窮地の事態ですが王子様が迎えに来てくれません!

桜月ことは

プロローグ

 いつかきっとわたしにも、運命と呼べる王子様が現れて手を差し伸べられて、窮地の事態というやつから颯爽と救い出してくれるんだって夢を見たりもしたのは幼い頃。




 気が付けば彼氏いない歴=年齢十九年目を迎えた春、綾瀬あやせ一花いちかは、生まれて初めて貞操の危機というものに遭遇していた。




「ねえ、一花。ボクのことどれくらい好き?」


 一花の住む村に最近できたばかりのスイーツが豊富なカフェにて、向かい合わせに座る彼はいつもの白馬に乗った王子様みたいに爽やかな微笑みでそう問い掛けてくる。


「あの~、少しも好きじゃないという選択肢は……」


問われた一花は、ぞわっと鳥肌のたつ腕を抱きしめ、何とか苦笑いを浮かべた。


「そうか。嫌よ嫌よも好きのうちとは、まさにこのことだね」


 やんわりとした拒絶の言葉ぐらいじゃ気持ちは伝わらないのか、わざと察しないのか。彼はまるで大好きと聞き間違えてしまったのではないかと思うほど爽やかに微笑んでみせる。


「プラス思考もここまでくると、お医者さんにみてもらったほうがいいんじゃないかしら」


 一花の口からは我慢できない本音が小さく零れたが。


「え、お医者さんごっこがしたいって? 一花ったら、意外とマニアックだなぁ」


 言いながら満更でもない顔で向かいの席の青年は、そっと一花の華奢な白い手に自分の手を重ねてくる。


「あはは……誰か銃器持ってきてくださ~い」


「そんなもの注文しなくても、ボクの心は既に君に撃ちぬかれているよ」


 だめだ、この人、言葉が通じないんだ。もう耐えられないから席を立とう。


 一花はポケットからなけなしの小銭を出し、自分のお茶代だけをテーブルに置くと立ち上がり、彼に背を向け歩き出す。




 本当は最近気が滅入ること続きだったので、癒しを求め一人でゆったりフルーツタルトを食べようと奮発して入ったカフェだったのに……。気分転換どころか、気が滅入る元凶の乱入者が現れたおかげで、癒しどころかストレス過多だ。


 しかし、早急に立ち去ろうと思ったが、店を出た所ですぐに後ろから長い腕が伸びてきて、一花の身体はツタに絡み取られるように後ろへ引っ張られた。


 すっぽりと彼の胸へ収まり、またしても反射的にぞっとして身を縮込ませると、抵抗する間もなく耳元で囁かれる。


「明日の約束。どんなことがあろうと、ちゃんと来てくれないと……どうなるか分かっているね?」


 その言葉に耐えるよう一花は下唇を噛みしめた。


「本当は今すぐにでもキミを攫いたいのを我慢しているんだよ。もしボクに逆らったら、キミの小さなお家、潰れちゃうだろうね。あの頼りないお兄さんも困っちゃうだろうねぇ」


「っ――」


 その一言で一花は完全に抵抗を止める。


 白昼堂々と村の住人達が行き交う通りで、彼が満足するまで抱きしめられるしかない。




「見て、あの二人ってもしかして今噂の?」


 一花と同世代だろう女子大生風の女性たちが遠巻きにこちらを見ている。


 お金持ちでご先祖様はその昔ここお伽村おとぎむらを救ったいわば村の勇者と呼ばれた人の末裔。


 そのうえ容姿端麗・文武両道・佇まいと醸し出すオーラはまさに絵本の中から出てきたような完璧な王子様。


 そんな彼、蛇田へびたいさむは、ここら辺で知らぬものはいないであろう有名人なのだ。




「あの子が勇様の許嫁?」


「悔しいけどお似合い~」


「確か貧乏で一文無しだった彼女を、勇様が救ったんでしょう」


「羨ましい。私も早く出会いたいな~、そんな運命の王子様に」




 そんなんじゃない。この男は少なくとも自分の運命の王子様じゃない。


 自分でも分からないけれど、村中の娘たちの憧れの的であるはずの勇の腕の中に閉じ込められても、一花の胸にあるのはときめきではなく違和感だけだった。


(でも、なにを言っても無駄な抵抗にしかならない……)


 外堀はもう埋められているのだ。逃げ場なんてどこにもない。


 だから一花はこれ以上余計な事を考えないように空を見上げた。




 心の中で渦巻く感情を押し止め、周りが言う運命の王子様の腕の中に閉じ込められたまま……

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