第31話 小五郎さんの初芝居

「これ以上ヤツを野放しにしておく理由はありません。今日中に退治しましょう」

「う~む、やはりそれしかないのかのぉ」

「ババさま、大変だぁ!」


 村長宅にて村長と雅が暁斗の処遇について話し合っていると聞き、小五郎は息を切らせてその部屋に飛び込んだ。

 生まれてこの方演技なんてしたことないうえ、度胸があるとは言えない性格ゆえ小五郎は指先が震える程の緊張具合だった。


「どうしたんじゃ、小五郎」

「キミにはあの娘の見張りを頼んでいたと思うけど?」

「そ、そうなんだ。みはっ、見張ってたんだが、あの娘妙な術を使えるようでドアを破壊して、そんで、に、逃げられてしまって」

 声が上擦ってしまったが、ここに来るまでに何度も千世と練習した言葉を一気に吐き出す。


「なんだって!」

 すると目の色を変えた雅が怒りの形相でやってきたので、小五郎は小さな悲鳴を上げた。

「キミはあんなに簡単な仕事さえこなせない程の屑だったのか」

 胸ぐらを掴まれ背中を壁に叩き付けられる。

 体格で言えば小五郎の方が大きいというのに、雅は見たに似合わない怪力のようだ。


「す、すまない、オラっ」

「謝って済むと思うな……まさかとは思うが、キミあの子に寝返ったわけじゃないよね?」

「ひぃっ!?」

 ダメだと思いながらも、小五郎は自分の目が泳いでいるのを感じて冷や汗が吹き出す。


「ん? なんだ? なにか企んでるのかな?」

 雅の猫なで声に目を瞑って首を横に振ることしかできなくて、小五郎はつくづく自分を情けなく思った。


「今なら、まだ正直に話せば許してやってもいいんだよ? それとも、彼女を逃がしたバツが必要かな」


 許してください、と縋りたくなった。

 もう惨め過ぎて泣きたい気持ちだ。あの子は、一花は、か弱い見た目とは裏腹に、自ら身体を張ってこの得体のしれない男に挑もうとしている。

 なのに、自分は……男を前に震えあがることしかできないなんて。また逃げ出したいと思ってしまうなんて……。


「オラ、オラは……娘一人も見張れないような情けない男だ! 処罰するならすきにしてくれ!」

 腹の底から叫んだ。肩を小刻みに震わせながら。

「ぐっ!」

 すると遠慮なしに腹を殴られ小五郎が蹲る。


「キミの処罰は後々ね。おい、娘が逃げたぞ捕まえろ!」

 生まれて初めて殴られて、痛みと共に気持ち悪くてよろめきながらも小五郎は立ち上がった。

 まだ自分には仕事は残っているから。


「これ、小五郎動くでない」

 同情した村長に手を差し出されたが小五郎は首を横に振り、自力で歩き出す。

「ババさま……オラ、この村を救ってみせるから。いつも、心配ばっか掛けてごめんよ」

「ど、どうしたんじゃ急に」


 小五郎はなにも答えぬままよたよたと壁を伝って歩き外に出た。

 そこには村の若者たちを集めた自衛団たちに指示を出している雅の姿がある。

「いいか、女は生け捕りにっ」


「皆、聞いてくれ! 逃げ出した彼女は、妖魔の術に操られ凶暴なんだ! 怪しい術も使うし、人だって襲う。生け捕りなんて無理だ、自分の命が惜しかったらすぐに始末してしまえ!」


 雅の声を遮ったのは、よく通る大きな声だった。皆、小五郎の言葉に頷き「おー!」と声高らかに走り出す。

「待て、勝手なことをするな!」

 雅が叫んでも、勇ましく出動を始めた若者たちは聞いちゃいない。

 すぐに散り散り一花を狩りに駆け出したのだった。


「なんてことをっ、おい、なにを企んでる。このっ!」

 雅に殴られた小五郎はその場に倒れ、蹲ったままされるがまま蹴られ続ける。

「オラ、間違ったことは言ってないぞ。あの娘は妖魔の術に掛かってるって最初に言ったのは雅様じゃねぇか、ぐっ」

「黙れ!」


「危ない存在はすぐに始末するべきだって言ったのも雅様じゃねぇかっ、グハッ」

「もうおやめくだされ!」

 村長が自宅から飛び出してきた。杖で雅の胸を押して小五郎から離す。


「小五郎の言うとおり、危険な存在は即始末すべきだとおっしゃったのは貴方だ。この子の相手をしている暇があるなら、危険だという例の小娘をどうにかしてくだされ」

「……チッ、ええ言われなくても。彼女はボクの手でどうにかしますよ」

 普段の外面の良さは演技だったのだと伺わせるような怒りの治まらない足取りで雅はこの場を離れて行った。


「うぅ、いててててっ」

「なにをやっておるのじゃ、このばかもの」

「いてっ、ババさままで殴らないでくれよぅ」

「これ以上心労を増やさないでおくれよ。お前になにかあっては、先立たれたお前のご両親にも顔向けできないじゃろう」


「ババさま、ごめんな。オラ、もうひとがんばりしたら、ババさま孝行しに戻って来るよ!」

「なにを言っているのじゃ」

「両親を早くに亡くしたオラと姉さんを守ってくれたババさまには感謝してるんだ」

 へへっと鼻を掻いて照れ笑いを浮かべたら、ムリするなとまたぽかっと頭を殴られる。


 体中が痛くてボロボロだったけれど、なんだか心だけは軽くて、小五郎は千世の待つ暁斗が捕えられている場所へと軽やかな足取りで向ったのだった。

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