第35話「セーネの告白 1」

 煉瓦造りの居館の一室、客間兼応接室の大広間では暖炉に焚かれ、揺れる炎の熱気に満ちていた。

 思わずクラっとしてしまうほどに上気した広間の真ん中には一つの長机と、それを囲むように椅子が配置されていた。


「どうぞ」


 メイド長のシャーロットが椅子の一つを引く。

 道周は生まれて初めて見るメイドと、見上げるほどのシャーロットの高身長のギャップに圧倒されながらも、勧められた椅子に着席する。

 セーネが長机の上座に座り、道周とリュージーン、マリーと言った組み合わせで左右に別れた。

 全員の着席を確認したシャーロットが、用意していたカップとポットをサーブする。

 シャーロットは淀みない所在でカップに湯気が立つのコーヒーを注いで言った。


「粗コですが」

「粗コ?」

「「粗茶」ならぬ「粗コーヒー」略して「粗コ」だよミッチー。そんなのも知らないの」

「「粗コーヒー」って何だよ。そんな言葉ないぞ」

「え、じゃあ何て言えば……」

「何も言わなくてよくね」

「え」

「え」


 道周の至極真っ当な指摘に、マリーとシャーロットが見詰めあって驚いた。

 道周は謎の共鳴を果たすアホの子2人に呆れながら、添えられた小瓶から砂糖を一杯加えて薫りを楽しむ。そして熱いコーヒーに気を付けながら口を着けた。


「……ってぇ! 何じゃこりゃ! しょっぱ!?」

「あら、すいません。どうやら砂糖と塩を間違えたようです。取り替えますね」

「そんなベタな……」

「シャーロットは天然のドジッ娘なのだよ」

「そマ?」

「マ(ジ)」


 異世界人の一風変わったらやり取りを、リュージーンもセーネも見慣れてしまった。この2人、徐々にスラングにまみれ始めている。

 シャーロットから新しいコーヒーを受け取った道周はブラックのままカップを啜る。そして蚊帳の外にいたセーネに話を振る。


「そう言えばソフィはどうした?」

「ソフィは「エルドレイクの様子を見てきます」と言って自ら出ていったよ。あそこには仲間もいるんだけど、自分の目と脚で見てきたいようだ。

 ……それよりも、だ」


 セーネはカップを陶器のソーサーに立てて顔を上げる。その紅の眼には確固たる決意の色が見える。


「まず、2人には白夜王の置かれている現状を伝えなければならない」

「あー、200年前にイクシラ領主の座を追われた話か?」

「うっ……」


 決意を固めたセーネの発言に道周が水を差した。道周の容赦ない追及はこれで終わらない。


「でもって領主の座を義兄たる夜王に奪われた話かな?」

「うぅっ……」

「それとも、他の領主を誘って権能とやらを勇者に分け与えたのに、勇者が魔王を倒せなかった話かナー?」

「うぅっ……!」


 図星を刺されまくるセーネのライフは風前の灯火だった。


「まずいですよセーネ。

 「セーネにも夜王を打倒する手段がない」という点も知られている可能があります」

「ぐぶっ!」


 雀の涙ほどのセーネのライフを、シャーロットが綺麗に摘み取った。


「ミッチーよく知ってるね。ミチペディアか何か?」

「全部リュージーンから教えてもらった。最後のは誤爆だけど」

「~♪」


 リュージーンは明後日の方向を向いて白々しく口笛を鳴らす。

 面目が立たないセーネは、それでも気丈に微笑んだ。


「ミチチカにはそこまで知られているんだね。

 ……そうだとも。僕は周囲の領主たちから反感を買い、革命で王座から下ろされたのさ」


 セーネはポソリと哀愁に満ちた告白をした。窓の外の雪景色より遥か遠くを眺める眼差しには、積年の哀愁が満ち満ちている。

 今の会話で大体の事情を理解したマリーが手を上げる。


「さっき言っていた「リベリオン」って言うのはもしかして……?」

「そうさ。かつての忠臣たちと共に領主の座を奪い返すべく組み上げた組織だ」

「へー! まるでジャンヌ・ダルクだね!」

「ジャンヌ……? マリーたちの世界の有名人かな?」


 マリーの無邪気な激励を受けセーネは破顔した。

 道周はジャンヌ・ダルクの何たるかを指摘したい衝動に駆られる。だが不粋であると踏み留まった。

 それに道周はセーネに尋ねたいことが山ほどある。今の内に徹底的に質問責めにしてしまう方が優先された。


「俺たちから質問いいかな? いいよな。よし質問するぞー!」

「聞きしに勝る前のめりだね。いいとも、何でも答えよう」


 鼻息を荒くする道周にセーネはたじろぎながらも胸を叩いた。セーネの誠実さをよく表している。

 道周は考える様子も見せずに開口一番、容赦ない質問を放った。


「俺とマリーを召喚したのは誰だ?」

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