第37話「セーネの告白 3」

 本当に情けない話なんだけどね。


 セーネは影のある笑み浮かべ、そう前置きをした。

 道周もマリーもコーヒーを啜り、セーネの次の言葉を待つ。


「シャーロットが先に口走ったが、今の僕の力では夜王……、僕の愚兄である"アドバン・ドラキュリア"には敵わない。例え1000の兵士を動員しても、万に一つ勝ち目はない」

「それは断言出来ることか?」

「あぁ、今の僕は非力だとも。1、ね」

「なるほどな……」


 道周はわざとらしく大きく頷いた。

 セーネが求める実力者は道周で間違いない。問題はそこにマリーが含まれているのか、ということだ。

 マリーが見せた魔法の威力は目を見張るものがあった。が道周の戦闘能力ほど安定的でもなく、底も天井も分からない。そんなマリーを革命の主力に数えていいものだろうか。

 道周の興味は半ば別のことに向きながらも、セーネの回答を静かに待った。


「僕は異世界から君たちの召喚を察知したとき、その力に期待した。だからソフィを向かわせたし、紆余曲折ありながらも君たち2人を保護できた。

 ならば話は……、分かるよね?」


 顔を上げたセーネはニヒルに微笑んだ。表情の影は健在、意味ありげな笑みは不気味さを内包する。

 道周はセーネの含みある発言を完全に理解し、マリーも薄々勘付いている。


「とどのつまり、戦力になれってことだな」

「無論、断るなんてことはしてくれるなよ。君たちの着ているもの食べてきたもの、これまでの道程全ては、一体誰のおかげかな……?」


 セーネは勝ち誇った顔を2人に向ける。恩着せがましいなどという謗りは百も承知、これがセーネの言った「下心」である。

 セーネは「策士」として2人を導き利用しようと悪巧みをした。思い通りの結果が得られたことに、心が沸き立っていないと言えば嘘になる。

 そんなセーネの勝ち誇ったような思いが、ついつい面に表れ微笑んだ。


「ソフィだな」

「ソフィだね」

「……だってさ」

「……むぅ」


 しかし道周とマリーはセーネのどや顔を打ち砕いた。

 「そんなことではないか」と思っていたリュージーンも、予想通りの返答に呆れ返っている。


「でも協力はするぞセーネ。俺たちが召喚された理由は分からないけど、やれることはやる。

 俺の異世界転生経験から言っても、「その世界の問題を解決すること」が元の世界に戻る最適解だったりする」

「「異世界転生経験……?」」


 リュージーンとセーネが道周のおかしな言い回しにユニゾンして首を傾げる。


「聞いてないか? 俺は異世界転生は2回目だ。何なら履歴書でも書こうか?

 ……「趣味・特技」の欄でいい?」

「……いや、結構だ。

 道理で肝が座っているわけだ」

「マジか……」


 セーネとリュージーンは合点が入った。道周から感じていた胆力と謎と違和感が点と点が線で繋がる。


「何はともあれ、夜王とやり合うなら情報が欲しい。「手伝え」って言うなら、もちろんくれるよな、情報」

「もちろんだとも。愚兄の権能から吸血鬼として持つ能力の全てまで、赤裸々に教えよう。

 まず第一に……、常夜都市において夜王には誰も勝てない」

「そんなに強いの?」

「俺が戦った感触として、強くはあったが「勝てない」ってほどじゃなかったけど」

「誇張はない。夜王には手も付けられない」

「ほほう……。「夜の間は」ねぇ……」


 マリーは大袈裟に頷いた。分かった風な顔で腕組みをして、大仰に頭を揺さぶる。


「ミッチーの話だとエルドレイクって都市はずっと夜なんでしょ」

「そうだとも。それが「夜王」の権能"常夜の結界"だとも。あの都市には明けぬ夜が確かに存在する」

「常夜の結界、あの黒いドームのことか」


 リュージーンは目にした光景を記憶から掘り返した。エルドレイクに立ち入る前に見たエルドレイクを覆う半球のような、ドームのような、天蓋のようなものが「結界」である。

 改めて考えると、一都市を覆う規模の結界を200年もの間維持し続けているとは規格外である。

 夜王の結界についてセーネから説明が加えられ、マリーは概要を理解した上で疑問を掲げる。


「夜の間の超絶パワーアップは分かったけど、そんなに強くなるの? スーパーサイヤ人で言えばどれくらい?」

「スーパー……、サイ……。マリー、何だいそれは?」

「例えられるか阿呆。異世界にスーパーサイヤ人はいないって」

「てへっ」


 いつもの調子で茶々を入れるマリーに道周が突っ込んだ。脱線しかけた話題を道周が手繰り寄せる。


「強くなるって言っても程度があるだろう。大猿に化ける訳でもないだろう」

「ってミッチーもDBに寄ってるよ。さては好きだな」


 然り気無くボケる道周にマリーが突っ込みを入れる。阿吽の呼吸と言えば聞こえはいいが、ただの悪ふざけである。

 未知のフレーズが気になるところではあるが、今はセーネの質問のターンではない。セーネは好奇心を抑えて2人の悪乗りをスルーする。


「単純強化だよ。愚兄のスピードにパワー等々、フィジカルの桁が跳ね上がる。

 これが夜王として、そして純血の吸血鬼としての恩恵だ」

「ふむ……、単純故に強力シンプル イズ ベストってことね……」


 道周はエルドレイクで夜王に持ち上げられた瞬間を想起していた。腕力とは異なる不思議な膂力の正体がこれである。

 この強化が「夜王」と「純血の吸血鬼」という二重の所以を持つと言うのなら、確かに手の付けようがない。


 セーネの話す情報はこれだけで終わらない。


「愚兄は仮にも純血の吸血鬼だ。愚兄の「吸血」だけでも非常に厄介と言える」

「どうヤバいの?」

「愚兄に吸血されると、眷属にされ鬼化する代わりに理性が飛ぶ」

「トぶ」

「そう、まともな思考は保てない」


 マリーの背筋に悪寒が走る。マリーは夜王を目にしたことはなくとも、冷徹なほくそ笑む顔が瞼の裏に浮かぶ。


「注意するべきは夜王本人と、吸血され鬼化した兵士で編成された部隊、通称「百鬼夜行」の二つだ。

 夜王は僕たちで倒すとして、「百鬼夜行」たちはリベリオンの戦士たちで足止めする」

「……でも、大丈夫なの? 吸血された百鬼夜行さんたちも倒さないと駄目じゃないの?」


 マリーが憂鬱そうに尋ねた。マリーの不安は殺しであり、無用な戦いだ。今までの道のりにおいても、マリーが最も忌諱してきたことの一つである。

 曇ったマリーの顔色を窺い、セーネは対照的なほどに晴れやかに笑う。


「大丈夫だよ。無力化してしまえば僕が何とかできる。僕だって混血とは言え吸血鬼だ。愚兄の真似事くらい容易い」

「? と言うと……?」


 意味ありげなセーネの言い方に道周が尋ねた。

 謎を明かしているはずなのに謎が深まる。

 ただシャーロット1人がセーネの意図を理解し顔を真っ青にした。すぐさま声を荒らげ、メイド服を揺らして抗議する。


「セーネ! さすがにそこまで明かさずとも!」

「明かさなければいけないだろう。これは僕とミチチカやマリーとの信頼関係に関わる。隠し事はなしだ」

「セーネ……」


 擦れ違う2人の様子にマリーが力ない声で心を砕く。

 セーネはマリーの心配りを汲み取った上で、気丈にいつもの笑みを浮かべる。


「これは僕個人の話だけれど、聞いてくれるかい?」


 道周とマリーは何も言わずに首肯して、セーネの決意を受け止める。

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