第198話「誘拐とは人聞きの悪い」



「おはよう、綾女」


 あ、これ絶対夢だ。


「"もーにんぐてぃー"を用意した。口に合えばいいのだが」


 そんなことを言って、ベッド脇に立つ刃君は湯気の立つティーカップをどこからともなく用意してみせる。

 気難しそうな眉間のシワはいつも通りだけど、その頬にはちょっぴり柔らかな笑みを湛えて。


「えっ、と……?」


 私、薄野綾女はいまだ自室のベッドに横たわりながら困惑した声を上げる。

 な、なんで? なんで目を覚ましたらいきなり刃君が紅茶を用意してるのかな?

 特にこんな流れになるお願いとか約束とかもしてなかったはずだし、なによりここ私の部屋……ふ、不法侵入……?


「……どうした? 可憐なる我が友よ。いや、今はお嬢様と呼んだ方がいいだろうか?」


 少しだけ眉を上げた後、彼はふっと笑って片膝を着く。そして――


「おはよう、あや」

「ん……」


 こちらに手を伸ばし、その手の甲で優しく頬を撫でてくれた。

 まるで慈しむように。だけどそれだけでは説明できないくらい温かな感情をその瞳に宿して。

 彼が頬を一撫でするごとに、その手から愛情が伝わってくる……すごく安心できて、とっても気持ちいい感触だった。


(これ絶対夢だぁ……)


 彼がこんな風にしてくれる理由も思いつかないし……でも、こんな夢ならたまにはいいかも……。

 彼からの柔らかな愛情表現を頬に受けながら、私はその心地よさに目を細める。パパやママ以外にこんな風になでなでされるの初めて……。

 ちょっと子ども扱いされてるっぽい仕草だけど、子どもにするにしては動作が繊細すぎるし、なにより彼の目が子どもを見る目じゃなくて、完全に好きな人に対してする優しい目なんだよね……えへへ、ドキドキしちゃうよ……。


(なんでこんな夢見てるのかなぁ)


 夢はその人の願望や深層意識を表すものだよね。


(あー、この前彼方ちゃんの動画見たからかなぁ)


 彼の指に甘えるようにして頬を擦り付けながら、寝起きのぽやんぽやんとした頭でそんなことを思う。

 あれは衝撃的だった……専門学生になって同居しだした、私と刃君の朝のやり取り。


(あれ絶対えっちなやつだった……)


 動画は途中までだったけど、あれ絶対えっちなやつだったよね。

 いや朝からえっちなことなんてダメに決まってるよ、不健全だよ? どうなってるの別の世界の私……朝はきちんと起きて、顔を洗って歯磨きして、栄養バランスのとれた朝ごはんを食べてシャキッと気持ちのいい朝をですね――


「心地よいか、あや?」

「……うん♪」


 夢の中だからセーフだよね。

 はふぅ、同棲してる恋人さんってこんな感じで毎朝過ごしてるのかなぁ。

 思考を溶かす気持ちのいいお布団の暖かさ。優しく撫で続ける彼の優しい指。お休みの日の弛緩した空気……しゃぁわせぇ……♡


「ん、ふふっ……今朝はどうしたの?」

「ああ、約束を破ってしまったからな。その謝意を示しに来た」

「んー……?」


 ぐずぐずに溶けた頭は正常に機能しない。

 約束……あれ、約束なんてしてたっけぇ?


「昨日は少しバタバタしていてな。おかげで、あやの淹れたコーヒーを飲みに来られなかったのだ。許せ」

「あー……」


 そういえば……。

 終業式の日に、しばらく会えないのは寂しいかもと私が言ったら、彼はこう言ったのだ。


『一日に一回は、綾女の淹れたコーヒーを飲みに行こうと思う』


 別にしっかりと約束したってわけでもない、口約束程度の言葉。そう言ってくれるだけで嬉しかった言葉。

 だけど彼は冬休みに入ってから、しっかりと毎日来てくれていたものだ。


(確かに昨日は『あれっ?』って思っちゃったけど)


 ――まさか彼が一日来ないだけでこんな欲望ダダ漏れな夢を見ちゃうなんて、私も乙女チック拗らせてるなぁ……。


 自分の単純さに思わず嘆息する。どれだけ刃君のことが気になってるんだか。彼にだって彼の日常があるのにね。

 それこそ彼は、リゼットちゃんや刀花ちゃんにお仕えしてるんだから急に忙しくなることもあるだろうし、ただの友達である私にこんな風にお仕えしてくれることもないだろう。


(でも――)


 でも、夢なら……。

 夢なら……ちょ、ちょっとくらい……いいよね?

 夢だから。他の女の子とお付き合いしてる男の子に、一人の女の子として甘えるのはダメなことだけど……夢、だから。

 私はそれを大義名分にして……だけどちょっぴり恥ずかしくて、布団で口許を隠した。

 わ、わがままとか、言ってみちゃおうかなぁ……?


「じ、刃君……」

「ん?」


 呼べば彼は変わらず、優しく私の頬を撫でてくれている。

 そんな彼に、私は自然と上目遣いになりながら声をかけた。


「……寂しかった。毎日来てくれるって言ったのに」

「すまない。人型に戻れなかったり、博物館に展示されたり、ワカサギで世界を救うのに忙しくてな」

「えぇ~? なにそれぇ~」


 彼の言葉にクスクスと笑ってしまう。

 ふふ、この辺りはさすが夢って感じ。全然意味分かんないや。


(よぉ~し)


 彼の支離滅裂な言動でこれが夢だと確信した私は、一気にギアを上げてみる。夢ならいいよね!


「寂しかったな~」

「言い訳がましく聞こえるだろうが、年末は時短営業になることを知らなかったのも理由の一つだ」

「ぷー、元スタッフ君なんだから、それくらい知ってなくちゃダメだよ?」

「そうだな。それで綾女に会えなかったのだから、それは覚えるべきことだったのだろう。すまなかった」

「ほんとだよぉ。あと、さっきから謝ってばっかり」

「悪いことをしたら謝罪をする、それは良いことなのではないのか?」

「今は……別の言葉が、聞きたいかも……」

「それは?」

「……あ、当ててみて?」


 まあ夢なんだから当ててみても何もないんだけどさ。

 それにしてもすごくリアルな夢だなぁ、本当の刃君みたい。それとも再現度がすごく高くなっちゃうくらい私が、彼のことを――なんて!


「ふぅむ……?」

「ドキドキ」


 ドキドキしながら、首を傾げる彼の言葉を待つ。

 夢とはつまり理想の世界。だったら今の彼は、私が言われてとっても嬉しいことを言ってくれるだろう。


「では……」

「っ!」


 彼は一つ頷き、身体を前に倒してこちらに顔を寄せる。


「あや」

「ひゃっ、ひゃい……」


 耳元で囁かれる彼の低い声に変な声が出ちゃう。夢なのに、すっごいドキドキしちゃう!

 そうして彼は私の髪を指で梳きながら、訥々と言葉を紡いだ。


「あや、俺も寂しかった。こうして会えて、俺はお前への愛情を再確認したぞ。やはり俺は毎日顔を見ねば満足できぬほど、あやが好きだ」

「っ!」


 ひゃー!

 愛称を呼びながら、彼は私への思慕を伝えてくれる。"寂しかった"という、私も抱いたその感情を共有しながら。


(うんうん、感情を共有するのはポイント高いよね!)


 あまりの情熱に恥ずかしくなった私はガバッと布団を被りつつ、内心で頷く。

 これは私の持論だけど、感情を共有することは人間関係においてとても大切なことだと思う。

 たとえば映画なんかを見た時とか。泣ける映画を見た時は一緒に泣きたいし、笑える映画を見た時は一緒に笑いたい。そうすればもっと映画を楽しめるし、一緒に見た人ともっと仲良くなれると思う。

 もちろん意見が食い違った時は「どうしてそう思ったのか」って、その人の考え方を共有するの。そうすれば映画の新しい魅力に気付けるし、その人のことも知れてもっともーっと好きになれると思うから。


(だから……)


 私と一緒で"寂しい"って思ってくれていた刃君。

 その気持ちを共有できて、君のこと……もっと好きになっちゃったな。あ、いや、夢だけどね!? この夢すごいなぁ!


「あや、起きないのか?」

「ちょ、ちょっと待って……」


 頬の熱が収まるまで。

 ああ、すごい幸せな夢……覚めるのが勿体ないくらい。も、もうちょっと堪能しちゃってもバチは当たらないよね……?


「刃君……」

「どうした?」

「刃君ってさ……やっぱり私のこと、す、好き……?」

「先ほどそう言ったぞ」

「たとえば、さ……ど、どういうところが?」


 夢の中で聞いても仕方ないんだろうけど、そ、そのあたりをもう少し……。


「そうだな……」


 布団の隙間から覗き込めば、彼は顎に手を当て唸る。


「やはりその目映いほどの清らかな魂は、この俺の目には一際目につく。戦鬼には不適合な魂だからこそ、焦がれるものがあるのかもしれん」


 自分の中で確かめるようにして、彼は言葉を綴っていく。

 魂……私にはよく分からないけど、彼にはとても大事な基準なんだと思う。

 言い換えるなら、多分生き方とかそんな感じ。私が昔からこういう生き方をしてきたからこそ、私はこの鬼さんとお友達になれたんだよね。


「たとえ相手が鬼であろうと、忠言を下す肝の据わり方も好ましい……少々、危なっかしいがな」


 彼が苦笑してそんなことを言う。ふふ、初めて会った時のことだ。

 彼が環境破壊してると思って、私が注意をしたことが始まりだったんだよね。懐かしいや。


「容姿も可憐だ。その明るい髪は細く、触り心地がいい。くりっとした大きな瞳は見ていて癒されもする」

「え、えへへ……そう、かな?」

「ああ、可愛いぞ、あや」

「えへ、えへへへへ……♪」


 バフッと枕に顔を押し付けて、何かを発散させるように足をじたばたさせてしまう。

 彼が口にするベタ褒めの言葉に、胸の中は歓喜と羞恥でもう嵐のようだった。はりけーん♪


「それにその小さな身体に見合わぬ乳房も目を引くぞ」

「うーん、おっぱいのことは放っといてほしいかなー……」


 最後にナチュラルにセクハラを挟んで来るところまで再現しなくていいよ私の夢。ああ……年末セールの内に新しい下着買いに行かなくちゃいけないこと思い出しちゃったよ……もう大きくならなくていいのにさ。あ、でも……、


「刃君って、おっきいおっぱい好きなの……?」

「好きだ。スケールは大きければ大きいほど良いものだからな」


 ふ、ふぅん……じゃあ、いっかなー……なんて。うん。

 腕組んでしみじみと言ってる刃君に迎合されたわけじゃないけどね? 成長するのは良いことだよ、うんうん。


「はぁ……夢の中とはいえ、私なんてこと聞いてるんだろ……」

「む? 夢の中?」

「うん。じゃないとこんな風に甘えられないよぉ」

「……」

「……」


 ……。

 …………。

 ………………えっ、何この沈黙。


 え? もしかし――


「ああ、なるほど道理で。いやいや、安心していいぞあや。これは夢だ。ああ……夢だとも」

「だ、だよねー……?」


 あー、ビックリした。変な間が入ったからてっきり現実かと思っちゃったよ。


「クックック……」


 でもなんだか刃君の顔が一瞬すごく意地悪げに見えたのは気のせいかな?


「なるほどなるほど。やけに素直だと思えばそういうことか。早起きは三文の徳と言うが……とんでもない。価千金というやつだ」

「え?」


 なんだかよく分からないこと言ってる……あ、夢だから意味が分からないのは普通なのかな。でもこのやり取り、さっきから結構しっかりとしてて――


「あや、これは夢だ。夢だからこそ普段言えぬことも、秘めたる願いも思いのままだ。ククク、興が乗ったぞ。この戦鬼、今この時だけはお前に仕えよう」


 バサッと、彼は黒い着物の裾をはためかせて跪く。跪いているのに妙に迫力があるのがなんとも彼らしい。


「さぁ、眠れるお嬢様? "なんでも"この戦鬼に言うがいい」

「な、なんでも……」


 私を誘うようなその言葉に、喉が鳴る。

 彼の言うなんでもは、本当に"なんでも"だということはさすがに私でも理解している。要求の幅と、同時にそれの実行力もだ。

 たとえば私が今「最近寒いから春にして」って言ったら、彼はそれを何らかの手段で実行するだろう。絶対する。

 この無双の戦鬼君は、自分が見定めた女の子になんでも言って欲しいし、なんでも叶えたいと思っている。

 彼の言う"なんでも"は、つまりそういうことだ。


「な、なんでもかぁ~……」

「ああ、なんでもだ」


 私が遠慮するように呟くも、彼は跪いたまま念を押すようにもう一度その言葉を繰り返す。それこそが、彼の望みであるかのように。

 その真剣な表情を見ていると……すごく、ドキドキする。


(これが、リゼットちゃんや刀花ちゃんがいつも味わってる感覚なんだ……)


 ゾクリ……とした。その危うさと、その快楽に。

 だって好きな人が、本当になんでもしてくれるって言うんだから。

 嫌な顔なんて一つもせず、彼はむしろ喜んで受け入れるだろうと確信できる予感、期待――そして、興奮。


 そ、そっかぁ……今私、刃君を――好きな人を好き勝手にできちゃうんだぁ……そそそそっかぁ~……。


(あ、これ……絶対ダメなやつ……)


 その考えに至り、戦慄する。

 危うい……そう、とても危うい。今なら本当になんでも叶ってしまう。だからこそ、強く自分を律する信念が必要だった。

 でなければ……きっと、ダメになる。いろんな意味で。


「ゴクリ……」


 改めて、彼を"従える"というのがどういうことなのか、理解させられた気分だった。

 そりゃ刀花ちゃんも、あの普段ツンツンしてるリゼットちゃんも彼にベタベタになっちゃうわけだね……。


「う、うぅ~ん……」


 私がいろんな意味で躊躇していると、彼はくつくつとおかしそうに肩を揺らした。


「言われても思いつかぬか? 参考としては、そうだな……マスターや刀花ならば、おはようの口付けを要求するだろう」

「ふわー……!」


 彼のその言葉に、頬が興奮で染まる。や、やっぱり恋人ってそういうことするんだね……!

 いやでも分かるよ、一種の憧れだよね。寝起きっていう一番無防備な姿を見せながら、好きな人にしか見せない表情で、好きな人としかしない……キ、キスを……!


「……どうやら、気になるようだな?」

「え――」


 跪いていた彼は、不敵な笑顔を浮かべて立ち上がり……、


「あや――」


 そのまま、私の頤を指で持ち上げ……って!


「だ、だだだだダメダメ!」

「むぎゅ」


 近付いてきた彼の真剣な顔を、咄嗟に両手で挟んで止めた。いやそれはさすがに!?


「ぷはっ……ダメか」

「だ、ダメに決まってるじゃん!」

「なぜ?」

「な、なぜって……」


 だ、だって、そんなの……、


「は、初めてなんだよ? 初めてのキスは……夢じゃなくて、現実がいい、もん……」

「うっ――!」


 顔を背けてボソボソと言えば、彼はなにやら打ち抜かれたかのようにして胸を手で押さえている。どうしたのかな……。


「くっ……この内側から溢れそうな愛おしさ、どうすれば……」


 どうすればいいんだろうね。夢の中でも彼は自分に正直だ。

 このままだと彼が死んじゃいそう。う、うーん……しょうがないなぁ……。


「じゃ、じゃあ……“指チュー”なら……」

「ゆびちゅー……?」


 夢の中の君なんだから知っててよ……。


「えっとね? 唇にこう、指を当てて……」


 まるで『静かに』とジェスチャーをするように指を立てて、それを自分の唇に当てる。


「そうやって指を挟んだまま、チュって……するの」

「どこの文化なのだそれは?」

「え、さぁ……?」


 ツイ〇ター見てたらイラストで流れてきて、素敵だなって思っただけだから……。


「まあいい。では、そのまま……」

「あ――」


 そうして刃君はもう一度身体を前に倒し――わ、わ、近い!?

 こちらの挙動を見逃すまいと、じっとこちらの瞳を覗く彼が近付いてくる。こ、こういう時って目を瞑るのがマナーじゃ!?

 ほんとのキスでもないのに、私の心臓は痛いくらいに高鳴り、あまりの恥ずかしさに目をギュッと瞑る。そして――


 ……ちゅ。


 私の指に一瞬、温かく柔らかい何かが触れる感触。

 一瞬で離れちゃったけど……離れたのに、その部分がすごく、熱い……。


「……悪くない。む、どうした?」

「~~~!!」


 彼の不思議そうな声も耳に入ってこず、枕を抱いて悶絶した。

 きゃあきゃあ! じ、刃君の唇が……私の、指に! チュって! チュってぇ! すごいよぉ! 胸が爆発しそう!


「く、クラクラするぅ~……あ、意識が……」

「ああ、寝ていいぞ。母君に休みの許可はとってある。そもそも俺をここまで招き入れたのは母君だからな」


 あー、ママならやるよねそういうこと……。


「で、でも……今寝ちゃうのは、ちょっと勿体ないかも……寝たら夢が終わりそう……」

「……夢を見続けていたいか?」

「え? う、うん……」


 フワフワとした心地で思わず頷くと……彼は、唇を喜悦に歪めた。

 まるで……悪戯を思いついた子どもみたいな表情だった。


「では、そのように取り計らおう。目が覚めても、夢が終わっておらぬような現実を見せてくれる。それを我が友の願いとして受諾し……そして、このキスの返礼として」

「う、うーん……?」


 彼の不思議な言葉に首を傾げれば、彼は一つクスリと笑って……、


「今一度、眠るがいい。諸々の準備をしておく」


 そんなことを言って彼は一振りの小さな刀を創り出し、軽く振る。


 ――チリン。


 澄んだ音色。

 柄頭の紐を通して揺れる鈴から響く音色が、優しく耳へと入り込んでくる。

 それを聞いている、と……だんだんと、意識、が――……?


「――」


 彼が何か「安心して眠れ」みたいなことを言ったような気がしたけど、もう上手く認識できない。

 そうやって私は不思議な鈴の音に導かれ、眠りの世界の中で、また眠りの世界へと落ちていった。


 ――――――……。


「ん……あれ……?」


 そうして、私は目を覚ます。暖かい布団の中で。


「あー……すごい。すごい夢見てた……」


 ここまでハッキリ覚えてる夢も珍しい。

 まさに夢のような時間だった。いや夢なんだけど。


「はぁ、もうちょっと見てたかったな」


 そんな言葉が漏れちゃうくらい。

 だって現実ではあんな風に甘えられないし、彼も甘やかしてくれないしね。いや、頼めばしてくれるんだろうけど……。


「いやいや……」


 雑念を振り払うかのように首を振る。

 ダメダメ、彼はリゼットちゃんと刀花ちゃんの恋人なんだから。そんなこと頼んじゃ彼女達に失礼だよ。


「よし――」


 私は一つ気合いを入れ、被っていた布団を勢いよく取り払う。

 そうすれば、自室に漂う冬の冷たい空気が、この生温かい妄想を吹き飛ばしてくれ――


「おはよう、あや」

「え?」


 ……え?


 ……ん?


 あれ……ここ……、


 ――――“どこ”?


「……」


 目の前には、ティーカップに紅茶を注ぐ刃君がいる。まるでもう一度夢を見ているかのよう。

 だけど……ここ、私の部屋じゃない……。

 床には、見ただけで高そうな深紅のカーペットが満遍なく敷かれ、窓は大きく朝の光を部屋に取り入れている。調度品も品が良いものばかりで、見る者の目を楽しませた。


(すごい、まるで高級ホテルの一室とか別荘……うん?)


 そう思った瞬間に、脳裏をよぎる物件があった。

 森の奥深くにある、吸血鬼の貴族が住むに相応しい豪邸。


 もしかして、ここ――!?


「ああ、母君から許可はもらった。荷物もノリよく用意してくれたぞ。一泊二日だ」

「な、な――」


 くつくつと、彼は紅茶を淹れながら笑って言う。

 だけどその瞳にはイタズラっぽい光を湛え、唇は意地悪げに歪ませたまま、彼はその所在を私に明かした。


「――ブルームフィールド邸へようこそ、お嬢様? まずは見ていた夢の内容を教えてくれるか?」

「な――!?」

 

 ま……、


 ママーーー!!??

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る