第155話「小道具・童子切安綱である!」



『姫! この私が必ずや悪しき魔法使いを討ち果たし、その永き眠りよりお救いいたします!』


 赤いドレスを身に纏い、死んだように眠るお姫様の横で、黒き王子様がそう宣誓する。

 鈴の鳴るような澄んだ音を鳴らし、壇上の刀花が細っこい西洋剣を掲げれば、周囲の女子生徒から歓声が上がった。

 黒を基調とし、所々に金細工を施された礼服に身を包んだ壇上の刀花は、さしずめ男装の麗人といったところ。役作りのキリッとした表情も相まって、館内に収容された男子生徒だけでなく、女子生徒すら魅了している。

 リゼットも吸血鬼ゆえ悪目立ちすることに配慮し、台詞も少なく寝ているだけだというのに溜め息が出るほどに美しい。

 まさに完璧な配役と言えた。観客の盛り上がりも納得のもの。

 ……それは分かるのだが、


「……異様に観客が多くないか?」

「仕方ありませんよ安綱様。なにせ昨日、ミス薫風を取ったお二方がメインの演劇です。話題性しかありませんから。私もチケットを取るのがギリギリでしたよ。ああ、刀花様素敵……言葉になりません……!」

「……貴様もなぜここにいるのだ」

「パトロールです。昨日、妙な霊力反応も観測されたことですしね。何かご存じで?」

「知らんな」


 学園祭二日目。

 今日はリゼットと刀花の演劇発表の日。俺も二人の晴れ舞台を心待ちにしていた。

 だが……この人間の多さはどうだ。まったくもって煩わしいことこの上ない。

 どいつもこいつも、二人の美貌に惹かれた蛾のような連中ばかり。我らが姫達の美しさは遍く世界に轟くべき事実だが、手を出すとなれば火に入る虫が如く、その身を焼失させることを覚えておくがいい。


「まったく。おかげで写真すら撮りづらい」

「いやなんですかそのバズーカみたいなカメラ……」


 なぜか隣のパイプ椅子に座る、曰く「パトロールで来た」らしい陰陽局支部長、六条このはが俺の言葉に反応を示す。昨日の騒ぎでいらん者も呼び寄せてしまったものだ。

 そんな少女の困惑したような視線は、俺が持つカメラに向けられている。


「これか? 一番いいのを頼むとカメラ屋に頼んだら渡されたのだ」

「それ絶対、幻の鳥とか撮りに行くためのやつですよ……ああ! 振り回すと前の人の頭に当たってしまいます!」


 それくらいでかい。

 だがスケールというのは、でかければでかいほど良いものだ。少々値は張ってしまったが、俺は気に入っている。

 おかげで二人の晴れ姿も綺麗に記録できて……いる、はずだ。おそらく。一通り扱いは練習したが不安なものだな……。


「まあビデオカメラも用意している。抜かりはない」

「三脚まで立てて……どれだけ本気なのですか……」

「ああ? 俺は常に本気だ。彼女達のことで手を抜くことなどあり得ん。俺に斬れぬものなどない。必要とあらば、小難しいカメラのシャッターですら斬ってみせよう」

「なにちょっと上手いこと仰ってるんですか」


 む!“しゃったーちゃんす”だ!

 刀花がこちらに目線を向けた刹那、俺はバババババとシャッターを切りまくる。それはさながら雑兵を蹴散らす機銃が如く。一瞬の煌めきすら見逃さんぞ!


「音がすごいです安綱様……」

「何かを得るためには、何かを捨てねばならん」

「またそれっぽいことを仰る……」

「はん、好きだろう人間はそういうのが?」


 リゼットと刀花がステージからはけていき、壇上に興味をなくした俺は、小馬鹿にするようにして鼻を鳴らす。

 代償だの自己犠牲だの。

 尊いように見せかけてその実、己の無力を美談に見せかける人間のまやかしよ。

 覇者ならば、全て奪え。人間にはその気骨が足りんのだ。


「えぇ~……安綱様だって相手に代償を強いるではありませんか」

「俺は覚悟を問うているだけだ」

「どう違うので……?」

「ふん。俺を従えるに能う覚悟さえ示せば、代償などなくとも、いくらでも力を貸してやるわ」


 我が友の時のように。

 ただし、人間という種は臆病な生き物でな。分かりやすい代償を用意せねば、力を安心して振るうことができない。どこまでいっても、人間というのは保証を求める哀れな生物だ。

 だからいつまでも完璧にほど遠い在り方をし、損すら追い求め、それが尊い姿と信じ込む。苦労を自ら買っていると言ってもいい。

 その愚かさの果てとして、数百の犠牲を払うような真似をし“俺”を生み出したのだ。馬鹿どもめ。弱者に相応しい末路だ、嗤ってやる。


「――愚かなり人類。せいぜいこの戦鬼の怒りに触れぬようにして、怯えて種の進化を待つことだな」

「ラスボスみたいなことを仰ってるのに、やってることは女の子の写真を撮ってるだけという……私、人類代表として泣きます」


 ん? はて、何の話だったか。


「よくもまあ、シャッター音の話から大きく話を広げたものですね」

「小さく収まろうとするなという話だ、矮小なる人間」

「……それですと、安綱様が一番人間に期待を寄せている、という解釈にもなりますが?」

「……」


 赤い組紐で黒髪を結った少女は、理知的な瞳を細めてそう指摘する。

 ……頭の回る人間は、おめでたい思考をするものだ。

 この俺が人間に期待だと? そう見えているのなら、お門違いにもほどがある。

 俺はただ、出来の悪い人間の尻を叩いている……それだけだ。


「……ふん」

「あ、誤魔化しましたね?」

「うるさい、重箱の隅をつつくようなことを。そんなだから貴様の胸は成長せんのだ」

「んなっ!? 胸は関係ないでしょう胸はー! それに私の胸は大和撫子として、貞淑さを心懸けているのだけなのです! きっとそうです!」

「あ? それでは俺の妹は大和撫子ではないと? いい度胸だ貴様……」

「もう無茶苦茶やん、こん人……」


 胸の大小が貞淑さを表わしているのなら、背丈が貴様と同じ綾女などとんでもない“もらるはざーど”ではないか。


「ふん」


 隣でキャンキャン吠える小娘の声を、意図的にシャットアウトする。

 そうとも、今の俺には余計なことを考える余力など残されていない。


『クックック、よくぞ来た王子よ……!』

『出たな、悪しき魔法使い! 私が、この剣で成敗してくれよう!』


 数々の艱難辛苦を超え、劇もいよいよクライマックスにさしかかる。

 刀花演じる王子様が、悪い魔法使いを相手に見事な殺陣を披露する場面だ。一瞬の油断もならん。


「欲を言えば、なぜチャラチャラした西洋剣など……」

「変なところでジェラシーを感じるのですね……」


 当たり前だ。

 刀花には俺だけを使っていて欲しい……それが兄心、刀心というものだ。だが演劇の世界観上、致し方なし……。

 俺は口に苦味を覚えながらも、壇上で刀花が西洋剣を抜き放つのを撮るべくカメラを構え――


「……おや? 様子が変ですね」

「む?」


 なにやら、妙な空気だ。

 悪い魔法使いと相対し、銀の剣を抜き放つ場面なのだが……刀花が剣を持っていない。

 俺も練習に付き合っていたため、進行は全て把握している。このような演出は書かれていなかったはずだが……。

 沈黙が続き、観客にも首を傾げる者が見受けられる。


「……まさか刀花様、剣をお忘れになったのでは」

「まさか。この俺の妹が、武器を失くすなど――」


 いや待て! 刀花のあの表情!

 カメラをズームしてみれば、刀花が冷や汗をダラダラと流している! 武装解除しているのだ!

 そ、そのようなことがあるのか……しかし、実際起きていることだ。受け入れねば……。


「……(チラチラ)」


 はっ――。

 壇上の刀花が、こちらに目線を送っている。助けを乞うている!

 ならばこの戦鬼、助太刀することに否応はない! むしろ俺が助けねばならん!


「よし六条、叫べ」

「は、はい!?」


 俺の唐突の申し出に、隣の少女は目を白黒とさせる。

 分からぬか、たわけめ。


「我が主人と妹の演劇に、一分の失敗も許してはならない。この沈黙すら、演出だと思わせるのだ」


 知っているぞ、そのような要素を含む魅せ方もあると。“応援上映”というのだろう?

 この沈黙は、お前達の応援が足らぬせいだということだ。


「そら、“さいりうむ”を持て」

「え、なんでそんな物持っているのですか!?」


 こんなこともあろうかと。

 用意していたのが功を奏したな。リゼットが「恥ずかしいから絶対やめて」と言っていたが、ここに至っては仕方あるまい。


「さあ、王子様を応援するのだ」

「ええ!? い、嫌ですよ恥ずかしい!」

「俺がやれと言っている。さもなくば、陰陽局本部を含む西日本を消し飛ばすぞ」

「代償が重い!?」


 俺の妹が恥をかくくらいならば、日本列島の半分など消えてしまえばいい。

 どちらが重いか、比べるべくもなかろうが?

 俺は六条に輝く棒を八本持たせ、促す。やれ。


「が……がんばれー……」

「声が小さい!」

「うぅ、こうなったらヤケです! 私も刀花様に恥をかかせるわけにはいきません! がっ、頑張れー! 王子様頑張れー!!」


 その意気やよし。

 立ち上がり、唐突に叫び出す少女の姿に周囲はギョッとする。だが、それでいい!


『っ!』


 壇上の刀花も、こちらの様子に気付く。

 色取り取りに光る棒を持って応援をする少女という分かりやすい姿を見て、その意図と機会を逃す俺の妹ではない。


『くっ、今の私では力が足りません! 世界の皆、私に力を!』


 台本にない台詞と共に、刀花は手を伸ばし呼びかける。さすがはこの戦鬼の妹、判断が早い!

 それを受けた観客達は、祭りの空気感も相まってすぐに反応を示した。


「頑張れー!」

「酒上さーん! カッコいいー!」

「オラの力、受け取ってけれ!」


 館内は一瞬で熱に飲まれ、壇上の王子様を応援する。

 ふ、子どもの扇動など容易いものよ。


「……さて、仕上げだ。六条、カメラは任せたぞ」

「えっ、安綱様!?」


 ズシリと重いカメラを六条に投げ、俺は壇上の刀花と視線を合わせ、頷き合う。

 そうして刀花は、希望を背負う勇者のように右手を天にかざした!


『集まれ、皆の力!』


 練習にはない、全てが流れのままの劇だが……我が兄妹の絆は、その程度問題にもならんのだ!


『顕現せよ、童子切安綱――!』


 館内を眩い光が照らす。

 それは館内にいる全ての人間の目を焼き、刹那の間、壇上にいる者の姿を隠す。

 そうして光が収まったころには――


『お待たせしました、悪しき魔法使い。皆の想いを込めたこの刀で、お前を討つ!』

『おおぉぉぉおおお!!』


 一瞬の内で手の中に現れた俺を、西洋剣のそれより一段と流麗な動作で抜刀し構える刀花の姿に、観客の熱量は最高潮になる。誰も洋服に日本刀という誂えに違和感を抱いていないようだ。

 ああ、なにやら最近、鬼を滅する刃が流行っているらしいからな。やはり時代は西洋剣より日本刀だな日本刀!


『……どうした刀花。武器を忘れるなど、お前らしくもない』


 堂々とした間を取るその隙にこっそりと聞けば、刀花は「あはは……」と心の中で微苦笑する。


『やっぱり握るなら兄さんじゃないとしっくり来なくってですね、つい衣装から外した時に忘れてしまいました。私の武器は、兄さん以外考えられませんよ』

『キュン……』


 嬉しいことを言ってくれる……!

 ウインクしながら言う刀花王子様に、俺の中の乙女心が産声を上げているではないか。無理、しんどい。いつもより多く刀身を輝かせてしまおうか!


『とう!』


 そうして刀花は、展開を先導するようにして次々と現れる敵をなぎ倒していく。

 真剣を振っているとは微塵も思わせぬ華麗な動き。

 俺を信じ、そして俺も刀花を信じているからこそできる、理想の使い手による舞いが如き殺陣であった。


『姫様!』


 そうして見事敵を打ち倒した王子様は、いよいよお姫様に目覚めの口付けをするのだ。


『さあ姫、目覚めの時です』

『……』


 うむ、特等席であるな。

 赤いドレスで着飾ったリゼットも、刀花の腰に差されたここからならばよく見える。


『……ちゅ』


 さすがに唇にとはいかず、お姫様の可愛らしいおでこに王子様は唇を落とす。だが着飾った二人は、それでも十分絵になった。

 その様子に、会場も大いに沸いている。特に女生徒が黄色い声を上げているな。うむうむ分かるぞ。俺も許されるのなら叫びたい。


『――ありがとうございます、王子様。幼い日よりお慕い申し上げておりました。どうか、わたくしと結婚してくださいませ』

『喜んで。私が一生をかけて、姫様を守り抜きましょう』


 そうして王子様は、まるで騎士のように跪いてその手の甲に口付けをした。物語を幸せな結末として終わらせるために。

 その姿はまるで一枚の絵画のようだ……六条! ちゃんと撮っているか!?


「刀花ちゃん素敵……」

「私も守って貰いたーい!」

「ブルームフィールドさんも宝石みたい……!」


 劇もフィナーレを迎え、演者が手を振れば観客は口々に二人を褒め称える。

 ククク、羨ましかろう。この二人、俺の主と妹なのだぞう? 俺も鼻高々というものだ。


「ふう……助かったわ、ジン」

「いやあ、一時はどうなることかと」


 大歓声と共に幕が下り、こっそりと二人が耳打ちをしてくる。

 そんな二人に、俺は『気にするな』と鍔をカチカチ鳴らした。


『いや、俺も二人と劇ができて嬉しかった。学年が違うと共同作業も少ないからな。得がたい経験だったぞ』

「ふふ、もう……」


 そうして三人でコソコソと笑い合っていれば――


「すごーい! 刀花ちゃんそれどうやったの!?」

「そうそう、急に光ったと思ったら!」

「リゼットちゃん知ってたの!?」


 何も聞かされていなかった者達が、次々と二人に押し寄せてくる。当然の疑問か。

 そんな子ども達の声に、二人は顔を見合わせた後、声を揃えてこう言った。


『――マジックです!』


 ククク、そういうことだ。

 少々不可思議なことも、祭りならば許されよう。それが祭事というものである。


「つ、疲れましたぁ。重いですよこのカメラ……」

『ご苦労、よい働きであった』

「ホントですよ。あとで写真のデータいただきますからね……」

『……仕方あるまい。持っていけ』


 ステージ脇に置かれた俺の元に現れる、羞恥と腕力を犠牲にした陰の功労者である六条に労いの言葉をかけながら。


『お疲れー!!』


 劇の成功を祝う二人とそのクラスの者達を、俺は珍しく微笑ましい心地で見つめるのであった。

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