第77話「ネクスト・ステージ」

「えーと、一つずつ整理しようか」


 気持ちを落ち着かせた道周が、用意された水を飲み干して話を切り出す。考えを整理し、一番の疑問を挙げる。


「夜王は倒したんじゃかなった? え、倒してなかった?」


 いの一番の質問に、夜王はあからさまに機嫌を傾ける。自らの敗北のシーンを彷彿させる質問なのだから無理もない。


「ふんっ。確かに、オレは貴様に胸を貫かれたが、それだけだ。オレがその程度で死ぬはずがなかろう」

「あ、ソウデスカー」


 道周はスケールの違いに思考を放棄した。「胸を貫かれた」らしいのだから、何を言っても無駄だろう。

 しかし、一度口を開いたアドバンは止まらない。溜まりに溜まった不平不満が、堰を切って流れ出す。


「オレは療養していたというのに、愚妹に連れ出されたと思ったらこれだ。直射日光に当たれば即死、そうでなくとも、昼間は頭痛が止まらない。そんな身体を押してまで来てやったのだ。感謝しろ」


 言いたいことだけ言って、夜王は椅子に深く座りなおした。言われてみれば確かに、夜王は窓から遠い病室の角に座っている。これは万が一にも直射日光が当たらないための自衛であったのだ。

 道周は次にセーネに視線を送る。


「セーネから何か言うことは?」


 道周から恨めしい視線を受けても尚、セーネは一切悪びれる様子はない。それどころか、どこか誇らしげな表情で、控えめな胸を張った。


「先も言ったが、今回の革命で僕は、200年前に奪われた王位を「取り戻した」ことになる。その王位を、正式に義兄に譲渡するつもりだ」

「その心境は?」

「……恥ずかしい話、義兄が築き上げたエルドレイクの発展ぶりには舌を巻いていたんだよ。僕には、この都市の発展はなしえなかったことだろう」


 セーネは視線を落とした。心なしか声のトーンも落ちているが、それでも気丈に声を振り絞る。


「もちろん、エルドレイクの発展のために、イクシラの地方都市の住人を圧迫していたことを肯定するつもりはないし、吸血鬼以外の種族を弾圧してきたことは許さない」

「ふん」


 セーネの言に合わせてアドバンが鼻を鳴らす。やはりアドバンはセーネの考え方が気に食わないようだが、口を挟むような無粋はしない。


「だから僕は考えたのさ。義兄を正式なイクシラの王とするが、その執政には僕も口を出す。そういう新たな地位を作り出す」

「メインの政治は夜王、夜王の暴走を監視するために白夜王、と言ったシステムだ。俺が考えた」

「リュージーンは黙ってようねー」


 口を挟む無粋をしたトカゲ男を、マリーが両腕で抑え付けて黙らせる。

 抵抗するリュージーンを壁に押し付け、マリーはセーネに話の続きを促した。


「どうぞー」

「ありがとうマリー。……では改めて。

 義兄が正式にイクシラの王になってからの方針も、すでにある程度の折り合いがついている。この場では、最後の折衝をしたい」

「そこで俺の立ち合いが必要、っていうことか」

「そういうことだね」


 セーネが素直に首肯した。

 セーネの腹の内を聞き、道周は肩の力を抜く。アドバンの同席が合意の上なら、当面は交戦の心配はないだろう。


「さて、最後の話し合いについてだが、これは魔王に対するイクシラの立場についてだ」


 セーネが話を切り出し、マリーが生唾を飲んだ。元々道周とマリーがセーネの革命に参戦した理由がこれである。セーネに恩を売って、フロンティア大陸における諸悪の根源、魔王を倒すための助力を願うためである。


「僕は、もちろんミチチカたちに協力して魔王を倒すつもりだ。それはイクシラの兵力がミチチカたちの味方になる、ということでもある。義兄はそれで構わないかい?」

「一向に構わん。元より、オレも魔王を討つための兵器の作成に取り掛かっていたところだ」

「だ、そうだ。僕たちの意見は纏まっているのだけれど、意義はないかい?」


 セーネはそう言って、交互に2人を伺った。

 マリーはセーネの問いに大きく頷く。

 道周も同じようにして肯定しつつも、1つの申し出をする。


「イクシラの助力はとてもありがたい。

 だけど、もっと戦力があるに越したことはないだろう」

「確かにそうだ。200年の勇者は「四大領主」の権能を割譲されて尚、魔王を倒すことができなかった。戦力は、もっとあるに越したことはないね」


 道周の意見にセーネは深く同意した。それと同時に瞳を輝かせる。


「そこで、僕から提案だ」


 道周の申し出を待っていたかのように、温存していた案を出す。


「ミチチカたちはイクシラを出て、「グランツアイク」へ向かってはどうかな?」

「グラン……」

「ツアイク……?」


 道周とマリーが、わざとらしい複唱をして首を傾げた。

 そして、示し合わせたようにリュージーンがしたり顔をする。


「やはり、次の目的地はグランツアイクか。俺も同行しよう」

「リュージ院」

「――――で、セーネ、「グランツアイク」っていうのは?」


 マリーの悪ふざけを華麗にスルー、道周は手を挙げて問い掛けた。


「「グランツアイク」は西の領域だよ。「獣帝」がいるんだ」

「あ、そう……」


 説明になっていない。などど、道周は突っ込まない。何せセーネは満面の笑みとしたり顔で満足している。先の提案の段階で、セーネのやりたいことは終わっているらしい。


(ポンコツセーネだ)


 道周はもやもやした疑問を胸に秘めらがらも、嬉しそうなセーネの表情に気が緩む。もう、「グランツアイク」が何だっていいやー、などと思考を放棄しそうになっているまである。

 しかし、そんな適当極まりない説明で満足できない男がいた。部屋の角から、尖った声でアドバンが補足を加える。


「「グランツアイク」は大陸の西方に置いて、最も勢力のある領域だ。そしてグランツアイクの領主こそが、「四大領主」の一角、「獣帝」である」

「そういうことか!」


 道周は手を叩いて納得する。

 苛立ちを通り越して、呆れかえったアドバンは冷めた声で続ける。


「詰まるところ、「貴様らで獣帝の戦力を得て来い」ということだ――――!」

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