第2章「イクシラ革命戦線」編

第25話「紅顔の主」

「--------……ぅ。くぅぅぅ!」


 間の抜けた欠伸で目覚める。約20時間連続で睡眠していたマリーは、ふかふかのベッドの上で身を起こして大きく伸びをした。

 目一杯に筋肉を伸縮させると周囲を見回して小首を傾げた。


「……どこここ?」


 マリーが眠っていた部屋は壁が石レンガ造りで殺風景なものだ。家具もベッドとテーブルと椅子が2脚だけと質素なものだ。

 部屋の窓から覗いた四角い景色は雪景色と針葉樹林が広がる。

 いかにも「北国」と言わんばかりの風景に鳥肌が立った。


「やっとお目覚めかい?」

「っ! ……誰?」


 マリーは不意にかけられた言葉に飛んで驚いた。衝撃でベッドが軋む音がした。緊張で顔を強張らせて警戒する。

 マリーのリアクションを受けて、声をかけてきた美少年は紅顔に笑みを湛えた。


「いい反応だな。これは弄り甲斐がありそうだ」

「えーと君は……?」

「僕はセーネ。安心して君の味方だ。

 君はソフィが連れてきた異邦人だね」

「は、はい。私はマリー・ホーキンス。セーネはソフィの知り合いなんだね」

「あぁ。ソフィは僕たちの仲間だよ」

「そっか!」


 安心したマリーの表情がようやく柔らかくなる。

 セーネは椅子に座り、もう一つの椅子を引いてマリーに勧める。

 マリーは促されるまま椅子に座り、セーネと向かい合ってテーブルを挟む。

 マリーとて長い睫毛に切れた鼻筋、日本人離れした鮮やかな金髪碧眼の美少女である。

 しかしセーネはマリーとは毛色の違う美顔であり、最早芸術性すら感じる。

 セーネは外の雪原のような病的なまでに白い肌に血色のいい紅の唇が艶かしい。上気した頬もほんのりと赤く、白と赤の色合いが艶めく黒髪とコントラストを描いていた。

 生まれて初めて目の当たりにする美少年に見惚れてしまう。


「ほぇ……」

「君たちの道程はソフィから聞いているよ」

「ふぇぇぇ……」

「大変な道中だった……、どうかしたかい?」

「えっ。いや、何でも。

 ハハハ」

「そうかい? ポーとしているが、気分が優れないのなら改めるけど」


 セーネは眉をひそめてマリーの顔色を伺う。覗き込むように上目遣いでマリーを心配する眼差しは反則的に愛らしい。

 セーネのルビーのような紅眼に見詰められ、マリーの心拍数は跳ね上がる。激しい動悸に熱くなり、咄嗟にセーネから距離を取る。


「大丈夫ダイジョーブ! 大丈夫だからそのままステイ!」

「? ならいいんだが」

(あー美少年は目の保養とか言うけど、過ぎると毒ね)


 マリーは胸に手を当てて心を落ち着かせた。

 ある程度の落ち着きを取り戻すと再び席に着く。

 咳払いをして平静を保ちつつ、上擦った声でセーネに問いかける。


「ところでここはどこなの?」

「ここは"イクシラ"の辺境に構えたの隠れ家だ。境界の山が雪崩れたところに駆け付け、ソフィとマリーを保護したという訳さ」

「もう男の子が1人いなかった? 一緒に転生した仲間なのだけれど」

「ミチチカという青年のことだね。残念ながら彼の姿は見当たらなかった。今も仲間が捜索してくれているが、雪崩の範囲からして発見は難しいんじゃないかな」

「そんな……」


 セーネの言葉にマリーは沈んでしまう。浮わついた心に影が落ち、声のトーンが一つ落ちた。


「心配することはないさ。ミチチカのような強者が易々と倒れるなんて僕は思っちゃいない。マリーもそうだろう?」


 セーネは沈鬱にするマリーを励ます。力強いセーネの言葉にマリーは自然と同意できた。

 明るくなったマリーを見てセーネは柔和に微笑む。

 極寒のイクシラの中でありながら、セーネの美笑は暖かみに満ちている。


「ごちそうさまです」

「何が?」

「ううん。何でもないヨ」


 マリーは吹けもしない口笛で誤魔化す。


「それと……」


 話題を切り替えたセーネは懐から何かを取り出す。

 ゴトと鈍い音とともに差し出されたのはブルーサファイアの宝石が目につく魔法のステッキだった。


「これは魔王軍の量産型のステッキだ。見覚えはあるね?」

「うん。私が使ったやつだよね」

「そうだ。調べたところ、このステッキに秘められているのは簡単な攻撃魔法だけ。

 けどマリーはたいそう大きな光弾を放ったそうじゃないか」

「そうだけど……」

「認めるんだね」

「うん。

 そんなに大変なことなの?」


 真剣な顔で詰め寄るセーネに首肯で返す。マリーは話の内容より接近するセーネの薫りにときめいていた。

 マリーの邪念など露知らず、セーネは唸りながらステッキの宝石をまじまじと見詰める。


「異世界から来たマリーにはピンと来ないかも知れないけど、これは大変なことだよ」

「どういう風に?」

「このステッキの魔法は、あらかじめ宝石に設定した魔法しか使えないんだ。宝石に魔法を設定すること自体が高度な技術でね、とこの話は長くなるから割愛しよう。

 何はともあれ、この宝石に秘められた光弾は拳くらいの大きさが限度なんだ」

「じゃあ私はどうして大きな魔法になったの?」

「……分からない」


 セーネは悔しそうに答えた。以前宝石を見詰め、マリーと交互に見比べても分からないらしい。

 熟考を止め回答を諦めたセーネはため息を吐いて、マリーにステッキを手渡した。


「僕から言えるとするなら、「マリーには魔法の才能がある」と言うことだけだ。その才能がマリーの何に由来するのか、どのように開花するのかは全く分からない。

 このステッキは君が持っておいた方がいい」

「そうなんだ……。

 よし、このステッキは私の相棒だね」


 マリーは声を弾ませてステッキを受け取った。窓から射す斜光に宝石を透かせ、どこか満足気に鼻を鳴らす。


「嬉しそうだね」

「まあね。これで私も少しは戦えるんだもの」


 マリーは遠い眼差しで景色を眺める。

 その心模様をセーネは汲み取り物静かに見守る。


 石レンガの一室が心地のいい沈黙に満ちたとき、忙しない足音が近付いてくる。

 木造の扉を破らん勢いで開け放つソフィが呼吸を乱して叫ぶ。


「目覚めましたかマリー!

 ……おや?」

「あ、ソフィ! 元気そうだね」

「はいな。ハーフエルフは伊達じゃありませんよ」


 ソフィは飛び付いて来たマリーに抱き返す。マリーの肩に手を回しながら、不思議そうな顔でセーネを見ていた。

 ソフィの視線に気が付いたマリーは、慌ててセーネとソフィの間に立つ。


「こちらセーネ。ソフィの仲間だよね。さっきまでお話してたんだ!」

「えぇ……。

 セーネはとても、とてーも頼りになるお方です。が……」


 ソフィは表情が段々と渋くなる。


「?」


 マリーはソフィの珍しい様子に疑問を抱く。その思いをソフィに端的にぶつけた。


「どったのソフィ?」

「セーネはなぜここにいるのですか?」


 ソフィの声音はどこか震えている。それは沸々と煮えたぎる明らかな「怒り」である。

 マリーは何かマズイと直感しながらも敢えて踏み込むことにした。


「……と、言うと?」

「彼女は私たちの主たる"白夜王"なのですが、私の記憶が正しければ兵士たちの指導中では……?」

「…………ヘテッ☆」


 怒りマークを額に浮かべるソフィは怒髪天を突かんとするオーラを纏う。

 言い訳もせずにやり過ごそうとするセーネは愛らしくおどけてみせた。

 しかし2人のやり取りなど他に、マリーはソフィの言葉に耳を疑う。


「ソフィ……、今「は"白夜王"」って言った?」

「ですです。この外見お化けこそ、かつてイクシラの領主であった"白夜王"その方なのです!」


 確認をとったマリーは俯いてわなわなと震え上がる。

 素性を伏せられていたマリーは、その感情を抑えきれずに叫び出した。


「「僕ッ娘」キター(゜∀゜ 三 ゜∀゜)!!」


 マリーは勢いよく天に拳を突き出し、鼻血を噴出して椅子から転げ落ちた。

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