第63話「酒上家ではこれが普通なんで」



「問題は潜入方法に尽きるな。部外者は基本、学園には入れん。――痒いところはないか、刀花?」

「透明になるのはどうですかね? あ、気持ちいいでーす」

「……ねえ」

「コソコソするのは性に合わん。なるべく堂々と、且つ動きやすい案をくれないか? ――流すぞ」

「うーん、変装……姉さんになっても部外者ですしねブクブクブク」

「ちょっと」

「授業参観でも通報されかけたからな、人型は不利か……よし、終わったぞ」

「あーありましたね、そんなこと。まったく私の兄さんに失礼しちゃいます。……はふ、さっぱりしました!」

「ねえなんで当然のように一緒にお風呂入ってるの?」


 意図的に無視していた声に振り返れば「きゃっ」という可愛い声と共に肩まで湯に浸かるマスターが見える。まあ見えるといっても入浴剤をふんだんに投入した湯船は乳白色に染まって、彼女の大事な部分を隠してはいるのだが。


「一緒に風呂に入ると約束してしまったからな。そもそもの話ならば、なぜマスターも一緒なのだ」

「だ、だって……絶対監視役が必要だし……ずるいし……」


 ブクブクと口許まで湯に浸かり何か言っている。我がマスターは負けん気が強い。

 頬を膨らませる彼女に「そうか」と言って、バスチェアにちょこんと座る刀花の長く艶のある黒髪に櫛を入れる。我が妹は高い位置で髪を結ぶため、こうして下ろすとリゼットと同じくらい長くなり手入れも時間がかかる。

 だがその分、やはり美しい。浴場の照明を受けた刀花の髪はその光を余すこと無く吸収し、天使の輪を形成している。櫛が引っ掛かりを覚えることもなく、緑の黒髪はサラサラと染み一つ無い背中へと流れていった。


「……ずいぶん慣れた手付きね」


 マスターの声がどこか不満げに聞こえるのは、妹と過ごした時間の長さを思わせるがゆえか。


「最近まで一緒に入っていたからな、今更だ」


 髪の手入れの仕方も妹から叩き込まれたものだ。

 トリートメントも使用し、最後に邪魔にならないよう髪を纏め上げれば完成である。


「はーい、じゃあ今度は私がお背中お流しますね」


 交代し、今度は俺がバスチェアに座る。

 正面には鏡が位置し、視線を上げれば刀花が鼻歌を口ずさみながら、手にボディソープを馴染ませているのが見えた。


「ふふ、それじゃあ失礼しますね……んっ」


 そうして妹は俺を後ろから抱き締めるようにして、こちらの身体に満遍なくボディソープをその手で塗りたくっていく。

 そうして自分の身体にもボディソープを塗り込み、タオルを巻かず互いに生まれたままの姿で密着する。身体全体を動かし、彼女の柔らかい肢体が擦れるたびにぬちゃぬちゃとした粘性の音と、時折漏れる彼女の甘い声が浴場に反響し――


「ちょいちょいちょーい!!」

「どうした、キャラがブレているぞマスター」


 妹の奉仕を堪能しているというのに、後方から慌てたような声が響く。


「ふぅ、どうかしましたかリゼットさん?」

「いやいやいや」


 身体を離し、何かおかしな点でも? と聞きたげにマスターの方へ顔を向ける刀花。


「おかしいおかしい。今、確実にヤバイことしてたでしょ」

「さぁー、何のことだかー。酒上家ではこれが普通なんで」

「嘘おっしゃい。私の身体洗う時はあなた普通にタオルでしてくれてたでしょうが!」

「酒上家ではこれが普通なんで」

「ごり押そうとするんじゃないの。ジン、それはね、明らかに普通の洗い方じゃないのよ」

「本当か? 二人で洗い合う時はこうするのが作法だと妹が昔に言っていたぞ。互いの身体も洗えてボディソープの節約もできて一石二鳥だと」

「きっとイギリスじゃ文化が違うんですよ兄さん」

「なんで私がおかしいみたいな流れにしようとするの!」


 シャワーで泡を流しながら、マスターに疑いの目を向ける。


「愛し合う兄妹は互いの身体で洗い合う、そのはずだが」

「そうですよぉ兄さん。なぁーんにも間違っていません。だからこれからも妹の柔らかい身体に身を任せてくださいねー……むふふ」

「悪い顔してる悪い顔してる! ジン、見て!」


 顔を上げれば、刀花の顔はいつも通りのにっこりとした笑顔である。人差し指を頬に当て茶目っ気たっぷりなウインクのおまけ付きだ、可愛い。こんなに可愛い妹が俺に嘘を? それこそ冗談だろう。それにたとえ嘘でも俺は全てを受け入れよう。

 ひとぉ~つ、妹は絶対。酒上家家訓である。妹が左と言えば、右も上も下も全て左なのだ。

 きっと疲れているのだろう。俺は気の毒そうな目でマスターを見た。


「マスター、そう気に病むな。文化の差異は必ず起こるもの。鷹揚に受け入れるのも王の器だぞ」

「そうですよリゼットさん、気を強く持ってください」

「ごり押された……おかしいのに……絶対におかしいのに……」


 顔を手で覆いぶつぶつと暗く呟いている。

 おいたわしや我がマスター。よほど衝撃を受けたのだろう。知っているぞ、これがカルチャーショックというやつなのだな?


「可哀想に。なんなら慣れるよう俺が同じようにしてマスターの身体を洗おうか」

「へっ!?」


 問い掛ければマスターの顔は真っ赤に染まる。

 あわあわと口を動かしながらも、彼女の視線はこちらの身体へ移っていく。心なしか段々と息も荒くなっていっているように見え、誤魔化すようにマスターは指をツンツンと突き合わせモニョモニョと口を動かした。


「ばっ、なっ、そ、そんなこと淑女のすることじゃ……で、でも……あの、あなたがどうしてもって言うなら――」

「兄さん、無理強いするのはよくありませんよ?」

「それもそうか、すまないマスター、配慮が足らなかった」

「いいわよもぉー! ご配慮どうもありがとうございますぅー! ばーかばーか!!」


 牙を向いて泣きながら水面をバンバン叩く。

 情緒不安定過ぎるだろ……今日一日放ったらかしにしていたからだろうか。これがキレる十代というやつか、恐ろしい……。

 若者の考え方に思いを馳せながら身体を洗い終わり、兄妹揃って湯船に浸かる。

 アパートと違って足が伸ばせて心地がいい。ここの風呂はその辺の銭湯と肩を並べられるほど広く、三人で入ろうがスペースには余裕がある。


「まあ掃除が大変だがな」


 冗談めかして言いながら「あ゛ぁ゛~」と言って浸かると、隣の刀花が「兄さんおじさんくさーい」とからかってくる。そのうち「兄さんのパンツと一緒に洗わないで」とか言ってきそうで兄さん心配。そんなこと言われたら死ぬ自信がある。いや死ぬ。だがただでは死なんぞ……人類の数割は道連れにしてくれるわ。


「……思ったんだけど、あなた今日はずいぶんと落ち着いてるわね」


 少し距離をとったマスターが胡乱げな眼差しでこちらを見る。


「落ち着いているとは?」

「だって、前に私の……は、裸見た時……その……」

「ああ」


 そういえばそんなこともあったな。


「まあ、俺も実際どうなるか不安だったのだが」


 目の前には二人の大事な美少女達。それも一糸纏わぬ姿だ。

 隣の刀花は髪を纏め、無防備に色気のあるうなじを晒している。視線を下げれば、たわわに実った胸は湯船に浮き、妹の深い谷間もバッチリと見える。少し動けば桃色の先端まで見えてしまいそうだ。

 一方マスターは離れたところで湯船に沈みブクブクとやっている。その美しい身体は乳白色の湯に守られている……しかし彼女は気付かなかったろうが、彼女が湯船に入る際にチラリと細い腰のラインや丸みのある小さな可愛らしいお尻を俺は見てしまっている。

 そんな愛する少女達のあられもない姿に、当然鬼の血が疼く……と思ったのだが。


「なんというか、あれだ。ここまでくると逆にいやらしく感じん」


 芸術品を見ている感覚に近い。サ○ゼに飾ってある裸婦画を見ても興奮しないのと同じだ。もしくはアドレナリンが出すぎて何も感じないかだ。


「ふ、自らを律する鬼など聞いたこともないが、我こそは無双の戦鬼。俺に出来ぬことなどそうそう無いということだ」

「はぁ……はぁ……兄さんの裸……兄さんの鎖骨に注いだ牛乳飲み干したいです……ゴクリ……」

「隣に鬼よりヤバイのがいるみたいだけれど」

「刀花、戻ってこい」


 目にハートマークを浮かべた妹を揺さぶって正気に戻す。人間らしく欲望に忠実で大変結構。

 頭を撫で「わたしは しょうきに もどりました」と呟く妹とマスターを視界に収める。風呂場という環境の影響もあるのか、やはり劣情は催さない。


「逆に尊さすら感じる。もっとよく見せてくれないか?」

「ちょ、ちょっと……こっち見ないでよばか……」

「兄さん兄さん、妹の身体は見放題ですよ?」


 恥ずかしがるマスターから視線を隣に移せば、ぎゅっと腕を寄せて谷間を強調する刀花が見える。首筋に張り付いた黒髪から水滴が伝い、その深い谷へと吸い込まれていった。


「むふー」


 そんな色っぽい妹は兄の視線を感じ、少し赤くなるも首をかしげて微笑んでみせた。


「ふふっ」

「お?」


 そしておかしそうに笑ったかと思うと、もぞもぞと動く。そうすると湯に沈んでいるこちらの右手に柔らかい感触。刀花がこっそりと右手を握ってきたのだ。

 にぎにぎと悪戯するように、そして時にはゾクリとするような触れるか触れないかのタッチでこちらの右手を弄ぶ。

 お返しにと、こちらも刀花の掌を指で撫でたり、指の間をなぞったりすれば「んっ♪」と、くすぐったそうに身を捩る。その頬は先程よりも赤みが増し、瞳も潤んでいるように見える。

 そうして、入浴剤のせいでマスターからは見えない秘密の遊びを兄妹でしていると――


 ちょんちょん


「?」


 今度は足に柔らかい感触が。

 視線を上げれば、先程よりこちらに近付いたマスターがじっとりとした目でこちらを見ていた。


「……」


 しばらく見つめ合っていると、また……ちょんちょんと足をつつかれる。どうやらマスターがこちらに足を伸ばしてつっついているようだ。


「むー……」


 不満げに唇を尖らせている。こっちを見るなと言いながら……まったく我が儘なお姫様だ。

 右手は相変わらず妹に貸し出されているが……試しにマスターへ足を伸ばしてみる。


「あっ、ふふ……」


 じゃれ合うように足先を触れ合わせると、彼女の足もそれに反応し、探るような雰囲気でこちらの足先をくすぐった。


「んっ、ふ、ぅん……」


 そんな彼女の踵から土踏まずのラインを爪先でなぞれば、マスターはビクビクと震える。うなじといい足裏といい、マスターはどうやら敏感肌らしい。

 顔を赤くし涙目になりながらも、マスターは足を触れ合わせるのをやめない。どうやら妹とのやり取りもばれているようだった。


「むむむ……」


 刀花は刀花で勘づいたのか、今度はこちらの指をしっかりと絡ませ、所謂恋人繋ぎとやらでにぎにぎとしてきた。


 にぎにぎ

 つんつん

 にぎにぎ

 つんつん


 湯船の中で、彼女達の甘い刺激に翻弄される。

 意地を張り合うように互いの感触は強くなっていき、戦鬼の心を惑わせる。柔らかく幸せな刺激に俺はため息を漏らし、片手で顔を覆った。


 ――守護らねば。


 いつの間にか両隣で火花を散らせる可憐な少女達へ一層固く決意しながら、もう少し……とのぼせる寸前まで彼女達と肌を触れ合わせるのだった。


 ちなみに作戦会議は泡と共にさっぱりと忘れた。

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