第38話「残罪の抜錨 1」

「我が愚兄、"夜王"ことアドバン・ドラキュリアは父母ともが純血の吸血鬼だが、僕は違う。

 僕の母はフロンティア大陸唯一の「天空領域」の出身、種族が「戦乙女ワルキューレ」またの名を「神の子」という。

 つまり、僕の行う吸血は「浄化」、愚兄の「穢れ」とは正反対に位置する」


 淡々と話始めたセーネを、全員が固唾を飲んで見守っている。

 セーネの出世を語ることを渋っていたシャーロットさえも、投げられた匙の行方を見守ることしかできない。


「僕は吸血鬼と戦乙女のハーフ故に「夜王」に成らなかった。

 夜と太陽の狭間として「白夜」の名を冠し権能を得て、王の座に選ばれた。

 それがイクシラの不和を生んだ……」


 そこでセーネの表情に影が差す。見かねた思わずマリーが質問を入れる。


「どうしてセーネの血筋が不和になるの? 領域って言うのは血縁じゃなくて地縁を大切にするんじゃないの?」

「その前提は間違っていない。ただ吸血鬼の血には覆しようのない性がある。常識だろ」


 マリーの素朴な疑問答えたのはリュージーンだった。セーネもリュージーンの代弁に異を唱えることはない。


「吸血鬼は日光を浴びれない。それは血統書の付いた純血も、混ざり混ざった雑種でも、その性質は変わらない」

「じゃあセーネもそうなの?」


 マリーの純朴な眼差しがセーネに向かう。

 セーネはマリーの真っ直ぐな疑問を受け止めると、素直に頭を横に振った。


「僕は日光を浴びることが出来る。戦乙女の血がそれを可能にさせた。

 吸血鬼でありながら蒼天の元を歩むことが出来る。僕は吸血鬼という種族の悲願を背負い、王になった」


 筈だった。


 セーネはポツリと溢した。

 悲哀に満ちた言葉は霞のように消える。堂々と冷静沈着に振る舞ってきたセーネが、マリーの瞳には儚く映る。

 黙って聞いていたシャーロットが悔しそうな、苦しそうな声を漏らした。


「僕の王としての執政は吸血鬼たちから反感を買ったんだ。「神の子」と「夜の貴族」の混血というだけで腫れ物だったが、僕の理想は高すぎた」


 セーネはかつての己の姿を省みる。

 昔日の少女は、たった1人の背中に大層大きな御旗を掲げていた。その有り様は脆く儚い砂の城のようで、事実執政は長く保てなかった。




『僕なら吸血鬼と他種族の架け橋に成れる!

 昼間は他種族の文明を、夜間は吸血鬼の文明を築く。イクシラには無限の発展の可能性があるんだ!

 全員で駆け上がるんだ!

 鬼も、夢魔も、ワーウルフもゴブリンもオークもオーガも吸血鬼も! どれか一つでも欠けてもいけない!』


 息巻いていた若き日の白夜王は理想を叫んだ。

 一見正しく当たり前のことであろうと、現状に刻まれた亀裂があった。


『実質的な吸血鬼の隔離政策だ。吸血鬼を夜間に拘束し、昼間で多種族の文明を謳歌する。白夜王は吸血鬼を捨てた!』


 そう声を上げ始めたのは、こともあろうか義兄であった。

 セーネには分からなかった。

 セーネは夜に閉じ籠っていた吸血鬼を、社会のシステムとして組み込んだつもりであった。

 隔離政策?

 逆である。

 なぜ分かってくれない。

 なぜ糾弾されねばならない。

 なぜ僕が悪い。


 なぜ誰も褒めてくれない。


 僕は、ただ凍土に閉ざされた領域に光を灯したいだけなのに--------。


『魔王が現れたぞ!!』


 その出来事が、白夜の砂城を崩す致命打となる。

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