勇者ちゃん、異世界より来たる!〜とんでも勇者の世話をすることになったんだが、俺はもうくじけそう〜
不確定ワオン
第一章
第1話 勇者ちゃん、一般人に必殺技をぶっぱする。
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朝。
朝である。
誰が何と言おうとグッドモーニング。
良い子も悪い子も、年寄りにも若者にも平等に訪れる、そんな平和な一日の始まり。
未だ残暑が厳しい月曜の午前七時半に、俺はと言えば眠気を噛み殺しながら待ち人を待つ。
場所は俺が通っている都立高校の校門前。
真面目で愉快な生徒会のメンバーが朝の挨拶運動なる素っ頓狂な日課の為に集まり出しているのを眺めながら、ご立派な石製の門柱に背を預けて腰を降ろし、ケツをギリギリ地面に付かない程度に持ち上げながら、やはり俺は待ち人を待っている。
「ふ、ふあぁあああっ──────ねっむ」
欠伸を一つ盛大にブチかました。
眠たい物はどんなに頑張っても眠たいのだから遣る瀬無い。
なにせ俺は、昨晩から今朝にかけて一睡もしていない。
つまるところの完徹である。
その安穏っぷりと来たら世界でも有数なこの日本国の学生である俺が、何が悲しくて日曜日に徹夜なんぞしなけりゃならなかったかと言われれば、今俺が待っている待ち人のせい──としか答えられない。
「……おっせえ」
昨晩、と言っても2時間程前だが。
俺の意見も何も聞かずにここで待てと言い渡されて、一度帰宅してシャワーを浴びるほど被り、眠気を堪えながら制服に着替え、亀の歩みでここまで辿り着いた俺より遅えとは一体全体どういう了見だ。
送り迎えされてんじゃねぇのかよ…………。
「なぁ、勇者様よぅ」
眠気で鈍る思考のせいか、口から勝手に独り言が飛び出してきた。
堪え性の無い独り言め。せっかちは女の子に嫌われるって、先月読んだファッション雑誌にも書いてあっただろうが。
「早く来て来んねぇと、眠っちまうよぅ」
力の入らない首をガクっと落とし、思わず項垂れてしまう。
「
欧米のキリスト教じゃ月曜じゃなくて日曜を一週間の始まりとしているらしいし、大殺界もあながち間違いでは無いかも知れない。
なにせ俺があの美少女の皮を被ったゴリラみたいな女の子と出会ったのも、日曜日──つまり昨日だからだ。
「それもこれも、あの勇者様のせいだ……ちくしょう」
「遅れたのは実に申し訳ないと思っていますが、太陽神バデュラに誓って私のせいじゃありません。道が混んでてあのリムジンなる物が遅れたんです」
「っ!?」
俺の脳裏にしっかりとトラウマを埋め込んだ澄んだ綺麗な声が、突然頭上から落とされて慌てて顔を持ち上げる。
「おはようございます
びっくりした。
この『俺』が全く気配を察知できないとは、さすが勇者様だ。
「いや、別に良いけどよ。おはようも何も、さっきまで一緒に居ただろうが」
一睡もしてないのにおはようは無いだろ。
「それでもです! 朝のご挨拶はとっても大事なんですよ!? はいもう一度。おはようございます。猟介?」
その金髪のロングストレートをふさっと揺らし、屈託の無い笑顔で腰を屈めて俺に挨拶を催促する。
その驚異の胸囲を誇る夢の塊──通称『おっぱい』が、重力に従順に従って俺を威嚇していて、正直劣情を催す。
「おっ、おう。おはよう──アム」
「はい! よく出来ました!」
満足そうにアムは笑いながら、両手をパチリと打ち鳴らした。
その動きに合わせて、再び胸がどたぷんと揺れる。
すげぇなぁ。
こんなちっこいナリしてるのに、あそこだけがちっこく無い。
「ん? どこを見ているのですか? 人と会話をするときは、きちんと目を見て話すべきですよ猟介。私でなければ無礼斬りされても文句は言えません」
いやその程度でスッパ斬られるなら、せめて文句くらい言わせてくれよ。
おっとと。
まだ少し
俺ってばやっぱり男の子なんだね。ちかたないね?
「元気だなぁお前……昨日はあんだけ激しかったのに」
「ふふん。こう見えても私、鍛えてますからね。それにしたって猟介はだらし無いです。高々三連戦程度。男の子ならもっとしっかりするべきです」
三度大きな胸をどたぷん! と揺らしながら、アムは腰に両手を当てて胸を反らした。
こんな短い時間で三回も揺れるとか、困りますお客様。
チビ巨乳はこれだから困るぜ。
ふーん。えっちじゃん?
ん?
何で生徒会の連中、俺らを見て顔を真っ赤にしてんだ?
『──誰、あの外人さん。
『えっ嘘。実はこっそり好きだったのに。ショック。ていうか、大胆』
『朝っぱらからイチャコライチャコラ……っ! こっちは真面目に生徒会活動してるってのによぉ!』
『あんな美人な外人さんと、三回戦……羨ましい』
『会長、目が怖いです。あと素直に最低です』
何だよブツブツブツブツと。感じ悪いなぁ。
俺なんかしたか? あの五人と揉めた記憶は無いんだけどな。
「んしょおっと」
いつまでも座ったままじゃしょうがないと、一呼吸入れて俺は両足と腰に力を込め立ち上がる。
くぅー眠い!
帰りてぇ! 学校ダルい!
「それより猟介! どうです!?」
盛大に伸びをしながら背骨をポキポキと鳴らしている俺の目の前で、アムは大げさなモーションで両手を広げくるりとその場で一回転をした。
「こちらの世界の制服だと聞かされています! 私、『向こう』では学舎に通った事が無くて、実は学生さんに憧れてたんですよね! うふふっ」
我が校指定の紺色のブレザーに真っ白なワイシャツ。
ちょっとばかし丈が短い様にも思える、赤と黒と濃紺のラインが交差したプリーツスカート。
その格好だけならどこからどう見てもそこら辺にいる
うん、グッドエロス! ──と言いかけたのを慌てて飲み込む。
ふぅ、命拾いしたぜ。
「おう、似合ってるんじゃないか? 可愛い可愛い」
「かっ、可愛い!? あっ、ああ、ありがとうございます! えへっ、えへへ。男の人に初めて可愛いって言われました……嬉しいです。本当ですよね? 気を使って嘘吐いてたりしませんよね?」
可愛いもんは可愛いんだから、嘘なんか吐いたってしょうがねぇだろ。
「嘘じゃねぇって」
「そうですか……可愛いですか……うふふっ。えへっ」
頬を紅潮させてはにかむアム。
うん、やっぱり可愛い。
昨日の一件で正直今もビビりまくってるし、ぶっちゃけ近寄りがたいぐらい怖いんだが、可愛いってのは事実だ。
こうしてりゃあ年相応に見えるんだよなぁこいつも。
「さて、では早速。しばらくお世話になる学友に、お近づきのご挨拶をしてきます!」
「え?」
「行ってきますね! みなさーん! おはようございまーす!」
ちょっ! ちょっと待てアム!
この馬鹿!
嬉しそうにニッコニコしながら、アムは踵を返して駆けていく。
「おっ、おい!」
眠気のせいで反応が遅れた俺を置き去りにして、アムは校門横に整列していた生徒会メンバーの元へと走り寄った。
「待てってば! アム!」
お前! 今自分がどんな状態なのか分かってんのか!? 昨日ちゃんと説明しただろうが!
「改めましておはようございます。そして初めまして! 今日からこの学舎でお世話になる、アム・バッシュ・グランハインドと申します! どうか宜しくお願いしますね!」
「おっ、おおおおっおはようございます!?」
「ぐっ! ぐっどもーにんぐっ! っで良いんだよな!? なっ!」
「ふわぁ、ちっさい……可愛い……綺麗な髪……綺麗な目……おっきなおっぱい」
「ちょっ、ちょっと恵子! アンタ何言い出してんの!? って目ヤバっ!」
だ、大丈夫……だよな?
隠し持っていた武器は全部没収したし、今はあの不思議な具足も着けていない。
何よりあの生徒会メンバー達には殺気とか一切感じないし。
いくらアムだってただ直進するだけのアホでは無──いや、昨夜の事を考えると、そうでも無い気がする。
不安感が半端じゃ無いので、念のため俺もアムに続いて生徒会メンバーへと近寄っておく。
「素晴らしい建物ですね!? あちらに見えるのは聖堂ですか!?」
「せいどう? いえ、あれは本校舎ですよ」
「えぇ! あんな真っ白でピカピカな建物が校舎なんですか!? はー、『こちら』の建造物には驚かされっぱなしです」
「えっと、我が校はどっちかと言えば古い部類に入る高校なのだが、外国では珍しい造りなのかな?」
心配も杞憂だったか、アムと生徒会メンバーは問題なく交流できている様だ。
「は、はーわゆー? えんじゅー?」
「会長、英会話が下手すぎません? 英語の成績は良かったと記憶してますが。それに先ほどから彼女はとても上手な日本語でお話しされてますが?」
「う、うるさいなっ副会長は! ヒアリングとスピーキングはまぁまぁレベルなんだよっ!」
「えっ? えっと申し訳ございません。うまく会話が『翻訳』されなかったみたいで。もう一度お話してくれませんか?」
あっちはアムの事を余所の国から来た日本語の上手な外国人だと思っているんだろう。
実際は国どころの話じゃ無いし、そもそも話してる言語も日本語に聞こえるだけで全く別の言語なんだが、言っても信じないだろうし言う必要も無い。
まぁ、良かった良かった。
一日接してみて、アイツ意外とこの世界に順応できそうだってなんとなく確信は持て──うん、持てたはず。大丈夫。
もう何回も失敗してるし、俺がちゃんと気をつけていればそうそう問題なんて──。
「はぁ……金の糸みたいにキラキラした髪……綺麗……」
「恵子っ! 勝手に触ったらグランハインドさんに失礼だってば!」
──ヤバいっ!!
生徒会メンバーの、確か一年の書記の子がなんだか熱に浮かされた様な表情でアムの髪に指をっ!
「だっダメだ! 触るなっ!!」
「へぇっ!?」
俺の突然の大声に驚いたのか差し出しかけていた指を慌てて引っ込める書記ちゃん。
その距離はアムの流れる様な金髪ロングストレートに触れたか触れてないか、今俺が立つ場所からは判断が──。
「っ
グッと握りしめたアムの手に、光が集まる。
アウト!
判定はアウトでした! 触れてやがった!
不味い!
「ええいっ! 間に合えクソがっ!」
我が
我が身に刻まれし幾重もの呪刺よ! この身の戒めを祓い、解き放たれろ!
「ふ──────んぅううううっ!」
コンマの下にゼロを二つ程の瞬きの間に、俺の身に打ち込まれた二種の呪いを解放し、駆ける。
全てがスローモーションに見える超速思考・超越感覚、そして音すら越える超神足の
一つでも大変なのに、更にもう一つオマケで解放して倍率ドン!
生命としての範疇を超えたこの古き下法の
「ぐぅおぉ──────おおおお──────おおおお──────まぁ──────にぃ──────あぁ──────えぇ──────えええええ!!」
どんなに身体を呪いで強化しようと、喉から発せられる音の速さは変えられない。
鼓膜の内側まで轟く俺自身の雄叫びを聞きながら、書記ちゃんとアムの間───神剣の剣閃が最も早く身体に到達するであろう場所めがけて、身体を捻じ込ませる。
我が心の臓に打ち込まれし強固なる霊核よ! 今こそ拍を打ち、発動せよ!
心臓から流れる血液が血管を巡り全身の皮膚の下で金剛石の如く凝結する!
掟破りの
これでどうにもならんかったら、俺はもう知らんからな!
「
下から掬い上げる様なモーションで、すでに顕現し終えた神剣が青い光を放ちながら振り上げられる。
「え? へ? きゃあ!?」
「うわっ!?」
「あぶぅ!!」
先に回転掌による風圧で生徒会メンバーをできるだけ遠くに排除して、急いでアムへと向き直る、そして──俺は唐突に悟った。
あ、これ。
無理。
「──────
超越感覚の所為で遅延した様に感じる時間の中、徐々に身体にめり込んで行く様に見える神剣の刀身と、これまたゆっくり与えられる途方もない痛みの中。
俺は昨日から続くこの受難をただひたすら嘆いていた。
そう、今から大体24時間前。
別居している実の父親に東京駅に呼び出された、あの朝の事を。
これはきっと──走馬灯的なアレなんだと思う。
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