第23話 小屋の片隅で平和を願うぼっちゃま
カタン――
小五郎の屋敷内に忍び込んだ一花は、庭の片隅の方から物音が聞こえ足を止める。
そこは庭の手入れ道具や使わない物を保管する物置小屋のようだが、小五郎はそこにいる気がした。
迷いなく一花は、その小屋の木で出来たドアに手を伸ばす。
「み~つけた!」
「ひぃ!?」
分かりやすい悲鳴を上げ、小五郎は突然現れた一花の姿に身を竦める。
彼は小屋の隅っこで、大きな木箱に寄り掛かりながら辛気臭い顔でしゃがみ込んでいた。
どう見ても瞑想中には見えない。
「なにが瞑想中ですか。ただの引きこもりじゃない」
「ななな、なんで一花さんがここに。千世はいったいなにをしてるんだ!」
「おっと、千世さんを責めないで。彼女なら買い物だよ。わたしはその隙を突いて、勝手に入ってきたの。彼女に非はないでしょ」
「なにを得意げに不法侵入宣言してるんだい!? 人の家に勝手に!」
「小五郎さんにど~しても急ぎで聞きたい事があったから……文句あります?」
詰め寄って顔を近づけると、小五郎が大きな身体をこれ以上無理だという程縮込ませ、文句はないですと控えめに答えた。
「それで、オラに聞きたい事と言うのは?」
「村人さんたちに聞いたんだけど、暁ちゃんに生贄を捧げるように最初に言い出したのはあなただって」
「そ、そうだが。アイツは極悪非道な妖魔だから。生贄を与えないと暴れまわるかもしれないし。いや、暴れまわるから、だから被害を最小限に抑えるために……」
「暁ちゃんは生贄なんて一度たりとも求めたことないって」
互いの鼻の頭がくっつきそうなほど近くで問い詰める。
「そそ、それは、みんなが退魔師らしい助言をしろと言うからオラは……と、とにかく! オラはあの妖魔が姉さんを灰にした瞬間を目撃した張本人だ! だから知ってるんだ。アイツが生贄を与えないと暴れるような凶悪な妖魔だってことを」
「それだって、暁ちゃんはやってないって言ってるよ」
「やってない!?」
オドオドしていた小五郎は、その言葉に突然目の色を変えた。
「オラの目の前で姉さんを灰にしたくせに、いけしゃあしゃあとそんなことっ」
「頭に血が上る気持ちも分かるけど、よく思い返してみてほしいの。小五郎さんが見たのは、どんな場面だった?」
「何度も言わせないでほしい。オラは、横たわる姉さんが暁斗の腕の中で灰になるのを、この目で見たんだ!」
「そこだよ。小五郎さんは直接暁ちゃんがお姉さんを襲っている所を見たわけじゃない。いくら妖魔だからって、抱きしめただけで相手の精気を吸い上げ灰になんてできるのかな」
小五郎が見たのは襲われた後の清子を、暁斗が抱き上げているところだったのだと伝えるけれど、血走る彼の目を見て、信用されていないとすぐに分かった。
「雅様の言う通り、一花さんはあの妖魔に誑かされおかしな術に犯されてる」
「おかしくなんかなってないよ」
「おかしくなった人間に自覚症状があるわけないだろう。早く雅様の元へ行って、治療してもらえばいいんだ。あの方はすごい人だから。あの方にお任せすればなんの間違えもないんだ。全部、全部、解決してくださる」
呪文のようにそんなことを呟く小五郎に、一花はムッとした。
遠慮なくムッとした態度を睨んで伝えてやると、彼は大きな身体を竦ませる。
「そっちこそ、ここ数日で随分と雅さんとやらに洗脳されているようだけど」
「し、失礼な! オラが洗脳されているわけないだろ!」
「あら、洗脳されている人間に自覚症状はないんでしょ」
「そんなことない。オラは正気さ!」
「小五郎さんだって、仮にもこの村の退魔師でしょう。それを、よそから来た同業者を信頼して、村の危険を他人に任せて自分は安全な場所に引きこもるなんて。このままでいいの?」
「そ、そんなこと言われても。あの人は素晴らしくお優しい方なんだ。だからオラはなにもしなくていいって。大人しく屋敷にいれさえすれば、暁斗も退治して全部解決してくれるって」
「そんなこと言われて、あっさり言いなりなの?」
一花は静かに微笑みつつ、真冬の気温を体感できるぐらい突き放した声音で問い掛けた。
小五郎は分かりやすいぐらい震えあがりながらも素直に大きく頷く。
「そんなことして、村の危機を救った手柄を全部あの人のものにされたら、どんなことになるかちゃんと考えてみて」
「ど、どんなことって。平和なことになるなって、オラは」
「も~、この大きなお屋敷も、今までなに不自由なくしてきた暮らしも、あなた方家族が村で唯一の退魔師一族だったからでしょう」
「そ、そうだけども。といっても、姉さんで三代目、そこまで由緒正しき歴史があるわけじゃ」
だめだ。この人。大きなクマさんみたいな容姿だけど、中身は頼りない世間知らずなお坊ちゃんなのだ。
「村が危険に晒されているこの状況で、ず~っと引きこもってちゃだめだよ。他の退魔師に手柄を取られちゃったら、あなたは必要なしになっちゃうんだよ。ぽいって放り出されて、このお屋敷も今の生活も全部雅さんのものだよ」
今の時点で雅にそんな企みがあるのかは分からない。
ただの善意ある人かもしれない。
けれど少なくとも、一花のいた世界の流れに乗るならそういうことなのだ。小五郎は追い出され、雅が村を救った勇者となり、このお屋敷も村での地位も全部彼のものになる。
「そ、そんな。オラ、この家を追い出されたら、どうしたらいいのか」
「大丈夫。まだ、今なら間に合うはずだよ。だから、わたしに協力してください」
「協力?」
「わたしと一緒に、お姉さんを灰にした真犯人を捕まえよう。そして、あなたが村の平和を守った勇者になるの」
蹲ったままの小五郎の肩に手を乗せると、彼は戸惑いながらも一花を見上げた。
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