第51話「さては覚える気ないわね……」
「ぷっ、ふふふ……」
「まだその写真を見てるのか」
昼下がりのベンチ。お昼ご飯も美味しく食べ、ご機嫌な彼女はスマホに表示させた、とある写真を見て肩を震わせている。
「だ、だって……ふふ、おかしいんだもの」
「まったく、屈辱だ」
彼女の眺めるスマホ。そこには、仏頂面でメリーゴーランドに一人で乗る戦鬼の姿が写っていた。
本来は二人で乗るはずだったのだが、いざ乗り込もうとする際に「えい」と彼女の悪戯で背中を押され、一人寂しく白馬に跨がることになったのだ。そんな俺の様子を、手を振って写真に収める彼女の顔はとてもいい笑顔だった。
「トーカにも送っておくわね」
「……おい」
恥を広めないで欲しいのだが……。
そんな俺の嘆願も虚しく、嬉々としてスマホを弄るリズ。そうしてすぐにスマホが震えてメッセージの着信を確認する。スマホ取り出すと、刀花を含めた三人のグループに先ほどの写真があがっていた。
シュール過ぎる……そして刀花から送られてくる泣き顔のスタンプ。すまない我が愛する妹よ、兄さん汚れちまったよ……。
「……やれやれ」
スマホで口を隠すようにして「悪戯成功!」と言わんばかりにクスクスと笑う彼女を見やり、こちらもふっと笑みが零れる。まぁいい。今日は彼女にとことん尽くすと決めたのだ。可愛らしい悪戯も、今は大目に見よう。
二人でベンチに座りながら笑い合い、ぐっと伸びをする。まだまだ夕暮れには時間がある。さて次はどのアトラクションで彼女を楽しませようか、そう思い視線を巡らせる。
「……ぐすっ」
――そんな時だ。この享楽に満ちた非日常の世界に相応しくない、悲しげな声が聞こえてきたのは。
「あら、あの子……」
「む……?」
園内に一定間隔で植えられた木の下。
おそらく小学校低学年ほどの幼女が、気弱そうな瞳を更に弱々しく細めて頭上を見上げている。その視線の先には……
「……風船か。保護者は――」
「迷子みたい」
少女の周囲を確認しあたりをつける。風で飛ばされた風船を追いかけるうちに保護者とはぐれた……といったところか。なんとも運のないガキだ。
「ぐす、ひっく……」
心細いのか、それとも風船を取れない自分を不甲斐なく思っているのか。幼女はついに涙をこぼし始めた。そんな幼女を見て、リズは顎に手を当て思案に耽っている。
「……関わるのか? どっちでも構わんぞ」
「どうしよう。一応私吸血鬼だし、無闇に人間と関わるのも……」
ほう、意外に種族間について考えているのだな。まぁ確かに、どこから自分達の正体が露見するかわからん。それに、どうせすぐに係の者が来て迷子センターにでも連れていくだろう。
そう思い、席を立とうとするが――
「うっ、ぐす……おかあさぁん……」
「あっ……」
その言葉を聞いた瞬間、リズの迷いは断ち切れたようだった。
聞かずとも分かる。その澄んだ紅い瞳を見れば。
その――少しだけ、泣き出しそうな表情を見れば。
「……行くか」
「えぇ。お母さんと会えないのは、寂しいから」
そう呟く彼女の頭をくしゃりと撫でて今度こそ席を立ち、二人して少女の元へ向かう。ミッションは少女の風船を取り戻すことと、保護者との合流だ。
「まぁ異国の者が急に声をかけるとあの小娘も驚くだろう。ここは俺に任せるがいい、子どもの扱いには馴れている」
「え、本当にぃ……?」
歩きながらそう言うと、リズは眉を寄せて疑わしそうな目を向けてくる。
いやいや、こう見えて俺は子どもに好かれる方なのだぞ? 道を歩いていると「こんにちは!」と登下校中の小学生から元気よく挨拶されるほどだ。俺の周りにいる他の人間には挨拶していないのにな。
まぁ見ているがいい、この戦鬼がスムーズにコミュニケーションをとってくれる。
「おい、小娘。何を泣いている」
「!?」
少女の近くで歩みを止め、ちょうど太陽を背負うようにして見下ろす。木に引っ掛かった風船を見上げていた幼女は、急に差した影に驚きこちらを見上げた。よし、インパクトは与えたようだな。ここで一気に畳み掛けるぞ。
「――力が欲しいか?」
「へ……ふえ……」
「この無双の戦鬼が、特別に力を貸そうというのだ。光栄に思うがいい」
「へぅ……」
「どうした、望みを言え。自らの意思を伝えねば、他者を動かすことなど叶わぬぞ。黙したまま望みを叶えてもらおうなどという砂糖菓子のごとき甘い考えは捨てることだ。言葉に出せ、意思を示せ。他人を使うことを知れ。知らないのならば今覚えろ。さぁさぁお前の弛みない意思を、今この俺に――」
「ふぇええぇえええぇ……!?」
「おバカ」
かつてないほど強く頭を叩かれる。
「……なにをする」
「それはこっちの台詞よおバカ」
むにぃ、と頬をつねられる。そんな俺達の様子を、目の前の幼女は呆然と見上げていた。今は突然横から入ってきた金髪少女に目を奪われている。しかし言葉は発さないままだ。
「ご、ごめんなさい、怖がらせたわね。このお兄ちゃん、怖いけど怖くはないのよ……?」
「どっちなのだ」
「――」
大きな黒い瞳をパチクリとさせ、変わらずリズを見上げ続ける幼女。
ちっ、所詮はぬくぬくと温室で育ったクソガキか。言葉も知らんのか。この時分の刀花であれば、しっかりとした考え方で自分の意思を伝えることくらい出来ていた。まったく今時のガキは物の道理も弁えぬ猿ばかりではな――
「おねえちゃん、きれい……」
――物事の本質を見極める聡明な目を持ったお子さんではないか。
リズを見上げ、思わず漏らしたという雰囲気の言葉。ほーうほうほう、見所のある娘だ。よく見ればその短く切り揃えた黒髪もどこか刀花に似ている。色だけだが。
「気に入ったぞ娘。そら、風船を取るがいい」
「へ、ひゃっ!?」
リズの手から逃れ、幼女を問答無用で肩車する。俺ならば手を伸ばせば届く距離だが、ここは娘自身に取らせる。俺が甘やかすのは二人の少女のみと決めているのでな。
「あなたって甘いのか甘くないのか、たまに分からないわよね……」
俺を初めて握った時のことを思い出しているのか、リズは微妙そうな顔で呟いている。
「俺はあくまで使われる側だ。主役は道具を使う者でなければならん」
それこそが正しい在り方だと、俺は定めている。刀花は気に入らなそうだがな。
幼女が風船を取ったことを確認し、ゆっくりと地に下ろす。幼女はまばたきを繰り返し、不思議そうな顔でこちらを見ていた。
そんな幼女の前で視線を合わせるように、リズは膝を折って話しかけた。
「ね、私はリゼット。あなたのお名前は?」
「……まな」
「マナね。迷子?」
「……」
こくり、と頷く。案の定、保護者がトイレに行っている間に、風で飛ばされた風船を追いかけてはぐれたらしい。
「じゃあ迷子センターまで案内してあげる。あなたを助けたいの、いいかしら?」
「で、でも……知らない人についていっちゃいけないっておかあさんが」
そう言いつつ俺を見る、えぇ……なんだったか、ミナ? なるほど、俺は名乗っていないから知らない者ということか。よく教育されているな。
「……刃だ。これで知らない仲ではなくなっただろう、サナ?」
「まなです……」
「あなたねぇ……じゃ、じゃあ行きましょうか。あなたと私は今からお友達よ。お友達なら、助けるのは当たり前なんだから」
「あっ――うん。ありがとう、リゼットおねえちゃん……」
「か、可愛い……!」
小さな丸い手をキュッと握り、ようやく少し笑ってくれた幼女に、胸をときめかせているリズ。お姉ちゃんと言われ頼られることに舞い上がっているようだ。
リズは血色をよくし、自信ありげに胸を叩いた。
「ふふ、大丈夫よマナ。お姉ちゃんがお母さんのところまで必ず連れていってあげるから。少し歩くけど、まだ足は動く? 辛いなら、このお兄ちゃんがおぶってくれるからね」
リズはそう言ってこちらの背をバシバシと叩く。痛い痛い。
ルナはそんな俺達の様子を不思議そうに見ている。
「……おともだち?」
「む……?」
あぁ、俺達の関係性を問うているのか。純日本人の俺と、英国と仏国ハーフの彼女。外から見れば友達に見えるのか。
「いいや、俺が下僕で、彼女がご主人様だ」
「!?」
「ちょっとジン!」
正直な答えにカナは顔を赤くして俯き、リズは慌てたようにしてこちらの口を塞ごうとする。
「誤解を招く言い方はやめなさい!」
「事実だろう、我が主。この前も足にキスしたではないか」
「あっ! わざと言ってるわね!?」
メリーゴーランドの仕返しだ。
わたわたと慌てるリズを、ナナは「お、おとな……」と呟きどこか憧れるような視線を向けている。それにしても今の言葉で分かるのか。今時の子はませているのだな。
「……こいびと?」
「はぅ!?」
ドキドキした様子でヒナはそう聞いてくる。
「いいや、違うぞニナ。なめてもらっては困る。俺達はただの恋人ではなく、『とても愛し合っている恋人』なのだ。ラブラブだ」
「おぉ~……!」
「おはようやおやすみのキスなど当たり前。キスをしていない部分などないのではと思うほどキスを重ねる仲なのだ」
「おぉ~……!!」
「やめて……ほんともう、やめてぇ……」
自慢げに話す俺をキラキラした目で見る幼女。そんな俺達に対し、羞恥で真っ赤にした顔を手で覆って懇願するリズは大変可愛らしい。俺はそんな彼女の手をとって、幼女に見せつけるようにして握った。
「見るがいいヨナ、ラブラブだ。羨ましいだろう? 今ならお姉ちゃんの左手を握れば、お前もお姉ちゃんとラブラブになれるぞ」
「!」
そう言うとユナは嬉しそうにキュッとリズの左手を握る。今だけ特別だぞ?
羞恥に耐えながらも「可愛い……」と呟き、にへらと笑うリズを促しながら前方を指差した。
「よし、目指すは迷子センターだ。しっかり手を握ってはぐれないように――」
ぐぅう~……
思惑が上手くいき、意気揚々と出発を告げようとしたところ、誰かさんのお腹の音が盛大に響く。恥ずかしそうに顔を伏せるのは……隣のお姫様だった。いや、その隣の小さなお姫様もお腹を押さえている。
「……まずは小腹を満たすか。アイスでも買ってくる」
「お、お願い……」
「~~~っ」
締まらない展開にため息をつく。
そうして俺は仲良く手を繋いで顔を赤くする二人を背に、アイスクリームの屋台までひとっ走りするのだった。
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