第6話「あ、ジャパニーズツンデレってやつね?」





「それで? なぜお前ここにいるのだ」

「いきなり失礼ねあなた」


 それとお前じゃなくてリゼットよ、とツンと顔を逸らしながら彼女は付け足した。


 夜食のカレーを食べ終わり、食後のお茶を淹れてどっかとちゃぶ台の前に座って吸血鬼に問う。そもそもなぜ英国の吸血鬼が日本の一都市になどいるのか。


「留学よ、留学。夏休み明けからこっちの学園に通うの」

「あ、もしかして薫風ですか?」

「えぇそうよ」


 頷くリゼットに刀花は嬉しそうに「もしかしたらクラスメイトになるかもですね」と笑みを向けた。

 そんな刀花を横目で見て俺はふんと鼻息を鳴らす。


「刀花に迷惑をかけるなよ」

「かけないわよ」


 全く、クンプーだかカンフーだか知らんが異国の吸血鬼を受け入れるなど……まぁ吸血鬼であることは伏せているだろうが。


「……」


 吸血鬼、か。

 目の前で茶を上品にコクコクと飲む小柄な少女を見ても、正直実感は湧かない。伝承に聞く吸血鬼というならば、もう少し脅威を感じてもいいはずだが……。


「そういえば吸血鬼なら血は吸わなくていいのか」


 普通にカレーを食べていたが。もしや!


「貴様、刀花の血を吸うつもりではなかろうな……」

「ちょっと鳥肌すごいから殺気向けるのやめてくれない?」


 冷や汗を流しながらも気丈に振る舞うリゼットに少し鼻白む。慣れてきたなこいつも……。


「確かに血は必要だけれど、毎日ってほどではないわ。それに今は通販で買えるしね」


 通販ってすごい。


「今時、人から吸おうなんてダサいわよ? 格式張ったかび臭い吸血鬼って思われちゃうんだから」

「吸血鬼にも時代の流れがあるんですねぇ……」


 刀花は感心したように頷く。俺も物語で語られるような吸血鬼像しか知らなかったので、吸血鬼社会にもいろいろあるものだと多少考えさせられてしまった。


「なるほど、現代の吸血鬼はそれほど血は必要ではないのだな」

「……そうね」


 む?

 なにやら歯に何か挟まったかのような言い方だが……。


「とにかく、私は留学でこの国にやって来たのよ」


 文句ある? とでも言いたげに片目を瞑って言い放つ。


「ふむ、供はいないのか?」


 初めて会ったときから感じていたが、彼女からは何か常人とは違う雰囲気……言ってみれば華があった。一般家庭出身というわけではないだろう。そんな少女が、供も付けずに異国の地で独りというのも考えにくい。しかし、


「……いないわ、私一人よ」


 一瞬その瞳に影がよぎったが、リゼットはそう答えた。


「……」


 何かあるな。

 とはいえ、吸血鬼社会に詳しいわけでもない俺達がしゃしゃり出るのもなにか違うだろう。責任も持てん。


「お住まいはどこなんですか?」


 刀花がリゼットに追加のお茶を注ぎながら質問する。


「ありがとう。郊外の森にあるお屋敷よ」

「そんなものあったか……?」


 俺達がこの地に住み処を移したときに下調べはしたはずだが……。気になるな。何が刀花の身を脅かすかもわからん、調べるとしよう。


「どれ」

「ひゃっ!?」


 俺はリゼットの額にかかった金髪を払い、自分のおでこを彼女のそれとくっ付けた。


「ちょ、ちょっと……!」


 慌てたような声を上げる吸血鬼は無視する。

 くっ付けた頭からイメージを読み取る。二階建ての立派な洋館だ。しかし、結構ボロが目立つような……。


「ふむ、確かにあるみたいだな」

「なにして……!」

「だいぶ古いみたいだが」

「い、息がかかっ――」

「廃屋だと思って見逃したか……ん?」

「も、もうやめて……」


 気が付けば真っ赤になって涙目で震える少女が目の前にいた。白い肌に、少しの朱色であってもその紅はよく目立つ。


「兄さん? 私以外の女の子とのラブコメは禁止ですよ」


 ずいっと俺とリゼットの間に身体を割り込ませ、湿っぽい視線を向けてくる刀花は少し不満気だ。心配性だな我が妹は。


「俺は刀花一筋だ」

「本当ですか?」

「ああ、そこの吸血鬼など目にも入らない」

「あなた本当に失礼ね……」


 俺の宣言に、赤くなっていたリゼットはげんなりした様子で立ち直った。


「しかし、あんなところに一人で住んでいるのか?」


 結構な広さだ、手入れも一苦労だろう。手伝いの者でも雇っているのだろうか。

 そう聞くと、リゼットはむすっとした顔で腕を組んだ。


「そうよ、だから眷属を増やそうとしたんじゃない」

「あー……」


 なるほど、合点がいった。なぜこの異国の地でいきなり眷属などと思っていたが、彼女は生活の助けを必要としていたのだ。

 リゼットは暗い表情で溜め息をついている。


「今日初めてお屋敷を見てみたのだけど、埃まみれだし虫も出るし……」

「え、今日が初めてだったんですか!?」

「こっちに着いたのが今日だったのよ」


 英国から空港近くのホテルで一泊してからこちらに来たらしい。


「旅の疲れも抜けてないのに……」


 深く息を吐くリゼット。

 文化もルールも違う国で供も付けずにたった一人生きていこうとする少女。吸血鬼とはいえその顔には色濃く疲労が浮かんでいた。

 その小さな身体を一際縮こまらせるその様子は、見ているこちらも夏だというのに寒くなってくるほどだ。


「ねぇ、兄さん……」

「……」


 刀花の言いたいことはよく分かる。心優しい彼女のことだ、今の話を聞いて心を痛めたのだろう。

 刀花の身を守る俺としては反対だが、刀花の願いを叶えてやりたいと思うのもまた事実。

 それに、まさか来日して間もない身だとは思わずこちらもいろいろしてしまったという負い目もある。


「……好きにするといい」

「ふふ、兄さん大好き」


 ポニーテールを嬉しそうに揺らして抱き付いてきた刀花の頭をくしゃりと撫でてリゼットの方を見る。不安げにこちらを見る吸血鬼は、打ち捨てられた子猫のように儚げだった。


「話は聞いていただろう、今晩は泊まっていけ」

「……でも」


 紅の瞳を伏せて逡巡する様子を見せるが、刀花が追い討ちをかけた。


「いいじゃないですか。日本の諺にもあるんですよ、袖振り合うも多生の縁って」


 刀花はパチリとウインクして立ち上がった。


「ですから、リゼットさんがウチに泊まるのは決定です! 私お風呂沸かしてきますね!」

「ちょ、ちょっと……」


 刀花は強引に話を打ちきりお風呂場の方へとステップを踏みながら消えていった。そんな刀花を、リゼットは唖然として見送っている。


「……あなたの妹、優しいようで結構強引なのね」

「そこもまた可愛いところだ」


 他人を立てる部分では立て、しかししっかりと我は通す。言うなれば強かな妹なのだ。


「それにあの屋敷はまだ人が住める段階ではないだろう、仕方あるまい」

「……」

「なんだ?」


 じっと伺うようにリゼットは赤い瞳をこちらに向けてくる。


「……てっきり反対されるかと思ったわ。『刀花に何かあったら危ない』とか言って」


 よくわかっているじゃないか。

 俺は腕を組み鼻を鳴らした。


「刀花がそう決めたのならその意思を尊重し、全力でその願いを叶える。それが俺の仕事だ」

「あなたは?」

「……なに?」

「あなたは、どうしたいと思っているの?」


 ……妙なことを聞く。

 もちろん面倒だと思っている。契約とやらも一時的に断ち斬っただけで解消もしていない。彼女の様子を見ると記憶も司っている様子なのでスッパリ断ち斬ってよいものか扱いが難しいのだ。それに刀花の安全も確保したい、が……。


「……」


 ツリ目気味な赤い瞳を、今は所在なさげに揺らす華奢な少女を見て……嫌味を言う気にもなれなかった。


「ふん、別にどうということはない」


 俺は言いながら大きく霊力を込めた脇差し程度の刀を作り何もない空間に振り下ろす。

 パックリと何もない空間に切れ目ができ、そこにガサゴソと探るように手を突っ込んだ。


「お前程度が刀花に何かする前に、お前を切り刻むことくらい造作もないのだと判断したに過ぎない」


 指先に固い手応えを感じ、掴んで空間から引っ張り出した。


「あ、あら……」


 おっかなびっくりこちらの様子を見ていたリゼットは、俺が引きずり出した物を見て目を丸くした。


「だから……なんだ、お前が憂慮すべきことなど何もないということだ。わかったか」


 それはリゼットがボロ屋敷に置き去りにしていた旅行鞄だった。先ほどイメージを読み取ったときにチラリと見えて位置を把握していたのだ。そこに空間を繋げてこちらに引き寄せた。これが無いと不便だろう。


「そら」

「あ、ありがとう……」


 無造作に手渡す俺をしげしげと眺めるその瞳に微妙な居心地の悪さを感じる。


「やることのスケールは滅茶苦茶だけれど……なんだ、案外便利じゃないあなた」

「む……」


 そ、そうだろうか?

 しっとりと瞳を細めてこちらに笑顔を向けるリゼットに少し息が詰まった。


「……」


 いやいや。何をほっこりしているんだ俺よ。別に刀花以外の者に褒められたからと言ってホイホイ靡く俺ではないのだ。無双の戦鬼を甘く見ないでもらいたいものだな!


「……む?」


 目を合わせづらく、顔を逸らしていた俺の視線の先に、ひょいと茶色い物体が入り込んできた。バターのかぐわしい香りが鼻をくすぐる。


「今はこれくらいしかないけれど、せめてものお礼よ」


 見るとリゼットがクッキーを摘まんでこちらに差し出している。


「……そうか、いただこう」


 素直に手で受け取ろうとしたら彼女は悪戯っぽく笑ってその手を避けた。手で受け取るのは彼女の意にそぐわないらしい。これも含めて礼なのだろう。


「おい、俺は犬ではないぞ」

「トーカの犬みたいなものじゃない」


 確かにそうだな。

 しかしお前の犬ではない。


「ガブリ」

「あっ!」


 子犬のようにお行儀よく……ではなく猟犬のように獰猛にその手からクッキーを奪ってやった。

 想像していたのと違った展開にリゼットは頬を膨らませて不満げにこちらを見る。ふん、俺を手なずけようなど百年早いというのだ。


「道具のくせに生意気~」

「その道具を上手く扱うのも、使い手の器量というものだ」


 唇をとがらせるリゼットを尻目にクッキーを味わう。甘いな。味も、この空気も。

 ――だが、悪くない。


 その後、刀花が「兄さんが餌付けされてます!」とショックを受けた様子で帰ってくるまでこの空気は続くのだった。

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