えぴそーどじゅういち。くもとくらすようじょ。
皆さん、蜘蛛と暮らしてますか?
私は蜘蛛と暮らしています。なぜなら蜘蛛は家の中の害虫を駆除してくれる益虫なのだと、夫から聞かされたからです。
私は大の虫嫌いです。虫だけでなく実は動物全般も苦手だし、なんなら人間も得意なのかどうか怪しいので、もしかしたら生きとし生けるものの全てが苦手かも……。なんて話はさておき、とにかく虫は大嫌いです。
だから家の壁に蜘蛛を見かけると、どんなに小さな蜘蛛であっても内心「ひぃ」と思って一歩後ずさってしまうのですが、それでも「蜘蛛は益虫益虫!!! 仲間仲間!!!」と必死に自分に言い聞かせ、どうにか共存しています。
その為、娘は蜘蛛は家族もしくはペットのような存在だと思い込んでいます。夏になってからは蜘蛛の数も増え、正直……まあ数は言わないでおきますけど、数匹の蜘蛛が一部屋に一匹ずつはいそうな勢いで、毎日目撃するようになりました。朝起きると「あっ、クモさんだ。クモさんおはよー」と娘は言いますし、クモが歩くと「クモさんお散歩してるねえ」と嬉し気に天井を眺めたり。それでも、あまりに自分に近すぎると少しびっくりして怯えているようにも見えました。
それらの蜘蛛のうち一匹が、正直ほんの少し大きくなり、私の中での「これは益虫だから大丈夫」ラインを幾ばくか超えたような超えていないような、微妙なラインまで成長してしまいました。しかもどういうわけか他の蜘蛛はあまり見かけなくなり、その少し大きいなと感じる蜘蛛ばかり見かけるようになったのです。
共食いでもしたのかしら……と私は気味悪く思い始めていました。
そして今日のお風呂上り、その大きめの蜘蛛が食卓のテーブルの上をお散歩していました。テーブルの上に、これから飲もうとしている水が入ったコップも置かれているのに。
思わず私は暗い顔になりました。もう駄目だ。この蜘蛛はもう駄目だ。
そして慎重に蜘蛛から遠い方向からコップを掴み取り、キッチンカウンターに異動させ、新しいコップを食器棚から取り出しました。
その様子を見て、娘は何かを感じたようでした。
「ママ、クモさんいるねえ」
「ソウダネ……。ほら、水飲も」
そう言ってコップを渡すと娘は水をすぐに受け取って飲み欲し、言いました。
「ママ、クモ、好き?」
「……ママ、クモ、怖いかもしれないねえ」
すると。
娘は猫の絵が描かれた小さいうちわを持ってきました。そして、うちわで蜘蛛のいるあたりのテーブルを叩きました。
「えいっ! えいっ!」
「え……ちょ……やめなって」
焦りながら蜘蛛を目で追いましたが、もう蜘蛛はどこかに逃げてしまって見あたらず……逆に把握できていないことが不安になりました。キョロキョロと辺りを見渡す挙動不審のふくよかな自粛太り女性(is me)に娘は言いました。
「ママ、クモさんちゅかまえたよ! こわくないよ~」
「えっ……」
そして娘は、捕まえた設定になっているエア蜘蛛を部屋に転がっていたビニールバックの中にしまう仕草をしました。
「クモさんちゅかまえた。こわくないよ~」
私を安心させようとするかのように、こちらを笑顔で見ています。
――なんて優しい幼女なんだ!!!!
私はもう逃げた蜘蛛を探すのはやめ、娘を抱きしめました。
「パナ子ちゃん、やさすぃ~ねえええ。ありがとぅぅぅ~」
「うひうひひいひひ」
二歳児はイヤイヤ期と言われていて、なんでもかんでも嫌と言ったり、反抗的な態度をとって親をイライラさせる時期でもあります。お風呂や歯磨きを全力で嫌がったり、道を歩く時手を繋がなかったり、思った方向に歩かなかったり。
それは物がわかったり自立心が芽生えたり、本人の中で納得いかない部分があって癇癪のコントロールみたいなものが上手くいかず、そうなっているんでしょうね。でもそういう事情も忘れて、毎日続く育児がストレスだよなあという気持ちに覆われてしまいがちでした。
でも、娘は意地悪な子じゃない。と急に思い出したのです。
――ママが蜘蛛を怖がっているから、蜘蛛を退治してあげようと思った。
そういう気持ちは人類にとってめずらしいものではないかもしれないけれど、私にとっては娘のその言動が、純粋で単純で善良で慈悲深く尊く、身に余るほどの在りがたいものに感じられました。
あと、そういうありがたい気持ちの大小に私は普段から囲まれていて、そのおかげで生活しているんだなあ、とも。
娘の優しさに気づいたから、私も娘にいつもより優しい気持ちになれて、こういう時間をいつまでも過ごせたら幸せの総量が増えそうだなあと思いながら布団に入り……その後なかなか寝付かず私に馬乗りになって来る娘に、やっぱりいつも通りイライラしてキレた私なのでした。
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