第5話 小鬼王

 暗くジメジメとした洞窟内をゴブリンの長を先頭に奥へと向かっていく。次に俺。後ろには先ほどのホフゴブリンがついてきていた。おまけに引っこ抜いた切り株も持ってくれている。このホフゴブリンはいい奴らしい。モンスターにいい奴もないもんだが。

 洞窟の最深部に着くと、ゴブリンの長は俺に振り返る。

 俺もつられて振り返ると、俺の背後には見渡す限りのゴブリンの群が目を光らせていた。

 洞窟の奥で、明かりである松明も数えるほどしかないので、ゴブリンの正確な数は分からない。闇の中に数十、いやひよっとしたら数百のゴブリンがうごめいていた。

 ゴブリンの長はぐるっと俺の背後に回り込むと、ゴブリンの群の先頭に立つ形になった。

『ここにいるのが我が一族の全てですじゃ』

 俺はゴブリンの長の言葉にゆっくりと頷く。

『いいか、貴様等。今、この瞬間からお前たちの王は俺だ!俺が小鬼王ゴブリンロードだ。俺の命令は絶対だ!』

 暗闇の巨大な蠢く物体に向けて、力一杯叫んだ。

 ゴブリンたちから、ざわざわと声が聞こえだした。恐らく自分の側にいる仲間と俺の宣言について会話を交わしているのだろう。

 しばらくしてざわつきが収まったところで、ゴブリンの長が再び口を開く。

『あなた様の力は先ほど見させていただきました。我が一族の王になることに対して依存はありませんが、王のお名前をお教えいただけませんか?』

 そういえば、ゴブリンたちに自分の名前すら名乗っていなかったことを思い出した。

 本名は、緑川彰人みどりかわ あきとだが、さすがにこの名前ではセヴィオディンでは浮いてしまう。

『俺の名前はミドー・アーキーだ』

 俺は初めからこの世界で使用する名前をこれで統一していた。もう、何度この偽名を名乗ったのか分からない。

『ミドー様。重ねて質問させていただいてもよろしいでしょうか。何故、それほどのお力をお持ちであるのに、我が一族の王に?他に、我が一族よりも力を持った種族はたくさんおりますのに……』

 ふん、確かにそう考えるのも不思議はないだろう。しかし、俺の今後の目的のためにはゴブリン程度の力の方が都合がいいのだ。

『それは、おいおい教えてやろう。まず、貴様等にやってもらいたいことが一つある』

 俺はそこまで言うと、たっぷりと間を空けて一呼吸。

『近隣の町や村の人間を襲ってこい!』

 静寂。やっと聞こえるのは衣擦れの音ぐらいか。

『ちょっといいですか?』

 声から察するに、若そうなゴブリンなのだろう。その声が闇の中から聞こえてきた。

『なんだ?』

 人間を襲う度に報酬でもよこせとでもいうのだろうか。それならそれで、面倒だが錬金術師アルケミストのスキルで石を金に変えてやってもいい。

『我々一族は、現在近隣周辺の町や村とは友好な関係を築いています。それを理由もなしに人間を襲うというのは……』

 ふむ、こいつらにモンスターとしてのプライドはないのだろうか。

『お前等はそれでもモンスターか?理由がなければ、人間を襲うこともできないと言うのか?』

『しかし……』

 若いゴブリンがゴブリンの長の隣まで歩み出てきた。

 俺はその若いゴブリンに向けて、指を弾く。空気が弾かれて、若いゴブリンを吹き飛ばした。

『王に口答えは許さん!』

 俺はそう言って、闇の中の光る目を睨みつけた。

『分かったら、さっさと行け。人間を襲ってこい!』

 俺はそう叫ぶと、手頃なところに腰を下ろした。

 ゴブリンたちは、渋々といった様子で外へと出て行く。先ほどのホフゴブリンも俺に切り株を渡して、外へと向かって行った。他に反抗するゴブリンが現れると思ったが、どうやら大人しく命令に従ってくれたようだ。

 しかし、洞窟の中はジメジメしているし、明かりも少ない。ここで快適に生活をするには、もっと明かりを増やす必要がある。それに簡単な家具も必要かもしれない。

 別の用途で使おうと持ってきた切り株だったが、イスも作る必要がありそうだ。

 俺は洞窟に残っていたゴブリンの長や雌、子どものゴブリンに向けて質問をぶつけてみた。

『人間を襲うのはいいが、お前等は普段の食事はどうしているんだ?子どもたちにまで十分に食料は行き届いているのか?』

 それにゴブリンの長が答える。

『普段は森の木の実を取ったりしていますが、正直なところ十分に行き届いているとは言えません。皆、常に腹を空かせている状態です』

『……そうか』

 俺は立ち上がると、洞窟に残っているゴブリンの子どもたちに向けて声を掛ける。

『おいっ!子どもたち集まれ!』

 俺の言葉にゆっくりとゴブリンの子どもたちが集まってくる。どうやら俺のことを恐れて近寄るのが不安なようだ。

 ゴブリンの子どもたちが集まると、俺は子どもたちに問いかける。

『どうだ?腹は減ってるか?』

 俺の問いかけに、ゴブリンの子どもたちは無言で頷く。

 俺は深いため息を吐くと、ユノアザの袋一つを子どもたちの前に差し出す。

『子どもたちで分けて食え』

 俺のその一声で、ゴブリンの子どもたちは恐る恐る手を伸ばす。俺がそれを見守っていると、その手は次々と増えていった。

 俺は近くで頬張っていた子どもに声を掛けてみた。

『ユノアザっていうお菓子だ。食べたことあるか?』

 子どもは、やはり無言で首を振る。

『おいっ、長老。ちょっと出てくる。俺が帰ってくるまでに洞窟内の明かりを倍……三倍に増やしておけ』

 俺はゴブリンの長にそう言うと、洞窟の外に向けて歩き出した。明るい方へ何となく歩いていくと、外に出ることができた。

 さて、もう一度街へ行くか。

 洞窟の側にある大木をぶった斬って、それを街に向けて放り投げて、それに乗っていくこともできるが、方向が正確でないし、降りるときは大木を燃やすか何かしないと着地点に影響が出る。さすがに理由もなく街を破壊する訳にはいかない。

 俺は軽くジャンプすると、そのまま空中へと浮かび上がった。武闘家、武道家、拳聖ゴッドハンド系のスキルである、飛行拳ひこうけんだ。

 空中を滑るようにどんどん上昇すると、左手の奥に街が確認できた。おそらく、あれがシャイトンの街だろう。

 俺はシャイトンの街へ向けて、滑空する。みるみる街が近付いてきた。

ある程度街に近付くと、空中から地面に向けて滑空し、着地した。

 先ほど砕いた岩のかけらを見つけると、再び、拳大ほどのかけらを手に取り、意識を集中した。

 あっという間に手の中にあった岩のかけらは、金色に輝く金に変わった。

 俺は、そのまま街へと入ると、先ほど金を売った店とは別の店で金を売り、袋いっぱいの金貨を手に入れた。

 店を変えたのは、一日に何度も金を売りに来る客なんて、目立つに決まっている。なるべく目立つのは避けたい。特に今のうちは。

 しばらく街をうろつく。街の中央部近くに、露店が集まっている市場を見つけた。

 手持ちの金貨で変えるだけの野菜と調味料を少し、露店の中で一番大きい鍋を購入する。

「あと……種芋ってある?」

「あぁ、ありますよ」

 露店のおばちゃんは、二つ返事で大量の種芋を譲ってくれた。

 俺は複数の麻袋に大量の野菜と種芋を分けて入れ、一つの麻袋の上に鍋を逆さにして乗せた。

 その麻袋たちを縄でぐるぐる巻きにして固定し、両手で頭の上まで持ち上げた。そのまま、街の外まで移動する。

 街の外に出ると、俺は街を振り返った。特に俺に注目している人間はいないようだ。

 俺は飛行拳ひこうけんを使い、空中に浮かび上がった。

 ええっと、確かゴブリンの洞窟はあっちだったよな。シャイトンの街に来たときとは反対に行けば、洞窟に戻れるはずだ。

 俺はある程度まで上昇すると、滑空してゴブリンの洞窟を目指す。

 しかし、ゴブリンたちは俺が行くまで食料をどうしていたのだろう。絶対に足りていないはずだ。常に飢えている状態なのだろうか?

 しばらく滑空すると、ゴブリンの洞窟が見えてきた。やはり、陸からより空からの方が、早いし、目的地も見つけやすい。

 と、ここでせっかくシャイトンの街に行ったのに、ユノアザを買ってくるのを忘れたことに気付いた。一袋はゴブリンの子どもたちに分けてしまっている。残り一袋しかない。

 あぁ、ユノアザをゴブリンの子どもになんて分けてやるんじゃなかった!

 俺は暴れ出したい気持ちをグッと押さえて、洞窟の側に着地する。

 鼻息荒く、洞窟の前に荷物を放り投げる。

『おいっ!暇な奴ら、外に出てこい!』

 しばらくすると、俺の声に反応してゴブリンが外に出てくる。ゴブリンの長を先頭にして。

 どうやら、まだ俺は全く信用されていないらしい。ユノアザ一袋を提供しているというのに……。

 俺はため息を一つ吐くと、ゴブリンの長に声を掛ける。

『野菜と鍋を買ってきた。これを食料の足しにしろ。それに、種芋もある。畑を作りたいが、川は近くにあるか?』

『おおっ、小鬼王ゴブリンロード。我が一族の食糧難を考えてくださるとは……この長感謝しても、感謝しきれませんぞ』

 言いながら、ゴブリンの長は涙を流さんばかりに目を潤ませている。

『いいから。川はどの方角にあるんだ?』

『水は洞窟内にも少し湧き水がありますが、川は洞窟を背にして右側にしばらく歩いたところにございますじゃ』

 ゴブリンの長はまだ、目を潤ませている。

 ふーん、右側か。

 俺は外に出てきたゴブリンをどかす。

「武闘家スキル、土竜波!」

 ほとんど八つ当たりに近い感情を乗せて、地面に拳を打ち込む。

 洞窟を背にして、右側の木々に向けて地面をエネルギーが伝っていく。持て余したエネルギーは、地面の上をボコボコとまるで土竜もぐらが地面を行くように盛り上げていく。そして、木々が生い茂っているところまでエネルギーが到達すると、木々ごと地面が弾け飛ぶ。それは、ほとんど爆発だった。しかし。これで地面を耕すことができた。

 吹き飛んだ木々や地面はそのうちどこかに降り注ぐだろうが、俺には関係ない話だ。

 後は、ゴブリンたちに種芋を植えさせて、水をかけておけば、そのうちに芽が出るだろう……たぶん。

 目を丸くしているゴブリンたちを尻目に、俺は買ってきたものを開封していく。

 開封した種芋が入っている麻袋をゴブリンの長に向けて放り投げる。

『おいっ!お前等でこの種芋を植えて、そこに水をかけておけ。芋に育てば、少しは食料の足しにはなるだろう。水は二日に一度かけるように当番を決めるんだ』

 ゴブリンの長は、俺が言ったことを他の人間を襲いに行っていないゴブリンたちに復唱して伝える。

 そこへタイミング良くさっき吹き飛ばした大木が降ってきた。

 ちょうど薪が欲しかったんだ。俺は飛び上がると手刀で、大木を掴める程度の太さに切り刻む。

 不要な枝や葉は空中で炎の魔法で燃やしてしまう。その火種は切り刻んだ薪に燃え移る。

 落ちてきた薪はたき火用に組まれていく。それ以外は、洞窟の側に並ぶようにバラバラと落ちていった。

『次は料理を教えてやる。ゴブリンの雌は集まれ。次からはお前等が作るんだからよく見ているんだ!』

 俺は近くにいたゴブリンの子どもたちに洞窟の湧き水から鍋に水を汲んで来させると、ナイフで適当に野菜を切り刻んで鍋にぶち込んでいく。そして、調味料も適当に。

 ここまで来た時点で、ゴブリンたちには食器を持ち合わせていないことに気が付いた。これでは、作った野菜スープを食べようがない。

『これでだいたい完成だ。後はしばらく煮込めばいい』

 俺の周りで輪を作っていたゴブリンの雌たちを見ると、理解してくれたようで頷く者が数名いた。

『そんなことより、長!ちょっと来てくれ!』

 俺の声でゴブリンの長は慌てて俺の側までやってきた。

『どーしました、小鬼王ゴブリンロード?』

『食事をするための食器がない!器もスプーンも。今から各自で作れるか?』

 ゴブリンの長は少し考えてから、

『まぁ、なんとかなりましょう。我らは一食ぐらい食べなくても問題ありませんし』

 と、開き直ったような口調で答えた。

 俺ならナイフで木から器やスプーンを作ることができるが、いかんせんゴブリン全員に行き届く数を作るのは時間もかかるし、しんどい。

 どうしても魔法でちょいちょいというわけにはいかない。物を破壊するとか大雑把なことには魔法は重宝するが、今回のように細かいことには向いていないのだ。

 俺は洞窟近くの木を切り倒し、自分の食器を作り始めた。が、やはり細かい作業はめんどくさい。人間を襲いに行った連中が食器でも持ち帰ってきてくれると助かるのだが……。

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