第1話 今日は不服ですがお見合い日和です

 朝日が山々の間から姿を見せ始める頃、ニワトリたちの鳴き声で村の人々は目を覚ましだす。

 ここは日ノ本ひのもとの首都圏からずっと北に、ひっそりと存在しているお伽村。

 一花と一つ年上の兄、国彰くにあきが住んでいるのは、その村の外れにひっそりと建つ寂びれた小屋……みたいな一応、家。


「ついに、この日がやってきてしまった」

 窓の外を眺め、自分の心とは対照的な晴天の空に若干恨めしい気持ちを抱きながら、一花は溜息を吐いた。

(今時、本人が望んでないのに十九歳でお見合いなんて……)


 今から一ヶ月ほど前、両親のいない一花と国彰は、幼い頃から育ててくれた祖母を事故で亡くし、住んでいた年季の入った家は洪水で流され失い路頭に迷いかけていた所をお伽村の村長に助けられた。

 話によると村長は生前祖母にとても世話になっており、自分になにかあった時には孫の後見人になって欲しいと頼まれていたそうだった。


 一文無しだった二人は藁をもすがる気持ちだったため、生活の援助をしてくれるという村長の言葉に甘えとんとん拍子でお伽村へ。


 そこで用意されていたのは台風が来たら一瞬で吹き飛ばされそうな程オンボロな家ではあったが、今まで面識のなかった村長一家と突然同居することになるよりは、兄妹の二人でのびのびと暮らせるのでありがたい環境だった。


 さらに最低限の生活費は面倒をみようと言ってもらえたが、いつまでも脛をかじらせてもらうわけにはいかないので自立するため職を探しながら、今は村の畑を耕す手伝いなどをして小遣いを稼いでいる。


 兄の国彰もその手伝いをたまにしてくれたりした。が、色白でひょろりと背の高い、ついでに言うと色素の薄いネコッ毛のひ弱そうな兄は、見た目通りの虚弱体質で、太陽の下で長時間働くと倒れてしまうので、そのうち外に出るのは一花、家の仕事は国彰という役割分担になった。


『ごめんよ、一花。頼りない兄で』


 そう言われるたびに「そんなことない。お兄ちゃんはわたしが養ってあげる」そんな会話を繰り返していた。

 今では目が覚めるといつも一番に目に入るのは、雨シミで薄汚れた低い天井という生活にも馴染み始めている。

 家賃は掛からないし二人でなんとか食べていけるし、兄と一緒なら一花は幸せだった。



◆◆◆◆◆



「一花、起きているかい? 今日は大事な約束の日だろう」


 ワンルームの作りのため、用意した手作りの間仕切りカーテン越しに国彰が声を掛けてくる。


(イキタクナイ。いきたくない。行きたくない)


 何度も駄々をこねたくなった。でも、できない。

 もしも自分が今日の約束を拒否したら、国彰に迷惑が掛かってしまう。そう脅されているから。


 祖母が亡くなってから、見ると思い出すのが辛くてずっと小物入れにしまっておいた形見の勾玉のペンダントを久しぶりに身に付けながら、一花は覚悟を決め呟いた。

「おばあちゃん。わたし、今からお見合いに行ってくるよ……」

 相手は村一番の金持であり権力者でもある、勇だ。


 色白で母譲りと言われる大きな瞳。色素の薄い長髪にぷくりとした桜色の唇。

 一花はとても柔らかい雰囲気を持つ愛らしい容姿をしていた。祖母には良くその容姿を母親似だと言われていた。しかしそんな容姿が災いしてか厄介な男に見初められてしまった今、鏡で自分の顔を見るとため息がこぼれる。


(この顔じゃなかったら見初められなくて済んだのかな……いや、でも絶世の美女じゃあるまいし本当に一目惚れされたのかも疑わしい)

 いったい自分のなにが良くて勇に見初められたのか。一花にとってはまったくもって謎だった。

「はぁ……」

 考えても分からないしと思考するのを止め、再びため息を吐いてしまう。 


 兄といえば、そんな妹の気持ちも知らず、村一番の金持ちの勇に見初められ縁談話があがった一花を、「よかったなぁ」と送り出してくれる気満々だ。

 どうやら一花が嫁いだ後には勇の家から国彰への学費援助の話が出ており、お金の関係で大学中退を余儀なくされていた兄の気持ちを考えると、これはもう一花だけの問題ではない。


 それでも嫌で嫌で、何度も断ろうともがいてきたが、そのたびに向こうからの圧力が掛かり逃げ出せないまま今日に至ってしまった。


『もし、ボクに逆らったら、ボク、ショック過ぎて……キミの大事なもの色々潰しちゃうかもしれないなぁ』

 爽やかだけと胡散臭い笑顔で恐喝してくる大嫌いな勇の顔が浮かぶ。


「はぁ……もう、腹を括るしかないのかな」

 ウジウジしてても仕方がない。そろそろ支度を始めなくてはと、一花が持っている中では一番のよそ行き用のワンピースに袖を通した。


 適当に顔を洗って歯を磨き髪にブラッシングして身支度を済ませると、気怠い気持ちのまま台所へ。

 用意されていた硬いぱっさぱさのパンを頬張り、喉に詰まらせないよう水道水で流し込むとその勢いのまま玄関へ向かう。


「もう行くのかい?」

 外に出ると珍しく小屋の周りの雑草を刈っていた国彰が、一花を見送るため寄ってきた。

「今日も可愛いね。そのワンピースもとても似合っているよ」

 のんびりとした口調でそう言いながら、国彰はそっと一花の髪に白い花飾りを添えてくれる。

「これは?」

「ぼくの手作りなんだ。一花が幸せになれますようにと、術を籠めて作った」

 昔から兄は良く分からない術の研究をするのが趣味だ。

 小さい頃は、退魔師になりたいとよく言っていた。


 退魔師というのは誰でもなれるモノではない。才能を認められれば国に雇われる高給取りのエリート職というやつだ。


 科学の発達した21世紀の日ノ本で表向き化け物騒ぎなんて滅多にないけれど、今も昔も変わらずに、泥棒が出たら警察。火事には消防士。妖魔が出れば退魔師を呼ぶことは小学校でも習う常識。


 ただ残念なことに国彰は、術式や魔法陣などのマニアックな知識はふんだんにあるのだが、術を発動させる神気と呼ばれる力がないらしく戦えない。つまり実践で役に立たないので退魔師にはなれないのである。


「この花飾りの花びらの数だけ願い事をしてごらん。きっと一花を幸せに導いてくれる。そういう術式と理論のものに研究を重ねついに形にできたこの髪飾りにはいわゆるっ」

「あ、うん! ありがとう!」

 マニアックな兄の話が止まらなくなる前に、一花はそれを遮りお礼を言った。


 花飾りを付けた妹の笑顔を見て、国彰は「似合ってる」と嬉しそうに目を細める。

 その優しい眼差しを見て、やはり自分のわがままで今日の見合いを断ることはできないと一花は思った。


「本当はぼくも兄として付いて行きたいんだけど、向こうの希望で一花だけで来るようにとのことだったからね」

「いいの、いいの。ちゃちゃっと行って帰ってくるから。いってきます」

 あの変態陰湿腹黒王子と純真無垢な天然の兄をなるべく関わらせたくない。

 一花は大きく兄に手を振って、再び覚悟を決めると歩き出した。


「一花、気を付けて行って来てね~!」

 姿が見えなくなるまでずっと見送ってくれている国彰の方を何度も振り返りながら。

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