第189話「私と兄さんの緻密な家族計画がぁ~……」



 ――聖夜。


 十二月二十四日の日没から翌日の日没までを示す、日本においては恋人達にとって特別な日。

 そんな二十四日の朝を迎えたブルームフィールド邸において、我が主と可愛い妹は――


「だめですぅー! 兄さんは今夜、妹と二人っきりで聖夜を過ごすんですぅー!」

「はぁ!? 普通クリスマスは家族全員と一緒に過ごすものって決まってるのよ! ほら見なさい、ウィキにも日本人の六割は家族と過ごすって書いてあるじゃない!」

「ウィキなんて誰でも編集できるじゃないですかぁ! ワザ○プと一緒ですよワ○ップと!」

「失礼ね、最近はちゃんと出典も明記されてるわよ! とにかく、二人きりなんてこの家の主としても認められないわね!」

「分かりました。私も結婚できる歳です、妥協しましょう大人ですので。午後二十一時から午前三時まででいいです」

「え、なんでそんな時間……なっ!? せ、せせせ"性の"って――ばっ、バカじゃないの!? もしかしなくても、ええええエッチなことするつもりでしょう……!?」

「はい!!!!!」

「声でっか……選手宣誓も真っ青……」


 ……揉めていた。

 主に今夜の過ごし方について、どうにも考え方に相違があったらしい。

 刀花は夜に二人きり派、リゼットは家族で過ごす派として意見をぶつけ合い、現在二人は庭に出て遂に刀を抜く事態にまで発展してしまっていた。


「いいわ、私もあなた達と過ごして半年。サカガミ家の流儀ってものは理解してるつもりよ。"これ"で決めましょう」

「先手必勝!」

「きゃー!? 尋常に! 尋常にー!?」


 刀を手に口上を述べようとするリゼットに、刀花は問答無用で斬りかかる。さすがは戦鬼の妹だ。欲するモノのためならば総てを蹴散らすその気風……、


「うむうむ、それもまた覇道よ」

「さて、唐突に始まりました『お父様争奪戦 in 聖夜』実況は先日"次女"の座を奪い取ったこのワタクシ、リンゼ=ブルームフィールドがお送りいたしますわ」

「解説は、不覚を取り二百六十回目の"三女降格"となった酒上彼方。旦那様を騙し討ちのダシに使うのはレギュレーション違反。不服」

「お前達の姉妹の座は流動的なものなのか」

「ところでお父様? お母様方の景品となった現在の心境のほどは?」

「心苦しい」


 どこから出してきたのか長机を庭先に設置し、両隣に座る愛娘達は窺うようにしてこちらを覗き込む。

 彼女達を守護する立場として、守るべき少女達が切り結ぶ展開はさすがに忍びない。


「というかこれってバトル展開ではありませんこと?」

「本気じゃないのでセーフ。じゃれあいの範疇」

「……そういえば“ワタクシ達の方”でもお母様方ってたまにバチバチやってましたけれど、お父様が戦ってる姿って見たことある、カナタ?」

「ない。そもそもバトルするために生まれた存在じゃない。何者だろうと問答無用で斬り殺すためだけの存在。まともに対峙したらバトルとも呼べない何かになるのが関の山。ワンカットマン」

「俺は戦いたい……」

「な、なんだか妙な業を背負っておられますのねお父様……こう、強キャラっぽく相手にナメプをされたらいかがでしょう?」

「少女達を害する者に、呼吸など欠片ほども許すものか滅ぼす」

「バトルさせてもらえないわけですわ」


 おかしいだろうが!

 世の不条理を嘆いていれば、金髪ツインテールを揺らすリンゼが、母親の面影を感じさせる呆れたようなため息を漏らした。


「ほら、お父様? そろそろお母様方を止めてくださいまし。このままだとワタクシが本当の次女になってしまいますわ」

「リゼット奥様劣勢。そもそも運動能力からして刀花奥様に勝てるわけない。しかし放置を推奨。これで刀花奥様が勝てば、私が長女になる確率が高い。むふー」

「激化してきたな、止めるか」


 そろそろどちらかが頭から角を出しそうだ。怪我をしてしまう前に、落ち着かせるとしよう。

 俺は立ち上がり、鍔迫り合いを演じる二人に声をかけた。両手を広げて。


「やめてくれ二人とも。俺のために争わないでくれ」

「ていっ」

「おうっ」

「兄さーん!?」


 俺の言葉に切れ味鋭くその瞳を細めたリゼット。

 そんな彼女の投擲してきた刀が見事、こちらの頭に突き刺さった。瞬間的な技能はリゼットの方が上なのかもしれんなぁ。


「さて、そろそろ穏便に決めるとしようか」

「落武者スタイルなのに落ち着かれてると腹立つわね」


 理不尽な。

 だが俺が全面的に悪い鬼なので、彼女の怒りは全て受け入れよう。それで我が主の怒りが少しでも収まるのならばな。

 こちらに近付き、刺さった刀の持ち手をグリグリとするリゼットに、リンゼが不思議そうに首を傾げた。


「……そもそもなぜリゼットお母様はご乱心ですの?」

「おバカリンゼ、話聞いてなかったの」

「はぁ!? き、聞いてたし! えっと……せ、説明する権利をあげるわ!」

「リゼット奥様、旦那様と迎えるクリスマス初めて。出会って半年の一番楽しい時期、本当は自分だって二人きりでイチャイチャラブラブして過ごしたいに決まってる。……でも、それを認めると刀花お母様が危険。それに私達娘もいる手前、誇りある主アンド母として見栄を張ってる。苦労人」

「ねぇ私なんで娘達に内心暴露されてるの? 羞恥プレイ?」


 リゼットが頬をひくつかせる中、リンゼもまた彼方の話を理解したのか頬をひくつかせる。


「……ワタクシ達、もしかしなくてもこの時期に"ここ"に来たの空気読めてなかった?」

「うん、読めてない。普通ならぶっちゃけ邪魔。お嬢様、謝って」

「ノリだけで来てごめんなさい……え、あれ? そもそもここに来るよう仕向けたのってカナタじゃ――」

「それで旦那様、どうするの。いっそのこと可愛い娘と聖夜を健全に過ごす道もなきにしもあらず。いっぱい奉仕する」

「積極的に邪魔しにいってどうするんですの。今度こそ殺されますわよ、どうどう」


 またも暴走しようとする彼方を羽交い締めにするリンゼを頼もしく思いながら、「さて」と思考する。

 リゼットもまた二人きりで過ごしたいと感じているのならば、その意思を汲むべきだ。


「とりあえず、今夜はダンデライオンのディナータイムを予約してある。そこまではいいな?」

「はい。クリスマス仕様のコース料理……むふー、楽しみです!」


 刀花の相槌に頷く。

 夕飯の予定は既に決まっている。クリスマス料理を堪能するだけでなく、綾女にもクリスマスプレゼントを渡したいからな。いい計らいだ。

 その時にリゼットや刀花にもプレゼントを贈ろうと思っていたが、


「マスターが言うからには“家族一緒”路線に舵を切ろうとしていたが、変更する。ダンデライオンから帰宅後、それぞれ時間を設けるとしよう。二人っきりのな……問題はどちらが先かということだが――」

「……まあ妥当な判断ね。プレゼント交換は二人きりの方が私も都合がいいし。あ、先攻はトーカに譲ってあげるわ。先になさいな」

「え、いいんですか? やりましたー! リゼットさん好きー!」

「あら、私ご主人様よ? 器の大きさが違うのよ器が」


 珍しく刀花に先を譲るリゼットだが、それを横目に彼方がボソッと何か言っている。


「……リゼット奥様、策士。さりげなく朝までコースを勝ち取った」

「カナタっ、しー! これが一番平和なんですから!」


 なるほど、そういう目論見もあるのか。

 感心していると、彼方が「だけど」と言葉を繋げていた。


「刀花奥様が相手だから何が起こるか分からない。事と次第によっては辛抱たまらなくなった旦那様が短期決戦を仕掛け――」

「あ、そうだこうすればいいのよ。“オーダー”『ジンはクリスマスに性欲を抱くの禁止ね』」

「そんなぁーーー!!??」

「あ、トーカお母様が詰みましたわ」


 もうやりたい放題だった。


「簡単な話だったわね。さ、これで健全でロマンチックなクリスマスが過ごせそうねジン?」


 刀花が放心しているのを楽しげに眺めるリゼットだが、俺は俺で別の心配をしていた。


「……マスター、“性欲”とは三大欲求の一つにも数えられる、ヒトを構成する重大な要素。とりわけ俺のような鬼はそれの比重が大きい。あまり否定されると、俺の身に何かしらの不具合が起きるかもしれんぞ」

「う、うるさいわねぇ……大丈夫よ。私にだって考えがあるんだから」

「ほう?」


 まあ、そこまで言うのならば信用しよう。彼女は聡明なご主人様だ。大丈夫と言うからには、何かしらの根拠があるのだろう。何を計画しているのかは知らんが。

 赤くなってコソッとこちらに耳打ちした後、リゼットは仕切り直すように手を叩く。


「はいはい、それじゃこの話はお終いね。リンゼ、カナタ? 夜はお母さん達との時間だから、今の内にジンと遊んでらっしゃい」

「うぅ、私と兄さんの緻密な家族計画がぁ~……」

「と、トーカお母様が可哀想なので、皆で過ごしませんこと?」

「そ? じゃあパーティゲームでもしましょうか」

「賛成。刀花奥様? 人生ゲームなら旦那様と子ども作り放題。私も尽力する」

「……もういっそのこと、おままごとしません? 私がママ役で兄さんがパパ役の」

「「「それはさすがに」」」


 刀花の提案に声を揃える母と子ら。


「……うぅむ?」


 そんな彼女達が屋敷に入っていくのを眺めながら、眉を寄せて一つ唸る。


 ――ギ、ギギギ……


 先日から時折身体の内から鳴る、軋むような異音に首を傾げながら。

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