第300話「戦鬼被害者の会」
「第一回、"サカガミジンのここがダメ"選手権~」
「わー、パチパチ~」
私、リゼット=ブルームフィールドの投げやり感八割・苛立ち二割の声に拍手と満面の笑みで応えるのは、一つに束ねた黒髪を揺らす陰陽局支部長・ロクジョウコノハだ。
「ぶーぶー」
「う、うーん、陰口はもっとダメなことじゃ……」
そして私の提案に唇を突き出してブー垂れるのは彼の妹サカガミトーカで、どこまでも善良で困ったように笑みを浮かべるススキノアヤメである。
しかし、言いたくもなるというものよね?
この休日の昼下がり、ブルームフィールド邸に集いし女の子達はそれぞれ談話室内の柔らかいソファに腰を下ろし、お茶とお菓子を楽しんでいる。
「……」
……そして、一方で私達と浅からぬ因縁のあるあの男は今頃、アイドルとデートを楽しんでいるのだから!
私は内心で青筋を立てつつ、一見優雅にカップを摘まむ。あーもう手が怒りで震えそうですわよ。
「じゃあ提案した私からね。"既に二股してるくせに他の女とデートするところ"」
「リゼットさんもうそれ言いたいだけですよね?」
「当たり前でしょ」
トーカの指摘に間髪入れずに返す。私の不満は結局のところ、そこに集約されるのだから。
「というかトーカ? あなた今日は随分と余裕そうじゃない」
ずっと前、彼がアヤメと喫茶店デートに行くって聞いた時には虚ろな目をして何枚もお皿を割っていたのに。
挑発するように眉を上げて聞けば、トーカは頬に指をチョコンと当ててにっこりと笑う。
「むふー、あの時は初めてのことで動揺しましたが、その後の経過を見てもやっぱり兄さんにとって妹がナンバーワンであることになんら変わりはありませんでしたので。兄さんにとっての一番が変わらないのでしたら、まぁいいかなーと」
「ああ、そう……」
私はその言葉の羅列を聞き、目を伏せて思わず同情してしまった。
彼にとっての一番は、とっくにこのご主人様に取って代わられていることに気付いていないなんて、悲劇だわ。
「可哀想に……現実が見えていないのね……」
「結構いい性格をしておられるリゼット様もお美しい……」
私が本気でトーカを憐れんでいると、何か言っていたコノハが咳払いをした後「はい! はい!」と元気よく手を挙げる。
「じゃあコノハ」
「はい! 安綱様はすぐに暴力を振るわれます! 近隣住民への神秘の隠蔽などさせられるこちらの身にもなってほしいです! あと最近ちょっと馴れ馴れしいです!」
「いつもごめんなさいね、コノハ。その分、甘い汁をいっぱい吸っていいから」
「ありがとうございます! つきましてはそろそろ次年度の予算申請の時期ですので、一つリゼット様から安綱様に、いい塩梅で事後処理が楽な問題行動を起こすよう唆してくださいますれば……」
やだこの子マッチポンプで予算増額を狙ってるわ……まぁいいけれど。正義には力が必要であり、この現代社会において、お金とはもっとも可視化しやすい力なのだから。
それにこの子には、あの先輩のライブに関してまたジンが無茶振りで迷惑をかけたみたいだし。
私が頷いたのを見るとその幼げな顔をホクホクさせるコノハ。その様子に苦笑して、今度はその隣に座る少女に声をかけた。
「アヤメはどうなの? この際だから何か言っておやりなさいよ」
「えぇ~……?」
水を向ければ、苦笑と共に冷や汗を浮かべる喫茶店の看板娘。柔和な顔立ちとカフェオレ色のショートカットがよく似合う、とっても可愛らしい女の子。
この子だって、ジンからアプローチをかけられている人間の一人だっていうのに、現状に不満点がないとは言わせないわ。
「あなたと交流のある先輩が今、悪い男の毒牙にかかろうとしてるのよ?」
「仮にも自分の恋人に対する形容が"悪い男"なのすごいね……」
「そもそもアヤメは何とも思わないの、あの男の浮気を」
「わ、私は別にその、そこに言及できる立場にはないので……でも浮気はダメだと思います、はい……二股もダメだけど」
言葉の途中で私の放つ圧に負けたのか、アヤメは目を逸らしてそう付け加えた。そうそう、そういうのでいいのよ。
「他には? もう日常的なことでもいいから」
「うーん……授業中に寝るのはダメなとこかなぁ。あと宿題を忘れちゃうのも……あ、でも最近はそうでもないかな?」
「む……」
知っている。最近、ジンの修学態度が改善し始めている理由を。
思い当たる節のある私が少し拗ねたように唇を曲げていると、それに気付かずアヤメは嬉しげに手を合わせて笑う。
「最近ね、刃君が宿題をしてくる時があるの! 転入したての頃は全然だったのに、どうしてかなぁ? 私は嬉しいけどねっ」
「さぁ、どうしてかしらね……」
その効果を実感しながら、私はすっとぼけた。
ここで『アヤメが喜ぶから』だっていう本当の理由を告げれば、彼女はどんな反応をするだろうか。
英語の上達への近道は、英語圏の恋人を作ることだとはよく言ったもの。彼は好いている子のためなら、大嫌いな勉強にも手間を割く。
きっと一年後に同じ専門学校へ入るための準備でもあるわね、あれは。だってクツクツと笑って宿題してる後ろ姿を見たもの。傍から見たら殺人の計画でも練ってるみたいなテンションだったけど。
「むぅ……」
思わぬところで地雷を踏んでしまった気分の私は、じっとりと目を細めて一応の体で聞く。
「じゃあほら、ジン全肯定BOTの妹は何かある?」
「えー? 私だって兄さんに不満を抱くことくらいありますよ?」
「あら、そうなの?」
「可愛い妹に一向に手を出さないのはどうかと思います」
「ちょっと期待した私がおバカだったわ」
そういうところよ。そういう不満じゃないのよ。
しかし私の非難がましい視線もなんのその、トーカは神妙な顔で「むむむ」と顎に手を当てる。
「実際おかしいですよね……こんなに可愛らしくておっぱいも太もももお尻もムチムチで──」
「ウエストは?」
「──家庭的で甘え上手で天真爛漫で」
「ねぇウエストは?」
「──兄さんのことが大好きで相思相愛でいつでもウェルカムな妹が毎夜毎晩誘惑してますのに……」
私の挟んだ疑問無視した……。
トーカのいい度胸に眉をヒクヒクさせていると、アヤメが少し頬を染めながらもトーカに対して首を傾げる。
「でも別に、やらしくないのは良いことなんじゃないかなぁ?」
「綾女さん何言っているんですかっ。女の子にだって、性欲はあります!」
いきなり立ち上がって大声出さないでよそんなことで……。
「安綱様がいないからとはいえ、ぶっちゃけ過ぎでは刀花様……」
この子はジンがいてもこんなテンションだけれどね。
呆れてため息をつく間にも、トーカは頬を膨らませて「いいですか!」と力説する。
「想像してみてください! 大好きな男性が常に一緒にいる生活を! ご飯も一緒、お風呂も一緒、寝る時も一緒! そんな環境下で手を出されないことのもどかしさを! もう頭がおかしくなっちゃいそうですよ!」
最初からおかしいのよね。
「お風呂と寝る時は普通別でしょ」
「え、ごめんなさいリゼットさん。お休みのキスをした後たまにそのまま一緒に寝てにゃんにゃん甘えてるリゼットさん何か言いましたか?」
「ごめんなさい何も言ってないです……」
「リゼットちゃん……」
「リゼット様……」
完全に墓穴を掘ったわ。見ないでくださる哀れな私を。
私が羞恥で顔を覆う隣で、トーカはくわっと目を見開く。
「私達が逆に男の子だとしたら、毎日無防備な女の子が目の前でお着替えしてたりご飯を作ってくれてたり膝枕してくれてたりな状況なわけですよ……そんなのはですねぇ、襲ってくれって言ってるようなものなんですよっ! 違いますか!?」
違……わないのよねぇ困ったことに。
それに彼って身体も結構正直だから、その……たまに一緒に寝てると……すごく、私で興奮してるの、分かるし……絶対指摘しないけど。そういう日は明け方まで寝られないのよね……ドキドキして。
「あー、男女逆なら分かりやすいかもねぇ……」
「それは……確かに、襲われても無理なきことかと……」
いけないいけない、アヤメとコノハが洗脳されかかっているわ。この貞操観念爆裂リトルシスターに。
「コホン。でも高校生なのだから、プラトニックな関係で別にいいんじゃないかしら?」
「リゼットさん、私達もうすぐ二年生ですよ? 早い子では既に経験済みなんて子、同級生で結構いますよ?」
「え、嘘でしょ……?」
そんなこと私の周りではおくびにも……え、私が知らないだけなの? 皆、日中ではなんでもないような顔して、裏では恋人とよろしくやってたの……?
「女の子が女の子としてもっとも輝くこの時期に、なんだか悲しくなりません? 私達、同棲中の恋人がいるんですよ? なのにこんな生殺し、もう敗北者ですよ敗北者」
「は、敗北者……?」
取り消しなさいよ。何に負けてるって言うのよ失礼ね。
「リゼットさん私……私、悔しいですよ……!」
「トーカ……」
拳を握り締めて唇を噛むその姿からは、本気の感情が伝わってくる。言ってることだって、実はそこそこ分かる。女としてのプライドがあるのだ、彼女にも。
……でもちょっと待ってね?
「一つ聞くけれど、避妊ってご存知?」
「兄妹の愛に、余計なものはいらないんですよリゼットさん……」
「はいアウトー」
だからダメなんじゃないの。
というか、ジンも分かってるから手を出さないんじゃないの、一度越えたら絶対歯止めが利かないからって。
ああもう、というかなんで私、ナチュラルに彼と妹が身体を重ねることを前提に話してるの……倫理、倫理が破壊されてるっ……!
「だ、ダメだよ刀花ちゃん……そういうのはお互いに責任を取れるような立場になってからですね……」
「サイテーですね、安綱様。女性に要らぬ恥をかかせておられます」
アヤメが顔を真っ赤にして俯き、コノハは湿った目をして彼への評価を下げている。コノハの反応は分かるけれど、アヤメはどうしてドキドキしてるのかしらね?
「ホント、なにこの状況……」
妹は欲求不満に狂乱し、友人は悪い男に惑わされ、後輩は振り回され、そして私は諸々のストレスを抱え込む。これもう私達、被害者の集まりでしょ。通り魔よりタチが悪いんじゃないかしら?
私はもうほとんど諦めたようにため息をつき、今後の見通しを語る。
「ねぇこれであの魔法使いアイドルもここに加わるんでしょ? もう勘弁して欲しいわね」
「ど、どうかなぁ……」
アヤメが擁護しようとするけれど、それは無理があるでしょう。だって彼女『デートしようぜ』って言って彼を誘ったのよ?
「ジンが帰って来てからの第一声、何だと思う?『あやつと男女の関係になったぞ』とかが関の山でしょ。ジンの王になるっていうのは、つまりはそういう関係も含んでるんだから。まぁアヤメより先にそうなる子が現れるとは思わなかったけれど」
「いやいや……」
苦しいわよアヤメ否定しようとしても。こっちは冬休みに、私達より先に子を生む可能性もあるって現場を押さえてるんだからね。
私はソファに深く背を預け、ブスッとして頬杖をつく。
「まったく。嫌いなものが多いからか、好きになるとホントに一直線というか、とんだ偏食よね」
あー、やだやだ。私という存在がありながら、強突張りったらありゃしない。
決して……そう、決して“かつて日本一可愛い女の子に選ばれたアイドル”って相手の肩書きにちょっとビビってなんてないから。魅力が負けてるんじゃないかって、泣きそうになんてなってないから! あっちが日本一なら、こっちは世界一だから!
「ふんだ。もうお赤飯でも炊いておいてあげなさいよ、トーカ……トーカ?」
「うぅ~ん……」
私が思わず下唇を噛みそうになっていると、なにやら悩ましげな声が隣から聞こえてくる。トーカだ。
「……トーカ?」
「いえ……多分、リゼットさんの言う通りになるだろうなぁ、と。それは分かるんですけど……」
しかし、この戦鬼の妹はどうしてか腕組みをし、歯切れも悪く妙なことを言う。
「なんだか……嫌な予感がするんですよね……」
「嫌な予感……?」
この状況では出てこないような不思議な言葉に、キョトンとする。
それは……誰にとって?
新しい女を警戒してる私達? それとも……あのアイドルにアプローチ中の彼? だとしても……、
「……どうして?」
だって、ねぇ?
私が彼の立場でも、勘違いのしようもない。あの奔放なアイドルは、確実にジンのことが好きである。間違いない。だったら迎える顛末も予想できるというもの。
でも……この妹の勘は、よく当たる。異常なほどに。私、ババ抜きとかで一度も勝てたことないもの。
そんな彼女が『嫌な予感がする』と言っている。いったいそれは、どういった運命を指し示しているのか……。
「なんとも……安綱様の毒牙にかかった方々は、気苦労が絶えませんね。ポリポリ……」
うん?
黙って思考を深く巡らせようとしたところ、コノハの呆れ混じりの声と……何かを咀嚼する音が鼓膜を揺らす。
パリッとしていて、ポリっとしていて、そして漂う甘い香り。先日のイベントのおかげでいまだ鼻に残っている、この香りは……、
「……チョコ?」
「あ、はい。鞄に入れたままだったのを、今思い出しまして」
そんなことを言いつつ、彼女は紅茶のお供にポリポリとチョコを嬉しそうに食べている。小動物のようで愛らしい。
「……誰かから貰ったのかしら?」
「はい! これはガーネット様からです。ヘリから飛び降りる直前に『サンキュー、このはちゃん。残りもので悪いけど、ハッピーバレンタイン!』と気前よく。まこと、あの魔法使い殿は豪気なことです!」
「……ガーネット、から」
含むように、渦中にあるその名を呼ぶ。「魔法使いからいただいたチョコ、きっと何か御利益がありますよ!」と興奮するコノハが小さな手で持つ、そのチョコの包みを見つめながら。
「うん……?」
──ハート型が残りものなんて、変わったセンスしてるわね?
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