第88話「危うく夏を”やり直す”ところだ」



「試着してみたが、どうだ?」

「きゃあん、とっても似合ってます兄さん!」

「うわ、似合わなー……」

「え?」

「え?」


 どっちなんだ……。


 試着室のカーテンを開け、主と妹に学ラン姿を披露してみたところ、両極端な反応が返ってきてしまった。

 本日は学園指定の制服を購入するために、三人で街へと繰り出している。

 男物の制服を買うことが目的のため、以前のように鞘花の姿を店内でとれないので少々そわそわしてしまったが、実際二人の少女を連れてならばそれほど注目は受けないようだ。

 そういえば以前通報された時は、刀花が試着をしていて俺が一人でいる時だったな……なるほど、そういう理屈があったのだな。

 そうして一人納得し、暖色の照明が様々な衣類を照らす店内にて早速採寸して試着をしてみたのだが……


「えー、似合ってますよう」

「いや似合ってはいないでしょ、雰囲気が高校生の貫禄じゃないし」


 これである。

 まあ俺の滲み出る大人の魅力がそうさせるのだろう。いやはや、分かってしまうものなのだなぁ人生の酸いも甘いも噛み分けた玄人のオーラというものが――


「絶対人殺してる顔でしょ」

「それは……否定できませんけども!」

「……」


 分かっているわ、俺の人相が悪いことなど。


「特にこのキツイ目付きと眉間の皺ね」

「えぇ!? そこがいいんじゃないですか!」

「一般的な高校生はこんな荒んだ目してないわよ。ま、まあ嫌いではないけれど……」


 中途半端にデレてくれるな、どうすればいいのか分からん。うぅむ目付き……目付きか……。

 近くに貼ってあったモデルのポスターを参考に少し顔をグチュグチュと弄ってみる。皺を無くして、目付きも柔らかく……


「こんな感じか?」

「「うわ、気持ちわる」」


 どうしろというのか……。


「確かに険は取れたけれど……これじゃない感がすごいわ」

「目付きの悪くない兄さんなんて兄さんじゃないですよう! あのさっきまで服役してた感じの兄さんがいいんですよう!」

「なんか胡散臭いのよねえ……裏でえげつないことしてる業界人みたい」

「ほらっ、このはちゃんもこう言ってますよ!」


 刀花のスマホを覗き込めば、


『手配書の写真、その顔にしておきますね安綱様(笑)』


 と書かれていた。何が可笑しい!!


「なしだな……」


 サッと顔を一撫でして元に戻せば、少女達はうんうんと頷いている。


「落ち着くわー」

「これでこそ兄さんです」

「やっぱりこっちの囚人顔の方がまだマシね」

「そうですね、この服役顔があってこそギャップが発生するというものです」


 この子達は俺を刑務所に入れたいのかな?

 虜囚の辱しめを受けるくらいならば俺は死を選ぶぞ。


「だが、囚人とは言い得て妙だな」

「なによ?」


 マスターの疑問の声に、俺は遠くを見るような目をして言葉を紡ぐ。眼前には壁のみで窓もないが。


「俺は既に囚われの身なのだ……お前達という名の、恋の檻に(きりっ)」

「お兄ちゃん……トゥンク……」

「いや全っ然意味わかんないから……バカなこと言ってないでさっさと買ってきなさいこのおバカ」


 また二回バカって言ったな?

 ノリの悪いご主人様め。そんなだからうちの妹にマジレス吸血姫と呼ばれるのだぞ。学園でハブられないか心配だ……。

 主人の学園生活を憂慮しながら会計を済ませる。持ち帰りではなく、配送を頼んだ。

 別にこのまま手持ちにしてもよかったのだが、


「むふー、じゃあ次どうします?」


 むぎゅっと、右腕にボリュームのある感触が。


「そうね……このまま少し服見ていきましょうよ。秋物の新作も出てるし」


 ふにゅん、と左腕に貞淑な感触が。

 ……荷物をなるべく持ちたくない訳はこういうことであった。

 まさに両手に咲き誇らんばかりの花。元気一杯に腕を引き先導する妹と、ちょっぴり恥ずかしげに腕を取るご主人様。

 荷物を持ってしまえばそれだけ間隔が開く。それは悪手だと断言できた。


「もう秋の服を買うのか?」

「ちっちっち、分かってませんね兄さんは。秋になってからじゃ可愛い人気の服は売り切れちゃってることが多いんです」

「流行は先取りしないと。お洒落はスピードが命なんだから」

「ほう、兵は拙速を尊ぶのと似たようなものか」

「女の子を兵に例えるってどうなの……」


 幸せな感触に包まれながらデパート内を歩く。女からの奇異なものを見る視線と、男からの羨望の眼差しが注がれるが、二人は手放そうとはしない。まあ少々マスターの顔が赤いが、刀花に対しての対抗心もあるため離せずにいるのだろう。意地っ張りで愛いやつめ。


「まあ今日は下調べくらいかしらね」

「そうですね。兄さんはどんな服着てほしいですか?」

「お前達ならばなんでも可愛い」

「うわ出た、一番困るやつ」

「兄さんそれは……」


 不満げな雰囲気が両脇から漂ってくる。


「女の子に“なんでもいい”は禁止よ。甲斐がないじゃない」


 甲斐……?


「そうですよ兄さん。兄さんが私達にかっこよく思われたいのと同じように、女の子だっていつでも好きな人に可愛いって思われたいんです」

「そのために髪や肌の手入れをしたり、それこそ相手の好みの服をコーディネートするんじゃない」


 だから“なんでもいい”は甲斐がないと。

 それはまるで武器を研磨するのに似ている。俺だって武器を準備する時は、どのように敵を屠るかを考え心踊るもの。独特の楽しさというものがあるのだ。その段階の心持ちを含めて、甲斐がないと言っているのだろう。


「なるほど、失言だったな。だが、好みの服装か……」

「和服ですかね?」

「それもいいが、こう……女の子らしいふわふわヒラヒラしているのも視線を引き寄せるな」

「そういえばあなたが私達に着せる服ってそんな感じよね」


 巫女服やゴスロリ服か。確かに既にその傾向があったかもしれん。


「でも普段着にはできないわね……」

「こういうショールとかどうですか?」

「ほう、良いな」


 通りかかった店舗のマネキンを刀花が指差す。

 薄手の布で編まれたそれはヒラヒラしており、防寒着というよりはファッション性を重視しているように見える。華のある少女達によく映えそうだった。


「ふぅん、こういう感じ。これなら普段着でもいけるわね」

「厚手のカーディガンとかでもいいかもですね」


 ふむふむと言いながら、二人は展示してある衣類に手を……伸ばさない。


「……? 手に取らないのか?」

「……お先にどうぞ、トーカ」

「いえいえ、リゼットさんどうぞ」


 なにやら譲り合う二人。お洒落はスピードが命なのでは?


「い、いいから。早くジンから手を離しなさい。その間は私がジンに首輪をかけておくから」

「いえいえ、お気遣いなく。兄さんのことは妹の私にお任せください」

「……」

「……」


 ぐいっと、二人はこちらの腕をさらに寄せた。

 なるほど、いつの間にか戦いが始まっていたようだ。闘争の香りを嗅ぎ付けられんとは俺も鈍ったもの。戦鬼の名が泣こう。

 仕方あるまい。ここは情けなさを見せた俺が何とかするべきだ。

 要は二人の手を煩わせず服を取ればいいだけの話。楽な仕事だ。さてと――


「まず腕を二本生やします」

「「わ゛ー!?」」


 バキバキと、肩甲骨付近から新たに二本腕を生やせば悲鳴が上がる。

 咄嗟に二人は手を離し、棚の影へと押し込むように俺の身を隠した。


「何をする」

「バカなの?」

「監視カメラなら心配ない。死角だ」


 言って、手に取っておいた服を掲げる。四本の腕で。

 ワキワキと動かせば、二人は頬をひくつかせた。


「カ○リキーってポ○モンだから許されてるのね」

「リアルで見ると生命の冒涜を感じますね……」

「え、トーカがそれ言う? 絵のこと忘れてないからね」

「あれは芸術なので」


 マスターは溜め息をつき、妹は苦笑しながら服を手に取る。

 そうして次第に二人できゃっきゃと服を合わせ始めた。


「素晴らしい光景だ……」


 睦み合う二人を鑑賞しながら、視線を店内に巡らせる。

 人も多くなく、落ち着いた雰囲気。品物に目をやれば、確かに秋物が前面に来るような配置になっているように感じる。

 早いところでは、夏物は最早在庫セールとして売り出され――むっ!?


「? どうしました、兄さん?」


 妹の声が鼓膜を揺らすが、俺は反応できずにいた。

 そこに視線をやった時、俺は自らの過ちを悟ったのだ。

 なぜ……なぜ今まで気付かなかった?

 天高く馬肥ゆる秋を目前に油断したか。俺は恥も反省もなく生きているが……この時ばかりは自分のバカさ加減を呪った。

 季節は夏を過ぎようとしている。だが……だが俺にはやり残したことがあったのだ。

 俺は――

 俺はまだ――!!


 ――マスターの水着姿を見ていなかったのだ!!


 なんということだ……正気か俺は?

 在庫セールの文字が躍る水着売り場を認識した瞬間そう思い至り、俺はマスターの肩を掴んで迫っていた。


「よし、マスター、脱げ」

「オーダー、『死になさい』」

「う゛っ」


 死んだ……だがそれがどうした!

 たとえ心臓が止まろうとも、俺には為さねばならぬ使命があるのだ!


「なんなのこの眷属……」

「あっちは……水着コーナーですか? あー」


 刀花はポムと手を叩いて察し、マスターの方を見る。


「期待されてますよ、リゼットさん」

「え? あ、そういうこと……?」


 納得のいったマスターだったが、あまり乗り気ではない様子。


「私、吸血鬼なんだけど? 吸血鬼が海水浴なんて聞いたことないわ」

「屋内で使えばいいだろう」

「えっ、そ、それってまさか夜のプレイ――」

「屋内型プール施設などいくらでもあるだろう」

「あーはいはいそうね! そうよねー!」


 何を顔真っ赤にして一人ではしゃいでいるのだこのマスターは。というか聞こえたぞプレイて。それもありだな。


「時季は外れてしまったが、目に留まったものでな。俺は今猛烈にマスターの水着姿が見たいのだ」

「えー……流水苦手だから屋内プールもちょっと。使わないものを買ってもね」

「いつか夜のプレイとやらで使えばよかろ」

「ばっ、ばっかじゃないの!? ばーかばーか!」


 真っ赤になってバカを連呼する。自分で言っておいてひどい言いぐさだ。


「まあここは眷属の顔を立てると思え。さもなければ今ここでマスターを勝手に水着姿にするぞ」

「どんな脅し文句なのそれ……も、もう……」


 指を鳴らす姿勢を取れば、マスターは身体を守るように捩る。

 そうしてこちらを上目遣いで見ながらもじもじと太股を擦り合わせた。


「そ、そんなにご主人様の水着姿が見たいの……?」

「見たい」

「即答……うぅ~ん……」


 まだマスターは迷っている様子。

 くっ、あともう少しなのだが……!

 手をこまねいていると、隣の妹がニコニコしながら言った。


「まあまあ兄さん、無理強いはよくないですよ。この夏は妹の白ビキニを目に焼き付けるだけで我慢してください。夏の一番の思い出は妹の大胆水着で決まりです」

「私、着るわ」


 おお目に炎が宿っている。

 けしかけるような妹の言葉に決意を漲らせ、マスターは水着コーナーへと歩みを進めていった。


「ふふ、サービスですからね兄さん♪」


 そんな彼女の姿を見つつ、刀花はこちらにイタズラっぽくウインクをしてみせた。

 な、なんというイイ女っぷり。俺は感涙に咽びながら妹の頬にキスをした。


「むふー、じゃあ早速選んじゃいましょうか」


 一瞬デレッとしてから、刀花もマスターの後を追う。


 そうして急遽、使うかも分からないマスターの水着探しが始まったのだった。

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