第59話「王の在り方」
時を少し遡る。
ケイオスと胸倉を掴み合い、揉みくちゃになったセーネは壁を砕いて城内に転がり込む。
馬乗りになったセーネは怪力でケイオスの身体を抑え付ける。
反目するケイオスはジタバタと身体を揺さぶり抵抗するが、負った傷の深さに力が出ない。
「目を覚ませケイオス。夜王は吸血鬼の繁栄など願ってもいない。あいつが欲しいのは物言わぬ傀儡だ。君たちは利用されているにすぎない!」
「それでも構いませんとも。
「どうして……、どうして分かってくれない……?」
困惑したセーネの手からわずかに力が抜ける。その好機をケイオスは逃ささない。振り絞った力で身体を捩じり、回転力でセーネを振り払った。
振り払ったセーネを壁にぶつけると、ケイオスは固く拳を握り戦意を見せる。
セーネは未だ困惑を拭えずにいるが、それでも目の前の敵にスピアの穂先を向ける。
「私は夜王から「白夜王を始末せよ」との命を受けています。が、鬼化した同胞を元に戻すためには貴方の力が不可欠だ。なので捕えさせていただきます」
「ならば僕たちと共に夜王と戦おう。全ての者が手を取り合える領域を今度こそ実現させる!」
「だから貴方ではないんだ! 貴方の理想は私たちには眩しすぎる!」
「そ、そんな……」
ケイオスの吐露を聞き、セーネは立ち眩んだ。
どこまで行っても、セーネにはケイオスの気持ちが分からない。
平行線? いや違う。真逆なのか? どう違う? 僕の理想は吸血鬼も、その他の魔族も誰も傷付けないのに、全員が同じ街で手を取り合うことの何が悪いのか――――?
「――――分からない。僕には分からない!?」
「だから貴方は王では、領主ではなくなったのだ! 200年前から何も変わっていない!」
志はここで違えた。決定的な決別を迎えたかつての同胞たちは牙を剥き武器を構える。もう引き下がることはできない。拳と武器を交えることでしか、会話はできない。
「はぁぁぁ……!」
「くぅっ……!」
奮起するケイオスの突貫は重厚だった。手負いを感じさせない鉄拳がセーネを捉える。
辛うじてスピアを挟み込んだセーネだったが、その動きに覇気が感じられない。狼狽える足取りのまま圧倒され、後退を余儀なくされる。
「ぅぅ……」
嵐のようなケイオスの拳打がじりじりとセーネを追い詰める。一歩、また一歩と壁に追い詰められ、ついに背中を壁にぶつける。
一気呵成に追い詰めたケイオスは、渾身の力を拳に込める。胸一杯に空気を吸い込み、振り上げた鉄槌を振り下ろす。
「――――っ! …………?」
振り上げた拳が、セーネを討つことはなかった。ただケイオスの掌はセーネの肩を掴み、壁から引き剥がして放り投げた。
ケイオスの突然の行動にセーネは思考が追い付かない。投げられるがままに地面に伏し、丸くした瞳でケイオスを見詰め返す。
目前では、鋭利な刃がケイオスの胸を貫通していた。壁から這い出た凶刃は黒い影に染まりながら、その切っ先から血流を滴り落ちている。
「ケイ、オス……?」
セーネの口から言葉が零れ落ちた。その刃が何なのか、セーネはよく知っていた。
「全く、オレは「始末しろ」と命じたはずだが。狂人よりも使い物にならぬとは、笑えぬぞ」
夜王の声が影から木霊する。しかしその姿を黙視することは能わず、夜王のケイオスを詰る文言は止まらない。
「愚妹のついでだ。モノを考える傀儡は処分する」
「あ……、ぅぁぁあああ……――――」
ケイオスの声が段々と影に落ちていく。徐々に霞み行く呼吸が、遂に途絶えた。
「なぜ……、なぜだ……。どうして、同じ仲間同士で殺し合わなければならない……?」
僕では吸血鬼を……、同胞を……、救えないのか……?
セーネの頭の中でケイオスの言葉が反芻される。
「貴方の理想は私たちには眩しすぎる!」
僕は今まで何をして。
僕は一体何のために。
僕は、もう――――。
その瞬間、城壁が勢いよく砕かれた。
魔剣を肩に掲げた道周が名を叫んだ。
「ミチチカ……、僕は、もう……戦えない――――」
セーネはその言葉を最後に、暗転する意識に落ちていった。
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