異世界転生は履歴書のどこに書きますか

打段田弾

第1章「異世界開拓」編

第1話「異世界転生した男 1」

 人の反逆にあった神は、神と言えど“邪神”である。

 邪神が統治する世界の最果てにある宮殿は、赤黒く変色した魔石で組み上げられている。その最奥の「邪神の間」には華美な装飾はなく、無機質で殺風景な大広間で死闘は繰り広げられていた。


 その中央で巌のように屈強な大男ユーロは邪神を見上げながらも、ゴツゴツとした硬い拳で立ち回る。

 しかし邪神の一撃はユーロの体格など構わず、路傍の石を散らすように凪ぎ払った。


「下がれユーロ! 前に出過ぎだ!」


 聖剣を携えた剣士が檄を飛ばす。

 聖剣を掲げるジノは燃える炎を彷彿とさせる赤髪を汗でぐしゃぐしゃにしながら、鋭い剣幕で邪神を睨む。

 黒髪の魔剣使いであるミチチカはジノの隣に並ぶと、落ち着いた声音でユーロに声をかける。


「一度下がってフォリスの治癒を受けてこい」

「す、済まねぇ、俺としたことが……!」

「「いいから早く!」」


 重なった2人に押し出され、ユーロは転がりながら全速力で後退した。

 ユーロからバトンを受け継いだジノとミチチカは、巨大な邪神を相手に大立ち回りを繰り広げる。


 大蛇の身体に蜘蛛の八肢、背には蝙蝠の羽と狼の頭を持つ異形の邪神は、10尺の巨躯を揺らして吠え猛る。その姿からはこの世界に君臨し続けた矜持が表れ、反逆に対する万感の怒りが怒号となり一帯を震撼させる。

 およそ500年超に渡り世界の総てを手中に治めてきた邪智暴虐の神が反逆されるのは10度目だったか。実際、数などはどうでもよかった。

 これまで邪神が凌ぎ悉くを粉砕・蹂躙してきた反逆も、「邪神殺しの聖剣」が相手となれば気色が悪い。隙を見せれば骨肉を断たれ、遅れを取れば命を失う。

 邪神は戦いの最初から一瞬足りとも油断はしていなかった。


『頭が高いぞ聖剣使い!』

「ぐはぁ!」


 2人の剣士との攻防の最中、邪神の八つある脚が聖剣を鷲掴みにして封じる。剛力で動きを止められたジノは、無防備なあばらを大蛇の尾で身を打たれた。

 「蹴散らす」の言葉の通りに成す術なくジノの身体はバウンドして、宮殿の壁に窪みを作りようやく制止する。

 しかし天敵である聖剣使いを殺す好機を邪神が逃す筈もない。聖剣さえ封じれば不死・不敗が決まる。邪神が纏うオーラが形を造り、紫炎の波動となって放たれた。

 宮殿の柱ごと融解させる紫炎の波動は大波となってジノへと迫る。

 たとえジノがいくら卓越した剣術と身体能力を持っていたとしても、この巨大な波は回避不可能だった。

 ジノは己の不覚に舌打ちをしながら、諦念と悔恨を抱えて瞼を閉じた。

 しかしジノと紫炎の波動の間に割って入る人影があった。

 絶体絶命の波動をするのではなくするミチチカの手には、白銀に輝く“魔剣”が握られている。

 白銀の魔剣の柄には8つの穴があり、そこに6つの碧玉が埋め込まれている。燦然と輝きを照り返す魔剣にも劣らぬ碧玉は、窮地にあっても一層と輝いている。


「諦めるには早いぞジノ!」

「ミチチカ!?」


 憮然とするミチチカは魔剣を上段に構えて紫炎の波動を迎え撃つ。

 ミチチカの背に庇われたジノも、咄嗟に立ち上り聖剣を握り直す。

 聖剣使いと魔剣使いの自殺にも等しい波動の迎撃。それを見ていた邪神は瞳を歪ませ勝利を確信した。


(愚か也、人間。いかに聖剣と言えど、それは触れれば融解の灼熱の魔法よ。よもや魔剣使いまで飛び込むとは、「飛んで火に入る夏の虫」とは異世界の諺だったか。いい言葉じゃないか!?)


 勝利を確信した邪神に、――――。


「せぃやぁぁぁ!!」


 魔剣を振り下ろすミチチカが吠えた。

 接近した紫炎の波動に向かって魔剣を一閃。振り下ろされた魔剣の切っ先は溶けることなく燦々と輝く。

 その摩訶不思議な出来事に邪神は|固

 何が起こったのか、目の前の現象を3秒遅れて理解すると、声を震わせ絶叫する。


『ほ、我が炎を斬った!? いいや、だとぅ!?』

「いいや、だ……!」


 邪神の眼前に迫るミチチカは自慢気にほくそ笑みを浮かべる。紫炎の波動を両断して跳躍したミチチカは、10尺ある邪神の顔前にて魔剣を構えた。

 「神秘を絶つ」という一言に驚きを隠せない邪神だが、すぐに目の前の敵へ意識を切り替える。

 百戦錬磨の邪神は何も灼熱の魔法のみが取り柄ではない。異形の体躯から繰り出す圧倒的質量と怪力から来る“暴力”こそが真骨頂なのだ。

 果敢に迫り来るミチチカを鼻で笑うと、邪神は獰猛な狼の牙を剥き出しにし、「蠅叩き」をしようと蜘蛛の脚を持ち上げる。……蜘蛛の脚を、持ち上げ――――。


『動かん、だと!?』

「へへ! ざぁんねぇんどぅえしたぁ~! 油断見せた方が悪いのよバーカ!」

『く……。拘束魔法か、小癪な……』


 邪神の瞳が眼下の栗毛の魔法使いを捉えた。

 そして邪神は再び驚愕する。邪神に向かって煽るような罵詈雑言を浴びせた魔法使いは、年端もいかぬ少女だったのだ。

 邪神を拘束した栗毛の魔法使いのセピアは驚きすらも見透かし邪悪に頬笑む。そしてアカシアの木から削った身の丈ほどの杖を掲げた。

 セピアの唱える術式を解読した邪神は繰り出される凍結魔法まで先読みするが、身体の自由を奪い返すことを優先する。

 するとユーロが岩石のような拳同士を打ち付けて重厚な音を鳴らした。

 その隣には金の長髪を靡かせる治癒魔法使いのフォリスが佇む。

 フォリスはすでにユーロの生傷から疲労までを完全に治癒を済ませていた。


「完璧以上に治療しました。死ぬ気で突撃して来てください!」

「おぉう! おっかねえけど、休んだ分死ぬ気で行ってくらぁ!」


 闘志を燃え上がらせるユーロは拳を固く握る。重心を低くして突撃の構えを取ると、発破の初速は邪神にも捉えられなかった。

 ユーロを見送るフォリスは魔書を携え次の呪文の詠唱を始める。


「付与魔法、“身体強化”・“衝撃強化”・“威力強化”!」


 フォリスの詠唱により魔書から発生する光の粒子は渦を巻く。仲間に降り注ぐ光は尋常ならざる力の奔流を生み出す。

 付与魔法でありとあらゆる力の底上げをしたユーロとミチチカは、威勢よく雄叫びを上げる。


「うぉりゃぁぁ!!」

「はぁっ!!」


 そして邪神は己が絶体絶命の窮地に立たされていることを理解した。

 その事実が邪神を高揚させる。

 昂る血潮は500年前の征服以来か。

 そんなことはどうでもいい。邪神は500年の時を経て「」というものに挑むのだと興奮している。


『嘗めるなよ人間! 我は500年の栄華を築いた万夫不倒の邪神也! 我が身を討つ事則ち、500年の歴史を相手取るものと心得よ!』


 ――――っっ!!


 邪神の雄叫びと同時に衝突、宮殿を震撼させる衝撃が走った。

 ユーロは突進から正拳を突き出す。厳のように頑丈ながら、神鎚の如き拳撃が炸裂する。

 巨体の腹に撃ち込まれる衝撃に、邪神は堪らず身体を歪ませる。しかし邪神の苦難は一撃で終わらず、眼前に迫る魔剣が煌めいた。


 ――――サッ!


 魔剣は邪神が纏う魔法の鎧を貫通した。打撃に衝撃、魔法攻撃を減退させる護りを突破し、魔剣が邪神の眼球を切り裂いた。

 邪神は魔力感知やピット器官を有するものの、大きな情報収集能力を奪われ狼狽えた。急ぎ全身に気を巡らせ他の感覚を研ぎ澄ますが、セピアの繰り出す魔法への反応が遅れた。


「“絶対零度アブソリュート・ゼロ”!

 獄炎インフェルノ


 “死の宣告死ね!”!」


 セピアがアカシアの杖から放つ膨大な魔法の3連撃は、神域に達した魔法使いにのみ許された絶技。どの一つをとっても仙人大聖が放つ魔法を連打するセピアは、ふざけた呪文を唱えていても歴とした「神魔」の血を受け継ぐ者だ。

 邪神の護りをもってしても、白冷なる息吹が細胞まで凍結させ、燃え上がる業火は魂まで焼き尽くす。そして「死の宣告」により顕現した死神の鎌は寿命を切り裂き、筆舌に尽くしがたい激痛が邪神の全身に迸る。

 邪神の危機はそれでは終わらなかった。

 最後の最後に繰り出されるとっておきの一撃。ジノが構える聖剣は圧倒的な輝きを蓄えていた。

 神々しい煌めきは天まで立ち上る光の柱となり聖剣に収束される。


「これで、終わりだぁ――――!」


 ジノが上段に構えた聖剣を振り下ろす。光の柱となった聖剣が暗雲を切り裂き邪神の宮殿を断割した。

 邪神に迫る「邪神を殺す一撃」は――――、邪神に届かない。


『小癪だぞ人間! この邪神、容易く滅ぼせると思うなっ!!』


 邪神は吼える。

 もはや手心など不要、与えるは絶望と滅亡。

 膨れ上がった邪神の神格は宮殿をみたすほどの存在感を放つ。


『滅びよ人間んん……!!』

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