第13話 オオカミさんに食べられちゃう!?

「そこにいるのは誰だい?」

「あなたは……」

 姿を見るなり一花はぞっと背筋に寒気が奔り飛び退く。

「ああ、無事だったんだね美しい人。安心して、ボクだよ、雅だ」

 あなただから安心できないんです。とは口に出せないので、一花は警戒心を無くさぬまま必要以上に近づかれないよう合間を取って対応する。


「こ、こんにちは。昨夜ぶりですね」

「ずっと心配していたんだ。まだ灰にされてはいなかったんだね。本当によかった」

 大げさに安堵のため息を吐くと雅は「さあこちらにおいで」と手を差し伸べてきたが、一花は首を横に振る。

「なぜだい。村に避難しよう。なにも怖がることはないよ。あの妖魔は、ボクがすぐにでも退治して」

「それはダメ!」

 拒絶の言葉に雅は驚いていたようだった。


「……まだあの妖魔に惑わされているのかな。まずは、それを解く方法を考えなくてはいけないようだね」

「違います! わたしは、わたしの意思で暁ちゃんと一緒にいるんです」

「キミはあの妖魔に利用され、きっとそのうち精気を吸われ食い殺される。灰になるのがオチさ。ボクは美しいキミを救いたい。どうかこの手を取ってはくれないだろうか」

 紳士な眼差し。絵にかいたような爽やか好青年。


 でも、やはり勇と同じ顔のせいだろうか。どんなに誠実な態度を取られても、その声を聞くたび、見つめられるたび胸が騒ぐ。嫌な予感がする時の胸騒ぎみたいに。


「……わたしを救ってくれるというなら、あなたにお願いがあります」

「もちろんだ。ボクに叶えられることなら、なんだって言ってほしいな」

「ありがとう。じゃあ、この件からは手を引いて今すぐこの村から立ち去ってくれますか?」

「え? なにを言っているんだい。あの妖魔をほうって、この村を見捨てるなんてボクにはできない」

「彼のことはわたしが引き受けて更生させます。だから、どうか退治するのはやめてくれませんか?」


 一花だって身勝手なことを言っている自覚はある。それでも、どうかお願いしますと頭を下げた。

 雅は「どうしてキミがそんなことを」と渋い表情をしている。

「不思議だ……なぜ、キミにはボクの言葉が届かないのか」

「っ!?」

「なぜ……アイツのことを庇うのか」

 逃げる間もなく一花は腕を掴まれていた。強引に。


「力づくでもキミを村に連れて帰るよ。そうだ、それがいい。いいかい、アレは悪い妖魔なんだ。恐ろしいモノなんだ。怖いだろう? ボクが必ずあの妖魔の毒牙から守ってあげるから」

 麗しい顔がずいっと近づいてきた。唇が触れそうな距離に、魅惑的な琥珀色の瞳に……やはり一花は見惚れるのではなく鳥肌がたった。

「やだっ」


「ボクの目を見て。ボクを拒まないで」

「やだ、離して!」

「っ!?」

 一花が叫んだ瞬間、雅も驚いた声をあげた。

 一瞬だったが、静電気のようなものが一花の腕を駆け巡り、雅の手まで伝わったようだ。

 一花はそこまで感じなかったが、彼には痛みがあったのだろう。振り払おうとしても離れなかった手が、あっけなく離れる。


「いま、のは?」

「わたしにもさっぱり」

 電流が迸った自分の右手を確認してみる。

 いつもとなんら変わりはない、普通の手。

 ただ祖母の形見として首からかけ服の中に入れている勾玉のペンダントが、微熱を発している気がして、服の上からソレを握りしめた。お守りのように。


 雅はそんな一花の手を凝視して。

「ああ、そうか。キミも退魔師だと言っていたね」

 独り言のようにそう呟いた後、口元に妖しげな笑みを浮かべていた。

「ますますキミに惹かれるよ。キミは一体どこから来たんだい? キミの事が、もっと知りたい」

 勇そっくりの笑みに身の危険を感じた一花は、隙をついてその場から逃げ出す。


「待って、美しい人!」

 その美しい人って呼び方も、むずむずするのでやめてほしい。

「追い掛けてこないでください!」

 どうにか雅を振り切る事だけ考えて、一花はひたすら走り続けた。



◆◆◆◆◆



「はぁ、はぁ……もう、しばらく走れない」

 普段の倍の運動量はこなした気分だった。そのおかげで、なんとか雅は撒けたようだが。

 気の抜けた溜息を吐きながらうつ伏せになって地面に伸びる一花の周りを、ポケットから出てきた昴は心配そうに浮遊している。

「お疲れ様です~。捕まらなくってよかったですねぇ」

「本当にね」

 転がって仰向けになった一花はそのまま空を見上げた。

 木々の隙間から青空が見えて、小鳥が何羽か飛び回っている。


「……長閑だね」

「ですねぇ。って、一花さん、なに寝ちゃいそうになってるですか!」

「だって疲れちゃって」

「だめですよぅ。こんなところで寝たら、森のくまさんに食べられちゃうかもですよ!」

「ふふふ、森のくまさんって。なんだか、昴ちゃんが言うと可愛い動物に思えてくるね」

「もう、呑気な事言ってる場合ですか。森には危険がいっぱいなのですよ。人食い狼だって出るかもですよ!」

「この森にそんなのいるかなぁ」

「いるかもしれないじゃないですか! 遭遇したら、がおーって食べられちゃうんですよ! がおーって!」


「ガオーッ!」


「あはは、昴ちゃんモノマネ上手だね」

「ももも、ものまねじゃ、ありましぇん!」

「え?」

 昴の震える声に目を開けると……。

「わ~、本物」

 涎を垂らす大きな狼の姿があった。今にも襲い掛かってきそうだ。

 一花は咄嗟に寝返りをうってそれを交わすが。


「一花さん、危なっ。あ~れ~」

 一花の前に飛び出した昴は、狼の頭突きでホームラン球の様に飛ばされてゆく。

「昴ちゃっ!?」

 昴の方へ手を伸ばそうとしたのだが、狼がそれを遮り許してくれない。

「えぇ~っと……」

 走っても追いつかれそうだし、逃げ場が見当たらない一花は、とりあえず後ろにあった登りやすそうな木によじ登った。

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