5話 エルフ(美女)の住処をつきとめる3

 捕まってから何時間たったのだろう? ここには暗闇しかないので、地上では夕方なのか夜なのか不明だった。夕食もさっきの美女が運んできた。名前はリリス。

 ああいう子が仲間にいてくれたら…とちょっぴり思ったり思わなかったり。

「そろそろ行く」

 ノエルはそう告げ、立ち上がった。

「ああ、気をつけろよ」

 そのとき、上から激しい音が聞こえた。小さな石がいくつも降ってきて、両腕で守る。

「なんだ?」

 高く飛び上がったノエルは、軽々と鉄格子の上をくぐった。シュタっと軽やかにまるでネコのように着地を決める。

「ちょっと見てくる」

「あ、待て! リーダーを置いていくな!」

 バンの言うことを聞かず、走り去っていく音。上ではザワザワと喧騒が激しくなり、怒鳴り声やら、魔法が行きかうような音が聞こえる。

 これは緊急事態だな。まさか、さっきリリスが言ってた魚人ってやつか?

「ノエル! ノーエール! 開けてくれ!」

 声はむなしく暗闇に消えていった。

 あいつどこまで行ったんだ? どうすんだよこれ。

 足をかけるところはある。どうにかして超えるしかないか。あのバカ、帰ったらお尻ぺんぺんだ。それかとびきり辛いやつを無理矢理食わしてやる。

 どうにかして飛び跳ね、足をかける。そこから手を伸ばし、鉄格子の上の棒にぎりぎり手が届いた。

「ぬおおおおおおおおっ! おりゃあ!」

 棒に足をかけることに成功した。あとは下りるだけ…。

「いててててっ!」

 服をこすりつけながら、どうにか着地することができた。さびた鉄によって肌が擦りむいた。痛みで叫びたい気持ちを抑え、気を取り直していると足音が聞こえてきた。しかし、それはノエルのものではない。ペタペタと水気を含んだ気持ちの悪い音だからだ。

「ぎょぎょ。なにか声がしたな?」

 魚に手足の生えた魔物、っていうかどう見ても魚人が近づいてきた。人の大きさほどの体格があり、カマを持っている。

 気持ち悪いやつだな。しかし、暗闇に目が慣れていないのか、こっちには気づいていないようだ。今がチャンス。

 バンは忍び足でゆっくりと近づくと、後ろに回り込んだ。


 ◆◆◆


「くくく…」

 花畑は血の海になっていた。番人を務めるエルフたちが血を流して倒れている。それを見下ろすように魚人たちが立っていた。その中でも体の大きな魚人が笑っている。サメの頭に手足が生えたその魚人は大きな鉈を持っていた。そこから血が滴り落ちている。

「魔法は接近戦では不利だよなあ」

「シャーク様!」

 魚に手足が生えた魚人が家の中から外に出てきた。

「なんだ?」

「極上のエルフが隠れていました!」

「いやっ!」

 引っ張られてきたのは、リリスだ。

「ほお。これはなかなか…」

「実においしそうですね」

「そうだな。今日の飯はこいつにしよう」

「げっへっへっへ…へ?」

 プシャー!

 魚人たちの笑いが突如、止まった。血しぶきとともに魚人が倒れる。一匹、また一匹と倒れていく。ノエルは縫うように動き、魚人たちを面白いように地に伏していく。

「シャ、シャーク様! ぎょぎょっ!」

「あん? この俺様に歯向かうやつがいるのか?」

「とらえた」

「なめんなああああああっ!」

 ノエルはナイフを振り下ろす。それがサメ肌に触れる前に、サメの頭突きがノエルの体を直撃する。

 しまっ…。

「うっ!」

「あ!」

 リリスから悲鳴が上がる。頭突きの衝撃で、ノエルはゴロゴロと地面に転がった。立ち上がろうと手をつく、その腕はプルプルと震える。

「くっ…。この私が…」

「残念だったな」

 動かない体。近づいてくるその恐怖に、涙が出そうになった。

 くそっ。動け…。私の体…。

「シャ、シャーク様!」

 牢屋へ続く階段からやってきたのは、魚人だった。後ろ手に捕まっているのはバンだ。

 …あっさりとつかまってるじゃん。

「どうした?」

「こいつを捕らえました」

「そうか。今、厄介なやつを処分するところだ」

「わ、私がそいつを殺しましょう。シャーク様の手を煩わすわけには…」

「ん。そうか。ならやれ。抵抗しないよう首を落とすんだぞ」

「は、はい…」

 魚人は、バンと一緒にシャークの近くにやってくる。

「どうした? ん? お前、背中になにか刺さって…」

「遅えよ!」

 バンは魚人の背中に刺さったカマをとると、思いっきりシャークの肌に突き刺した。

「ぐああああああああああああああっ!」

 のたうち回るシャーク。

 え? なに? なにが起こったの?

 魚人は正気を失かったのか、その場に倒れた。どうやら魚人に演技を強制させていたようだ。

「ゆるさん! 俺に傷を負わすとはゆるさねええええええええ!」

 刺さったカマをとり、放り投げる。興奮しているようで、シャークの鼻息は荒い。

「リリス! お前、魔法使えるか?」

「え? は、はい!」

「あん?」

「パピラ、メビウス、ジャック…トオ、サンダー!」

「はっ! おせえよ!」

 シャークはサッと横っ飛びし、雷の攻撃をかわす。

「バカめ! そんな鈍い魔法、当たるわけねえぜっ!」

 リリスは眉を寄せ、唇を噛んだ。

 バンは倒れているノエルの元に駆け寄る。

「逃がすかあ!」

 そのとき、違う方向から雷が空を切る。どうやら、エルフの生き残りがいて、援護してくれているようだ。

「くそがあっ!」

 シャークは遠距離からの攻撃にイライラしているのか、吠えた。ノエルの元にたどり着くバン。

「おい。大丈夫か?」

「う…ん」

 少し時間がたったおかげか、身体がさっきよりは軽い。体が動く。ゆっくりと立ち上がる。

「お前だけが頼りだ。やれるか?」

 ノエルはうなづいた。不思議なことにその言葉が力に変わって、集中力が増す。魔法攻撃を避けるのに集中しているシャーク、その懐に飛び込む。隙だらけの相手に一太刀入れるのは簡単だった。

 今度は、決める!

 肌を貫通し、内部を抉る。ノエルの顔には返り血が飛び散った。シャークは断末魔を上げると、その場に倒れこんだ。


 ◆◆◆


「君たちにはここをすぐ、出ていってもらう」

 エルフの家にバンたちはいた。イスに座るのはエルフ長で、意外に若い。三十才ぐらいに見える男だった。エルフは長寿で、容姿はあまり変わらないというから、実際、百才は超えているようだ。魚人を倒したあと、奪われた荷物は返してくれた。

「そんな…」

 壁際に立っているリリスは声をもらした。

「魚人から救ってくれたことは礼を言う。だが…我々は多大な損害を被ってしまった」

 もともと少ないエルフの人数が、半分ほどに減ってしまった。その原因は、バンたちにあると決めつけているようだ。

 いや実際、そうなんだけど…。

「人間と関わると災いを引き起こす。今回、それが証明された」

「そうだ、そうだ!」

「出ていけ、出ていけ!」

 周りにいるエルフたちの声が狭い部屋に響いた。

 ノエルはいつも無表情だが、どこか悲しい目つきになっている。

「行こうぜ」

 バンたちは家を出ていく。入り口の穴をくぐり、進んでいくと、後ろから声が届いた。

「あの!」

 リリスだ。番をしているエルフ二人に抑えられているが、それでも二人を押し倒す勢いで身を乗り出している。バンたちは振り返った。

「せめてお名前だけでも!」

「ギルドフリーのバンだ!」

「ありがとうございました!」

 彼女の心のこもったお礼が、ほんわかとした気持ちにさせてくれた。バンは手を振り、その美しいエルフに別れを告げた。

 長い一日が終わり、ダンジョンを出たころには朝になっていた。夕方だと思ったが、門番に時間を聞くと早朝のようだ。

「お前たち、よく無事だったな」

 門番のおじさんは驚いていた。薄暗く、この時間、露店の人も準備していないようで、人はまったく見かけない。

「ふあ~あ」

 バンは腕を伸ばしてあくびをする。

「ノエル。お前、大丈夫か? 体?」

「…うん。頭が揺さぶられて、ちょっと体が動かなくなってただけ」

「そっか。痛いなら痛いって言えよ。そのときは病院行かねえとな」

 後ろを歩くノエルの足が止まった。バンは振り返る。

「どうした?」

「怒らないの? 勝手に動いたこと」

「ああ。怒ってほしいのか?」

「別に…そういうわけじゃない」

「まあ、あれだ…。部下の失態は上司の責任だからな。反省してくれたら問題ねえよ」

「…」

「よし、じゃあ、帰ってシャワー浴びるか」

「依頼」

「あっ!」

 すっかり忘れてた。

 そうだ。今回は依頼でエルフの住処を見つけることが目的だったはずだ。

 リリスの顔を思い出す。居場所を教えると、依頼人が変なことするかもしれないな。大規模に冒険者を集めて、エルフの探索…とか。そうなったらリリス、困るか。

「依頼は破棄だ。エルフはいなかったと報告しよう」

「いいの?」

「ああ。俺は美女の味方だからな」

 クスッとノエルの笑い声が聞こえた。

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