐々に徐々に凄惨な笑みへと変貌していく。


「くっ! 話が違う! 話が違うでは無いか! ハーケインの坊やを数人がかりでやっと倒せると報告されていたんだぞワタシは!!」


 両手からそれぞれ違う魔法を連続で打ち続けるガリガリガジューが、額から赤い汗を流しながら苦悶の表情を浮かべた。


「言い訳は良いからちゃんと援護しなクソ男! このっ! こいつっ! アタシよりブサイクな癖に! ブサイクな癖に!」


 硬質化したり液体化したり、刃に変化せたり盾に変化させたりと、形状と硬度を変幻自在に変えて攻め立てているダルダルベラネッダの顔もまた、憎々しげに歪んでいる。


「あははっ! あはははははっ! 魔王ハーケインとの戦いからもう三ヶ月も経ってるんですよ!? その間毎日毎日いっぱい修行した私が、あの頃と同じ強さな訳ないじゃ無いですか!」

 

 いや、お前。

 三ヶ月って。


 劇的な変化にも程があるだろう。


「黙れっ! 黙れぇ! この知将ガジュー様が! エリート次元魔将のガジュー様がっ! こんな小娘に負ける訳がないのだぁ!」


 連続して放たれる緑と黄色の発光体が、色んな角度からアムに襲いかかる。

 あわやスレスレかとも思えるが、アムはその全てをことごとく紙一重で避けている。


 見てすらいない。

 信じられない強さだ。

 

 アレが、勇者か。


「ほらほらもっと頑張ってください!? あんよがじょーず! あんよがじょーず!」


 両手を叩いて、アムはダルダルベラネッダを挑発し続ける。


「舐め腐りやがって! このブサイクがぁああああああっ!」


 ついにその首だけを残して、ダルダルベラネッダの身体が液状になって四散する。


「全方位からの同時攻撃だ! 硬化強度も最大! 粘度も最大! これで潰れてぺしゃんこになりなクソ勇者ぁ!」

 

 首だけ残ったダルダルベラネッダは、勝ち誇った様に笑った。


 何を持ってして、勝算を得たのだろうか。

 今までの戦いを見て勝てると思うのが、まず間違っている。


 横目でチラチラ見てた俺でも分かったんだ。

 あいつらは、最初の攻撃が避けられた時に逃げるべきだったんだ。


 アレでは、あの勇者には通用しない。


「なるほどなるほど! そう来ましたか! 良いですよ良いですよ! そういう工夫嫌いじゃないです! でも、正直虫歯が出来そうなぐらい────激甘です!」


 神剣ディアンドラの柄を逆手に持ち直し、アムは空中でくるんと横に回転した。

 俺の目にも止まらぬ速さで。


「ぎゃ、ぎゃああああああああっ!」


 首だけ妖怪ダルダルベラネッダが悲鳴を上げる。


 痛覚が通ってたのか、あの液体化した身体。


 それならそりゃあ痛いはずだ。


 なにせ全て、風圧と魔法────いや魔法ですら無い。アレはただ魔力を放出しただけだ。


 それだけで四散したダルダルベラネッダの身体全てを蒸発させたのだ。


「今度はこっちから──────あれ?」


 ディアンドラを構え直したアムが、ダルダルベラネッダの首を見失ってキョロキョロと周りを見渡す。


「アム。こいつもう死んでる」


 俺の足元に落ちてきた、さっきまでギャーギャー五月蠅かった奴の首を指差して示す。

 末期の痛みにショックを受けたのか、その顔はかなり酷い表情のまま絶命している。


 可哀相に。ハゲデブデデルの様に痛みも感じないまま死ねれば、まだ救いってもんがあったろうに。


「えー、もう終わっちゃたんですか? 試してみたいこといっぱいあったのに。残念」


 口を可愛らしく尖らせて、その大きな胸をどたぷんと揺らし、アムは腰に手を当てて心底残念そうにそう答えた。


「それじゃあ、貴方は最後まで──────遊んでくれますよね?」


 魔法を打ち続ける事も忘れ、唖然とした表情で惚けているガリガリガジューへと向き直り、アムはまた純粋な笑みを浮かべた。


 どっちが悪役だか──────わかんないなこれ。


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「あははっ! あははははははっ! あー! たーのしーぃ!」


 どっぷり深まった夜の空に、済んだ高い綺麗な声が延々と響き渡る。


 時間にして2時間、と言ったところか。


 もうガリガリガジューの姿は何処にもない。

 ついさっき、分子レベルまで切り刻まれた。


 最初の1時間は、ひたすら逃げ回っては先回りされ。

 後半の1時間は、死なない程度の多様な技を受けて泣き喚いていた。


 耳の奥にこびりつく、哀願と悲嘆の声はきっとしばらく忘れられないだろう。


 敵ながら哀れすぎて、どう供養して良いのか迷ってしまう。


「はぁ、はぁああああああっ! 気持ち……良かったぁ…………っ!」


 頬を紅潮させ、目尻を緩め、神剣を握ったまま両手で自分の身体をぎゅうっと抱きしめて、アムは蕩けた表情で星空を見上げる。


 狂っている。

 根っこにあるのは確かに正義感と義務感、そして使命感なのかもしれないが。

 その本質は嗜虐心そのもの。

 

 大義を得て解放されてしまった、開いてはならないパンドラの匣。


 勇者の名の下に繰り広げられる、正当なる殺戮の宴。


「やっべ。もしかして──────」


 俺は背筋に走る悪寒を感じながら、確信に至る。


「──────この世界にとっての脅威って、アムなんじゃねぇか?」





 今俺はもしかしたら、世界の命運を握っているのかも知れない。

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