マルチバース
小鳥 遊(ことり ゆう)
1バース:旅人と案内人。
私は旅ブロガーの木野礼司。知名度もブログランクもそこそこの中堅だ。
その私だが最近悩みがあった。そう、ネタが尽きてしまったのだ。そこらじゅうの世界と言う世界を行きつくし、行っていない国などほとんどありませんでした。ブログの更新もついには多国籍料理を作るブログになりかけていたある日、ふと家の辺りを散策していると、いかにもあやしそうな黒いローブをまとい、深めにフードを被った人?がいた。いや、人かどうかもあやしい。そのヒトは
「あなたの知らないセカイを案内します。」
と書かれたボードを両手で持ち、待ちぼうけていた。
怪しみながらも、何かに引き寄せられたかのようにそのヒトの前に立っていた。ここまできて、しかも現に目が合ってしまったからにはこのヒトを無視するわけもいかない。
私は勇気を振り絞って声をかけた
「本当に知らない世界を見せてくれるのか?」
「さぁ? あなた次第ですよ。あなたが何を見たいのか、体験したいかにかかっています。それでも、ご案内しましょうか?」
「ああ、俺はいろんな世界を見てきたが、こんなにも興味が湧くのは久しぶりだ。」
「それでは、行きましょう。ああ、そうだ。来るなら私の言う事に従ってもらいます。その場所でのルールもお教えしますので・・・。まずはじめに目をつむって、私の手を掴んでください。」
ここはこのヒトの言う事を聞かなければ進まないだろう。大人になって、しかも殺気出会ったばっかりのヒトと手をつなぐなんて夢にも思わなかったが仕方がなかった。恥ずかしくなりながら、手をつなぎ、目をつむった。保険のためにもう片方の手で両目を覆った。
彼は何も言わず歩きだしたのでつんのめってしまったが、後は繋がれた手に誘われるがまま、歩きだす。暗闇を歩かされているような感覚は私を少し不安にさせた。もう少し歩かされて、しばらくすると彼は止まり、私の肩をトントンとして
「目を開けてください。ここが、あなたの来たかった場所ですか?」
目を開くとそこには思い描いていたような楽園ではなく、自然も荒れ果て、機械的な工場から廃棄物が川に垂れ流されて空気もどこか薄汚れている。この大地に生命体と言えそうなものは工場に出入りするやせ細った餓鬼のような生物だった。餓鬼はうつろな目をしてこちらを見向きもせず、ただ、工場へと向かう。
「ここは何なんだ?」
「ここは、<楽園>という世界です。誰もが飢え、苦しみ、悲しみなど全てが存在しない。ただ、安定した生活がそこにある。りっぱな社会構造をした世界です。」
「いや、考えてないだけだろ。普通に見たら、あんなの苦痛でしかない。俺がホントに幸せかどうか聞いてくる。」
そう言うと彼はローブで顔が見えなかったが怒っているように見えた。彼は感情を抑えながら
「ダメです。ここではあなたは何もしてはいけません。触れるのも禁止です。私からは彼らに質問できますが、どうですか? どうせ無駄だと思いますが。」
とため息交じりに工場から出てきた空虚な目の住人に案内人が話しかけてこちらへと向かってから住人に問いかけた。
「今、あなたは幸せですか? つらくないですか?」
「とんでもありません、しごとをもらえてとてもしあわせですし、かぞくもわたしをほこりにおもっております。むろんかぞくとのたいわなど、ここ1かげつほどしておりませんが・・・。しあわせです。」
彼の言葉にウソはないように感じられる。空虚で彼の手足はこんなにもほっそりとしているのに彼は幸せなのかと、思ってしまった。確かにここからは叫び声も悲鳴もない。
私は案内人にもうここにいたくないと話した。
「なぁ、ここはもう十分だ。他に行ける所があるなら行かせてくれ。もっと綺麗な場所を見せてくれ。な、頼むよ。」
「綺麗、ですか。豪勢できらびやかな所でしょうか? 」
「ここじゃなかったらなんでもいい。」
正直、ロサンゼルスに行って以来、都会やカジノのネオンライトは見たくない部分ではあるが今はここよりかは十二分にましだろう。またも、彼の手をつなぎ目をつむり、暗闇を歩いて行く。この暗闇の中では案内人とは口を聞けない。いや、聞かないという約束になっている。しばらくするとまた彼は肩をたたいた。私は目を開けるとそこには目を細めるほどのきらびやかなレストランや、ネオンが光るホテル、そしてなぜか嘆き叫ぶ恰幅のいい住人たちがあれがない、これがない、盗まれた、と阿鼻叫喚だった。
「なんだこのカオスは・・・」
「ここは<地獄>です。先ほどとは全然違いますね。吐き気がするほど裕福な住人たちがたくさんいますね。まぁそれのおかげで繁栄しているのでしょう。さ、切り替えてちょっとここいらでご飯にしましょう。口にあうか、分かりませんが・・・」
というと私を連れていき、ネオン街を通り、おしゃれなレストランを通り過ぎると人通りの少なくなった広場にぽつんと佇む屋台に入っていった。
「旅人さんなら、あんな普通のレストランよりこういう通好みのものが食べたいでしょ? ささ、ここの“ゴレン”は非常に味がしみていて美味ですよ。」
正直言って私はレストランでハンバーグやオムライスが頼みたかった。私のブログではあまり食については言及せず、人との対話や、綺麗な景色を楽しむのが売りなのだ。つまりは食事は普通のレストランでよいのだ。一番ダメなのは挑戦して口に合わなかったり、不衛生で食あたりしてしまうことだ。まあいい。丁度腹ごしらえしたかったんだ。食べれば何でもいいと思い、座ると屋台で見るその光景は日本の“おでん”のようだった。これで彼の「味が染みている」の意味が分かった。具も見たことないものばかりなのでとりあえず案内人にお任せした。
お皿に乗せられたものを見ても、やはりおでんにしか見えなかった。箸をつけて口に放り込む。大根みたいなのとタマゴみたいなのとジャガイモみたいなのが案外いけた。肉のような謎の物体はイマイチ筋が多くてダメだった。まあまあの食事をした所で案内人が提案する。
「ここでは自由に探索していいですよ。一時間くらいゆっくりしてください。探索前にこれを付けてください。」
渡されたの銭湯でよくありそうなロッカーのカギのようなブレスレットだった。それを指示された通り右手につけると
「それは、まぁ御守りみたいなものです。なにかトラブルに巻き込まれたらそれを見せてください。大概は何とかなります。ですが、本当に何とかならなくなったり、身の危険を感じたら横のボタンを押してください。私がすぐに駆けつけますので。では。」
というと途端にどこかへと消えてしまった。まぁ、短時間で二つの世界を交通機関なしで案内するんだからそれくらいの手品くらい驚くことはないだろう。
私は案内人の言う通り辺りを散策した。きらびやかなのに人達はなぜか不満そうにののしり合っている。特に今回は住人への干渉は制限されてないので思い切って道路に座ってうなだれる女性に聞いて見た。
「あの、大丈夫ですか? 一つお聞きしたいことが・・・」
「なんですか? お金なら他の人の方が持っていますよ。それに今日はカバンを二つも盗まれているんですよ。これ以上何を奪おうと言うんです? 私の身体ですか? もうやめて、関わらないで!!」
そう叫んで裏路地に消えていった。なんて被害妄想の強いヒトなんだ。こんな人ばかりなのか。すこし興味が湧き、裏路地までついて行くと、ナイフを持って危なそうな薬を飲んで正気とはみえないヒト達がそこにいた。
「あいつ、俺からヤクを奪おうとしている。」
「いや、きっと俺のこのカジノで当てたカネが目当てなんだ。」
「奪われるくらいならあいつから奪ってしまえ! どうせここには法なんてしゃれたものありゃしないんだ!!」
そういうと三人くらいの人間が私目がけて血走った眼で追いかけてくる。私は驚いて走りだす。捕まれば何をされるかわからない。必死になって走った。誰に声をかけても誰も助けを差し伸べない。むしろ、暴漢三人に協力して私に正面から殴ってきた成り金の格好をしたヒトが
「こいつのせいで我輩のカネが暴落したのか!! このドブネズミめ!」
と三人同様支離滅裂なことを言う。私はいつの間にか四人の集団に殴られ、蹴られていた。何度も何度も、右手のブレスレットのボタンを押した。だが、彼は現れる様子もない。そして彼はようやく現れた。
彼はなぜか介入せず、傍観していた。
「何してるんだ! 早くしてくれ。そのためのブレスレットだろ!」
「おやおや、トラブルは困るとあれほど言いましたのに。彼らは暴徒化するとおさまりがきかない。仕方がありませんね。」
というと、彼は黒いローブを大きく開く。すると彼から風が巻き起こっていく。風は暴徒だけを吹き飛ばして行った。まるで今までの事が嘘かのように。
「ハァハァ・・・もう帰ろう! もうこんな目は沢山だ。見たくもない。」
「もういいのですか? まだまだ、見る世界はたくさんありますのに・・・」
「俺は、危険な場所まではいかないし、貧困とか観光向きじゃない場所なんて興味ないんだ!!」
「そうですか・・・。ならばもっと良異世界(ヨイセカイ)を提供しますよ? 行きましょうか・・・ あなたが死ぬ、その日まで。」
いやだ、嫌だ、イヤダ、イヤダ
「やめてくれー!!!!!!」
また私の目の前は真っ暗になってしまった。
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