第78話「夜王の問答 1」

 一通りの治療を受けた道周は、目を覚ました3日後に退院をした。

 イクシラの病院から住処を変え、与えられた家屋の一室に身を移す。そこはイクシラ特有のレンガ造りの建物で、街並みの中でも頭一つ抜けた高さの一軒家であった。

 来訪者にしてはかなりの好待遇とも言える建物の一室で、道周は次の目的地である西の最大領域「グランツアイク」へ向けた準備をしていた。

 高い月の光が窓から注ぎ、ロウソクの仄かな明かりでも十分手元は鮮明である。

 そんな一室で、道周は荷物を広げていた。イクシラの雪原を移動するために必須である防寒着や、深雪用のブーツ、照り返しから目を守るサングラスなどを与えられ、それらを左手首のブレスレッドに収納する。

 一通りの荷物を、乱雑に収納した道周は手を止める。そして、自分一人しかいない部屋で、誰に語り掛けるでもなく呟いた。


「――――ない」


 道周の顔から血の気が引いた。ブレスレッドの中にあるはずの、が、ない。


 そう、それは、魔剣である。


(どこで無くした……? あ、あそこか)


 冷静に考えた道周は腰を上げる。部屋から出て廊下を渡り、魔剣があるであろう場所へ向かうべくを建物を出る。

 鮮明な月明かりで先を見据えると、道周は思わず脚を止めた。


「あ……」


 丁度建物から出た街道の真ん中では、漆黒の外套に身を包んだアドバンが仁王立ちしていた。その立ち姿からは並々ならぬオーラが放出され、委縮した通行人が、次々と来た道を引き返している。


「やはり来たようだな」

「夜王サマが、道路のど真ん中で何しているんだよ。通行人が怯えて通れてないじゃないか」

「構うものか。この街道はオレが敷設したものだ。オレがどう使おうと勝手であろう」

「実際に道路を造ったのは大工さんだけどな」

「屁理屈だ」


 会話を交わしながら、2人は同じ方向へ向かって脚を進める。

 つい先日まで殺し合いをして、勝敗を分かった間柄でありながらも、2人は実に親密であった。

 もう2人に戦う理由はない。

 アドバンは己の王位をセーネから譲位され、正式にイクシラの王となる。これまでとは違い、一切の禍根なく執政ができるだから、本人にとってはこれ以上ない儲け話だろう。

 対する道周も、リベリオンの筆頭であったセーネの悲願は達成させられた。セーネ自身がアドバンに王位を譲るというのだから、何も言うことはないし、アドバンといがみ合う理由もない。

 つまるところ、「利害の一致」というやつで丸く収まっている。

 その上で、道周とアドバンは相互理解を深めようとしつつも、腹の探り合いをしているという状況だ。なんとも歯痒い。

 居合の達人同士のが図り合う間合いのような、重苦しい空気感の中、アドバンが先手を取った。


「貴様らの事情は聞き及んでいる。その上で、オレが言うことは何もない」

「さいですか……」

「で、あるが、やはり貴様の実力にはいくつか疑問が残る」

「何が言いた――――」


 道周がアドバンの言葉の心理を問い返す前に、2人は脚を止めた。

 2人がそろって目指していたのは、先の戦いで戦場となり、崩壊しきった「旧不夜城」の土地である。

 進入禁止の看板を無視し、アドバンが脚を踏み入れる。

 その後に続くように道周も廃墟に侵入し、崩れ落ちた城の中心に辿り着いた。

 そこは、かつての不夜城のメインホールがあった場所であり、道周が突入の際に討ち入った大広間であった。

 豪華絢爛に飾られた宝石と燭台は瓦礫に埋もれ、最早一銭の価値もないガラクタになり果てていた。堅牢に聳え立っていたレンガ造りの城壁も大きく欠け落ち、隙間入り込むから月光が2人を照らす。

 埃と砂塵に汚れたレッドカーペットの上に、一際輝きを放つ剣が突き刺さっていた。白銀の刀身に月の形を映し、ガードでは2つの碧玉が光を反射していた。


「あ、まだ突き刺さっていたのか」

「当たり前であろう。あれは貴様の剣だ」


 道周は魔剣が不夜城にあるだろうという宛てはあったが、よもや刺さったままだったとは思っていなかった。てっきり、どこか瓦礫とともに埋もれているものと決めつけていたが、探す手間が省けた。

 と、ふと道周は停止する。


「そういえば、アドバンは魔剣あれに突き刺されていたんじゃなかったか? どうやって抜け出した?」

「……聞きたいか?」


 アドバンが邪悪に笑う。紅色の瞳が悪戯に湾曲し、隠された犬歯が不気味に光った。


「結構です」


 道周は即効で断りを入れる。これこそ「触らぬ神に祟りなし」というやつだ。神じゃないけど。


「安心せい。この程度で死ぬほど、オレは軟ではないわ。

 それよりも先にオレが述べたことだが、そのうちの1つが、貴様が振るったあの面妖な剣のことよな」


 アドバンは霞に消えそうな細い声で道周に語り掛ける。熱のない瞳は魔剣を見据え、ゆっくりとした歩調で傍らに立った。そして外套の下から白い細腕を伸ばし、魔剣の柄を握る。


「ふんっ!」


 地面に突き刺さった魔剣を一思いに引き抜こうとしたアドバンだが、魔剣は微動だにしなかった。

 現在は月の出ている夜だ。アドバンの権能は「夜王」。すなわち、夜間においては絶対的な戦闘能力と体力と速力と、怪力を得る権能だ。それを以ってしても、魔剣が動くことはなかった。


「これが気に食わん。イクシラの怪力自慢や「百鬼夜行」、夜の王たるオレですら動かぬ剣を、どうして貴様のようなただの人間ヒューマンが操れる?」


 アドバンは答えを求めて問い掛ける。

 道周はアドバンの嘆きともとれる質問を受け止め、その手で魔剣を軽々と抜いた。


「俺にも分からないけど、この魔剣は「俺を主人として選んで、主人以外の使用を拒む」らしい。ジノ……、前の異世界での聖剣使いですら拒んだ逸品だ。こいつの好みはてんで分からん」


 道周の回答を嘘偽りなしと判断し、アドバンは追及を止めた。納得はしていないようだが、次の問答に移る。


「2つ目だ。それは、貴様の実力である」

「ほう……」


 道周は魔剣の感触を確かめるようにしながらも、興味はしっかりとアドバンに向いた。

 道周は仮にもアドバンを倒した男だ。それを、戦いが終わってからいちゃもんをつけるような発言は、道周とて捨て置けない。

 アドバンは道周の挑戦的な眼差しを理解しながら、煽るように言葉を続ける。


「貴様は空も飛べないような猿故に、空中戦での無様には目を瞑ってやろう。しかし、最後に貴様が放った一撃、あれは何だ?」

「「何だ?」と来たか。そうだな……」


 アドバンに痛いところを突かれ、道周は深く考え込んだ。顎に手を当て、返す言葉を慎重に選ぶ。

 いくらアドバンと利害関係にあるからと言って、「魔性開放」という奥の手を安易に教えていい者だろうか。もし、今後夜王が敵対することになれば、「魔性開放」必ず駆け引きのカードになる業である。その弱点や制限まで明かさずとも、アドバンなら確実に対策を講ずるだろう。もし「魔性開放」への対策を持たれると、使う使わないに限らず、駆け引きのカードとしての効果はなくなる。


(「魔性開放」については、あまり言いふらさない方が得だな)


 道周の思考が纏まった。この間、僅か2秒である。

 この瞬時の算段を、アドバンは鼻で笑って一蹴した。


「よいよい、貴様が考える打算的なことなど、オレは興味がない。

 差し詰め、業の全てを打ち明けることの損得を天秤にかけていたのだろう。そんなこと、元より興味ないわ」

「ぐっ……。言ってくれるじゃないか」


 一本取られた道周は歯噛みする。対するアドバンは器量の違いを見せ付け、大らかに笑っていた。


「オレが言いたいことは、貴様が度々使おうとしていた業では、オレを倒すには至らなかった、と言うことだ。何やら「これさえ当たれば倒せる」という確信があったようで警戒したが、存外

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