第26話「かなりの悪戯好きになるんですよねぇ」



 ジンってどんな下着が好みなのかしら。


 トーカと一緒にブティックへと足を運んだ私は、ずらりと並ぶ色とりどりの下着の前で眉を寄せていた。

 ジンがここにいればそれとなく聞き出せたのだけれど、彼は「服屋は苦手だ」と言って引っ越し作業へと向かっていった。それにしても『服屋』って。言い回しが古くさい……。それだけで彼が専門外なのがわかる。


「いつもメイドが用意するものを着ていたから余計迷うわね……」


 そう思うと自分で下着を選ぶのは初めてかもしれない。好みや傾向はメイドに伝えていたけれど、こうして実物を前にして買い物をするのはなんだか新鮮だった。

 ちなみにトーカは先ほどジンから着信がありご機嫌に何か話していたけれど、終わってからというもの神妙な顔で自分のウエストと服のタグを見比べている。「サイズを変えたら認めてしまうことに……いえしかし……!」となにやらブツブツと呟いている。大方、ジンが何かデリカシーのないことを言ったのだろう。あの子はホントに……。

 私は、ふぅと息をつきながらも慣れていない下着の選別に戻る。


「むむむ……」


 メイド任せにしておいた生活が悔やまれる。

 こんなに私を悩ませるなんて、ジンのバカ。

 というかどうして私ナチュラルに彼好みの下着を探しているのかしら。うー、でもどうせなら可愛いって思われたいし……。

 それにこれから一緒に暮らすのだから、もしかしたら下着を見られるハプニングに見舞われるかもしれないし!

 私は夢想する。例えば、着替え中に部屋に入られて、可愛い下着姿の私を見てジンがたまらなくなっちゃったりとか! そう、そのままギュッと私を抱きしめて耳元で囁いて――


『リゼット、俺の可愛いご主人さ――』


「もし、そこの御方……」

「はっ、コホン……なにかしら」


 試着室の方から控えめな声をかけられ、トリップしかけた思考が戻される。


「コンタクトを落としてしまいまして……申し訳ないのですが、一緒に探していただけないでしょうか?」

「え、えぇ、わかったわ」


 了承しつつも一応トーカの方を見る。彼女は離れた売り場でうんうん唸っていた。


「……」


 トーカは取り込み中のようだし、小さな個室であればコンタクトもすぐ見つかるでしょう。そう思い、一人で白い手が手招きする試着室へと入っていった。


「ふふ、ありがとうございます、お優しい方」

「!」


 その姿を見た瞬間、思わず固まってしまった。

 四つん這いでコンタクトを探しながらも、顔だけこちらに振り向く黒髪の少女。

 右目のコンタクトをなくしたのか、手で隠しながらその少女は困ったように笑っていた。

 少女の白魚のような肌は照明を滑らかに反射し、その長い黒髪は艶やかに床に垂れている。まさに、大和撫子という言葉に相応しい、たおやかな少女だった。試着室に入った瞬間、清涼な風が頬を撫でるのを感じてしまったほどだ。

 しかし、それを差し置いて私に衝撃を与えたのは……、


「で、でっ――」


 でかい……胸が。

 あ、危ない。もう少しで言葉に出してしまうところだったわ。

 というか! というか!

 どうしてこの人ブラつけてないのー!?

 いえ、試着室なのだからわかるのだけれど! でも自分が裸なのに普通他人を呼ぶ!? おかしいでしょう!? 日本の女性って奥ゆかしいんじゃないの!?


「……? どうかいたしましたか?」

「うっ、い……いえなんでも」


 ショーツ以外の肌を惜しげもなく晒す少女が小首をかしげると、それに連動して暴力的なバストがゆっさりと揺れた。

 そう、暴力的……いえ、もはや暴力でしょうこれ。なにこれ。え、なに? 私今暴行を受けているの? 受けているわね。視覚への暴行罪よ暴行罪。もしもし? ポリスメン?


「クスクス……そんなにじっと見られると、恥ずかしゅうございますわ」

「はうっ、ご、ごめんなさい! 今探すから!」


 笑いつつも少女が恥ずかしそうに身を捩る姿に、不覚にもドキリとする。

 い、いけない。どうして私までドキドキしているの。確かに綺麗な女の子だけど、私そういう趣味じゃないから!

 私は慌てて床に膝をつき、慌ててコンタクトを探し始めた。


「こんな時に落としてしまうだなんて、困りましたね。ふふ」

「え、えぇ……」


 困りつつもクスクス笑う少女をチラリと盗み見る。初見はそのバストに自我を壊されかけてしまったけれど、上品に口元に手を当てて笑うその仕草は様になっており、なんだか大人っぽい。刀花はニコニコって感じだけれど、この人のはしっとり、という言葉がよく似合う。刀花をもっとより大人っぽくした感じの少女だ。

 少女……少女、だと思う。うぅん、なんだか見ているとよくわからなくなってくる。仕草や姿は大人っぽいのに、たまに浮かべる表情はまるで童女のように無邪気さを湛えている。なんというか……男の人が好きそうな要素てんこ盛りというか。女性らしさが女性らし過ぎて現実感がないというか。


 ――『魔性』


 なぜかその言葉が脳裏に浮かんだ。こんなに綺麗な人なのに、どうしてだろう。


「……そんなに気になりますか?」

「!?」


 盗み見るだけのつもりが、いつの間にか彼女の姿に魅入られてしまっていた。


「ごめんなさい、つい……」

「いいのですよ、慣れていますから。こんなに大きくなってしまって……ふふ、大切な人が傍にいるからでしょうか」


 なんだかどこかで聞いたような台詞だ。トーカがそんなこと言っていたような。というかその理論って本当なの?


「……」


 形には自信のある自分の胸を思わず見る。大切な人が傍にいたら大きくなる理論。ということは、私もこれから大きくなっちゃう? 第三次成長きちゃう? 見てなさいよトーカ、この私にマウントをとるのもこれまでよ。


「クスクス……ねぇ、好きな殿方がいらっしゃるの?」

「うえぇ!?」


 思わず考え込んでしまっていた私に、たおやかな少女はいたずらっぽく笑いかける。その色っぽい流し目に、なんだかクラクラする。


「ふふ、どのような殿方ですの? 教えてくださいまし」


 色っぽいと思ったら今度はワクワクした様子でこちらに問うてくる。コロコロと表情が変わる様はまるで万華鏡のようで目が離せない。


「え、え……その。ぶ、不器用だけど頼りになる人で、でもちょっと意地悪な部分もあって……」


 少女の雰囲気に飲まれ、私は混乱しながらも彼のことを話してしまう。


「妹にはとても甘いのに、私には時々意地悪するというか。さっきもすごく恥ずかしかったし……でもでも、そういうところもなんだか新鮮で……私だけにする意地悪っていうのもドキドキするというかっ」

「あらあら」


 もはやコンタクトを探すそぶりすら見せず、目の前の少女は私の話に聞き入っている。


「ふふ、あなた、恋をしていらっしゃるのね。素敵ですわ」

「え!? そ、その……」


 って私なんで見ず知らずの人に惚気話をしてるの。い、いけないわ。妙な雰囲気に飲まれてしまったけれど、早くコンタクトを探してあげなくちゃ。

 私は途端に恥ずかしくなり、赤い顔を隠すように床に視線を落とす。そうして捜し物を再開しようとした瞬間――


「――本当に素敵ですわ」

「!?」


 耳元で囁かれる声にゾクリとする。こ、この人、いつの間に背後に……!?


「素敵ですわ、可愛らしいですわ――」

「ちょ、ちょっと!?」


 彼女が私の身体を押し、私は仰向けになってしまう。少女は右目を隠したまま私を押し倒し、覆い被さるようにして私を眺めている。その豊満なバストを隠しもせず、少女はペロリと舌なめずりして、


「――食べてしまいたいくらいお可愛いですわ」

「!?」


 ひー!?

 何がこの人のスイッチを押したのー!? わ、私には心に決めた眷属がー!?

 少女はクスクス笑いながら距離を詰めてくる。む、胸が! 押しつけられてすごいことに! 濡れる唇が色っぽい! というかなんで私こんなにドキドキしているの!? 嫌なはずなのに! 見ず知らずの人のはずなのにー!?


「私にも好きな方が二人いますの。一人は妹ですけれど、もう一人は……ふふ、あなたのように恥ずかしがりで、とってもからかい甲斐のある子ですのよ……?」


 蕩けるような声と瞳に魅入られてしまう。い、いけない! このままじゃ私、百合の花が咲き乱れてしまう!?

 

 た、助けてジンーーー!?


 ギュッと目を瞑り思わずそう念じる。このままじゃ私、う、奪われちゃうー!?

 心の中で助けを呼んで震えていると、少女の気配が顔のすぐ近くを通り過ぎ、耳に唇を寄せたかと思うと……、


「時間切れですわね。ふふ、承知いたしましたわ、?」

「!?」


 え、今この人なんて言ったの……? ど、どうして……。

 目を見開く私に、少女は悪戯っぽく笑いかける。何も言えずに見つめ合っていると、試着室の外から足音が聞こえてきた。


「リゼットさん、ここですか? なんだか妙な物音が聞こえましたが――あっ」

「あっ」


 ひょっこりとトーカが試着室に顔を覗かせる。しかし仰向けの私と、裸の少女を見て、どこか察したような声を出したトーカは……、


「まさか兄さんを狙うと思わせて、私狙いだったとはやりますね。まんまと騙されてしまいました……」

「ちがうー!?」


 妙な誤解をしてうんうんと頷くトーカに涙を流しながら助けを求める。


「冗談ですよ。それにしても珍しいですね、兄さんが姉さんになっているなんて」

「え、オネエさん……?」

「リゼット様、カタカナにしないでくださいまし」


 少女は少し残念そうにしながら身体を離し、指を鳴らす。するといつの間にか暗い色の和服がその身を包んでいた。


「申し遅れました――」


 少女はしゃなりとこちらにお辞儀をし、押さえていた右目を解放し霊力を流し込む。


「非戦闘潜入用の姿にございます。ふふ、酒上鞘花さかがみさやかとでもお呼びくださいね、マスター?」


 その瞳には、私の眷属を示す紋章が霊力を流し込まれ紅く煌々と輝いていた。

 

 えー……そんなのアリなの……?

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