第23話「魔女の産声」

「ちょっっっと、まっっっ! たぁっ!!」


 彼女の叫喚には迫力があった。

 誰もが新手の登場に飛び退いて、声のした方向へ顔を背ける。

 直径150センチメートルの火球を持ち上げるテンバーも、威風堂々とした彼女の立ち姿に目を奪われる。

 大立回りをして格闘するソフィのすぐ傍、魔王軍が入り乱れる真ん中でマリーが仁王立ちをしていた。腰に手を当てて背筋を伸ばすマリーは、全身に視線を浴びてたじろいだ。

 片手には拾い上げた魔法のステッキが握られている。

 どうやら勢いで飛び出したようで、それ以上の台詞は間を置いてから飛び出した。


「そ……、そこまでよ!」


 負けじと睨みを効かし、威厳を自演しながらステッキを振り上げる。

 ステッキに嵌められた宝石は青藍の光を乱反射させ爛々と輝く。

 輝きに負けじとマリーは鼻息を荒くする。


「わ、私はマリー! 魔王の手先め、見逃げられると思うなヨ!!」


 マリーは緊張で声が裏返り、甲高い声で慣れない啖呵を切った。

 余りにも辿々しい虚勢に全員が高笑いをする。

 馬鹿にした笑い声は波紋のように伝播し大喝采となる。

 恥辱の槍玉に上げられたマリーは耳まで紅くしてしまう。

 だがテンバーはただ1人、渋い顔でマリーを「敵」と認識していた。


「何を笑っている、警戒しろ馬鹿者共!」


 テンバーの叱咤で急ぎ閉口する特務部隊と守衛たち。急いで武器を構え、形だけの臨戦態勢を取った。

 そう。「形だけの臨戦態勢」である。

 炎熱を繰る竜人だけでなく、弓を持つだけの守衛たちでさえマリーを「危機」として捉えていない。


 無理もない。

 「マリー・ホーキンス」という少女はただの少女である。炎熱を操る竜角も、空へ舞い上がる翼も、神秘を切り裂く魔剣も持たぬ。

 無力で非力で華奢な少女が持つのは虚勢で着飾った勇気のみ。実力の程は一考する価値もない。


「へっ、彼氏のために果敢に出てきたのだろうよ」

「見ろよ。膝が笑ってやがるぜ」

「可愛いねぇ(笑)」


 口々に嘲笑の言葉が飛び交う。

 警戒を促したテンバーでさえ、マリーから感じる覇気のなさに困惑していた。


(彼女はなぜ、命を捨てるような真似をして……?)


 生来の強者であるテンバーには、持たざる弱者であるマリーの意図が分からぬ。

 その困惑が、戸惑いが、選局を分ける。


「この……、見てなさいよ!」


 真っ赤に紅潮するマリーはありったけの憤慨をステッキに込める。

 先ほど魔王軍が使っていた通りにステッキを天にかざして意識を集中。一心に祈りを込めて、光弾を放つ自分をイメージする。

 ステッキはマリーの思いに答えるように、眩く光の粒子を展開した。散りばめられた光の粒は次第に収束を始める。

 まるで蛍のように光の粒子は一つの塊となり球体となる。

 最初は誰もが鼻で笑い飛ばした光の群れはどんどん溢れ集まる。


 どんどん、

 どんどんどんどん、

 どんどんどんどんどんどん

 どんどんどんどんどんどんどんどん…………。


 マリーでさえ意図しない光の奔流は、成すがままに巨大化してついに、


「な、何じゃこりゃ……!?」


 マリーの身長よりも大きな光弾となる。

 あらかじめ言っておくが、魔法のステッキで放つ光弾は通常ここまで大きくならない。宝石に秘められた魔法では野球ボールほどがせいぜいである。

 マリーが怒りと気合いで生成した光弾の大きさは規格外である。


「っ!?」


 目の前で繰り広げられた光景に誰もが息を飲む。

 マリーとともに転生した道周も、

 マリーを匿い飛び出したソフィも、

 困惑して躊躇していたテンバーも、

 マリーを嘲笑った有象無象も、

 そしてマリー本人も事態が理解できていない。


 だがマリーの回答は単純明快だった。


 やっちゃうか☆


「くらえっ!」


 マリーはステッキを軽々しく振るい、身の丈を越える光弾を撃ち出した。

 放たれた光弾の射速は弾丸のように速く、真っ直ぐの軌跡を描いてテンバーへ迫る。

 テンバーは光弾の余りの大きさ故に距離感の目測を誤り速度を計り損ねた。規格外の出来事を前に初歩的なミスを犯し、間の抜けた声を上げた。


「しまった--------!?」


 双掌で巨大な火球を持ち上げながら、テンバーは大きな光弾に直撃した。

 マリーが放った光弾は大きさに見合う強力な着弾を果たす。

 耳を突き刺す奇音とともに破裂する光弾は礫を散らす。飛散した光の雨は無差別に魔王軍を薙ぎ払う。

 それよりも重大だったのはテンバーの火球が巻き起こした大爆発だった。

 衝撃を加えられた火球はド派手な衝撃を響かせ、こともあろうかテンバーの頭上で大爆発する。

 予想外の伏兵がもたらした被害は甚大。光弾の飛散と爆発に巻き込まれた魔王軍はボロボロだ。

 ソフィは思わぬ好機の到来に声を荒らげる。


「今です。逃げてくださいミチチカ!」

「お……、おう!

 おらお前も行くぞリュージーン!」

「俺もか!?」

「行くとこ他にないだろ」

「それもそうだったな!」


 道周は頭を婦って地面を強く蹴った。先ほどまでの混乱は感じさせず、颯爽とリュージーンとともに走り出す。

 目指すはマリーとソフィの元へ。2人と合流し、瓦解している関所の穴からドブネズミのように逃走するだけだ。


「まだ……、まだだぁぁぁ!!」


 立ち上る粉塵と黒煙を振り払いテンバーが立ち上がった。

 テンバーの黒い鎧には大きな亀裂が走り所々が欠けている。肩に掲げる魔王軍の証である「槍に絡み付く二頭の蛇」の紋にもヒビが入っている。

 テンバーは大爆発に巻き込まれて尚、竜人の頑丈さと誇りを掛けて「強敵」と認識したマリーへ敵意を送る。

 荒々しく黒剣を抜刀し天へ刃を掲げ、腹の底から苛烈な雄叫びを上げた。


「立ち上がれ! 誇りにかけて、決してこの異邦人たちを逃すな!」


「「「うおぉぉぉ!!」」


 呼応する魔王軍の雄叫びは伝播し関所を揺らす。戦意は十分すぎるほどに煮えたぎっている。

 魔王軍はすぐに陣を再展開すると、強敵と見なしたマリーを包囲しに掛かる。

 走る道周は2人の元までの距離を測る。目測でおよそ十数メートル。走り抜けられる距離ではあるが、魔王軍がわらわらと群がり行く手に立ち塞がる。


「こうなったら、仕方ない……!」


 テンバーは避けては通れない。

 マリーを囲む魔王軍を切り伏せ駆けるには多すぎる。

 戦況は絶望的。


 焦る道周は奥歯を強く噛み締め、魔剣の柄を握り締めた。


「ソフィ! マリーを頼んだぞ!」

「え、ええ任せてください!?」


 ソフィは道周の思いの丈を汲みきれず、半ば頓珍漢ながらも気前よく返事をする。

 道周はソフィの返事を受け止めニィとはにかんだ。

 道周にできることはソフィとマリーを信じて状況の打開をすること。


 今秘めた「奥の手」を使わずして、いつ使うのか?


 腹を括った道周は魔剣を逆手に持ち直し地面に突き立てた。すると鍔に嵌められた碧玉の一つが目映い閃光を放ち始める。

 後を追っていたリュージーンは不可思議な発光に戸惑い足を止める。


「おい! 一体何をするつもりだ!?」

「歯ぁ食い縛れよリュージーン。

 今からこの戦場を、ぶっ壊す!」


 道周の言葉に冗談はない。道周の血走る瞳には、血相を変え黒剣を構えるテンバーしか写っていない。

 周囲の魔王軍たちも矢をつがえ、竜人たちは炎熱を蓄え追い討ちに出ている。


「ミッチー!!」


 マリーが声を荒らげて名を呼んだ。寂しさと悲しさが混ぜ合わさった声音は道周の耳までしっかり届く。

 道周はマリーが言わんとしたいことが分かっていた。


 --------済まないマリー。今はこうするしかないんだ。


 しかし道周は後ろ髪を引かれながらも力強く魔剣を解き放つ。


「魔性、解放!」


 魔剣に嵌められた碧玉の輝きが辺り一帯に満ち満ちた。

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