~呪いとサッカーとジャイアント~ ③

 少年たちのサッカーにオフサイドという概念は無い。

 もう一度言おう。

 少年たちのサッカーに、オフサイドという概念は無いのだ!


「パス、パース!」


 というわけで、僕は相変わらず敵陣近くでぴょんぴょんと飛び跳ねながら両手をブンブンと振った。

 みんなボールに向かって追いかけているので、フリーもフリー。攻められている時はキーパーをやっている少年と楽しく談笑するくらいに僕はフリーだ。


「愛枝さん!」


 今日はセージ君といっしょのチーム。

 サッカーの上手い彼は、ポーンと宙に浮いたパスを僕に出してくれた。

 前までの僕だったら、それを足で止めようとしたのだが――


「ほっ!」


 今日の僕は違う!

 胸トラップ、という方法を覚えた!

 胸を使うっていうのは、どうにも意識から無いんだよね。

 サッカーは、手を使っちゃいけない、足でボールを蹴るスポーツ。っていう概念が真っ先にある。やっていい事とやっちゃダメな事。まずそのイメージが強い。

 基本的なルールと反則。

 まずそれを思い描く。

 その次にイメージされるのが『ヘディング』だ。

 ボールに頭突きする行為。これもまたサッカーと言われてすぐに思いつく行為にある。

 でも、胸。

 胴体を使ったプレイっていうのはゴールに関係しない。それこそ胸トラップでゴールに押し込んだプレイなんてプロでも見たことがない!

 ……と、思う。

 いや、もしかしたら有るかもしれないけどね。

 僕が知らないだけで。

 というわけで、僕はしっかりと胸トラップしてボールを自分の前へと落とした。

 ちっちゃくて良かった僕の胸!

 この先、オウトツが出来ちゃったらうまくトラップできないだろうなぁ。

 あ、でも柔らかいからより柔軟に対応できるんだろうか。

 ――うむ。

 分からん!

 そんなことよりも、だ。


「愛枝さんを止めろー!」


 敵チームの少年たちがこぞって僕へと襲いかかってくる。

 そんな彼らに背中を向けて、僕は右の隅っこを目指してドリブルをした。ゴールへ近づいているけど逃げている感じ。

 前までは蹴り過ぎたり短か過ぎたりして上手くなかったドリブルもそこそこできるようになったよ。まだ全力疾走レベルまではいかないけど。


「愛枝さん、どこ行くんだ?」


 と、僕の行動をいぶかしんで、味方の数人が足を止めてくれた。

 よしよし、チャンスだ。

 頃合を見つけて僕はクルリと反転。

 ギョっとする敵チームの少年たちを抜かす技術は――

 まだない。

 ので!


「ぱーっす!」


 本当はセンタリングだけどね。パスでいいよね、パスで。

 というわけで、ゴールに向かってポーンと高くボールを蹴り上げた。

 お兄さんと練習した成果!

 狙った場所にボールを飛ばす技術!


「いけぇ!」


 誰でもいい!

 ボールをそのまま!


「おぉ!」


 僕が蹴り上げたボールは放物線を描き、ゴール前へと飛んだ。

 そこへ飛び込んでいく少年たち。

 わちゃわちゃとした中で、ひとりの少年がジャンプする!


「とりゃー!」


 なんと!

 見事なヘディングでゴールに押し込んだのが隣の席の田中君だった。


「やったー!」


 僕はバンザイして田中君へと向かう。

 そんな田中君はチームメイトからキラキラした瞳で囲まれていた。


「すげぇ! プロみたい!」

「うめぇ!」

「おまえプロになれるぞ!」


 そんな風に囲まれている中に僕は割って入り田中君に抱きついた。

 喜びを分かち合うのは、やっぱりハグだよね!


「やったー、田中君! すごいじゃないか!」

「あわ、え、お、うえ、は!?」


 ん?

 どうした田中君?

 ひどく狼狽しているようだが?


「近い近い、愛枝さん近いよ」


 セージ君が後ろから僕の頭をぽんぽんと叩いた。

 あぁ、そうだった。

 僕の肉体は女の子だったわけで。

 そりゃ少年たる田中君もビビってしまうよな。

 十歳の少年にとってはハードルが高すぎるというか、未知なる体験だ。


「あはは、ごめんごめん、田中君。うれしくってツイ」

「あ、うん、いや、いいよ。あはは……」


 その後、ぼそりと田中君はつぶやく。


「や、やわらかい」


 うむ。

 君の青春の一ページに輝かしい思い出を刻めたようだ。なにより、だね。


「いいな~、田中。俺も抱きしめて欲しい!」


 あれ?

 抱きしめて欲しいヤツもいるのか。なかなか触れ合いに飢えてるようだねぇ。

 クールベイビー、という問題を聞いたことがある。

 親からのスキンシップが乏しいために笑わなくなった赤ちゃんがいるんだそうな。


「いいよ、私のパスでゴールが決まったし!」


 というわけで僕はクールベイビーの疑いのある少年にハグした。

 人のぬくもりっていうのは重要だからね。

 僕で良ければ力を貸そうじゃないか。


「うわぁっ!?」

「ム。して欲しいって言ったのにその反応はなんだよぉ」

「いや、ごめんなさい」

「じゃ、俺も俺も!」


 という少年がわんさかといたのでみんなとハグしあった。いやぁ、なんていうのかな。前の世界でもこういう感じで仲間と抱き合って喜びあったことがある。

 特に戦士ガーラインは強引なヤツでさ。デッカイ図体で喜びの表現が過激なものだから、彼のハグは強烈だった。

 というか金属鎧がダメなんだよ。冷たくて痛い。

 神官サラティナもガーラインから逃げてたしな。要領良かったよなぁ、サラティナは。

 そんな彼女に対して僕とユーリュは、毎度毎度ガーラインの豪快な笑い声と共に抱きしめられていた。今となっては、その愛情表現も懐かしい。

 というわけで、今度は僕が青春の思い出を刻んであげよう!


「はい、セージ君も」

「いやいや、僕はいいよ」


 僕は両手を広げてセージ君に近づくが、彼は苦笑しながら手を横に振る。


「セージ君のパスから繋がったんだし、喜びを分かち合おうよ」


 遠慮はいらないよね。


「う~ん、そう?」

「そうそう」


 というわけで、僕はセージ君とギュっとハグした。

 これでチームメイト全員と完了した。

 うむ、やっぱりスポーツっていうのはいいな。特にチームになってやるスポーツは全員が活躍できて、全員が貢献する。


「いいな~、愛枝さんと同じチーム。俺もそっちがよかった」

「次は愛枝さんと同じチームになる。ぜったいに。なる。なろう。うん」


 ふっふっふ。

 相手チームもどうやら僕のサッカーの上手さに気づいたようだ。

 そう!

 僕はお荷物や足手まといじゃなくなったのだ!

 お兄さん! 練習の成果を充分に発揮できましたよ!

 これでサッカー観戦者たる少女諸君も納得してもらえるはずだ。

 なにせ、僕の活躍によって一点が入ったんだし、見事なセンタリングだっただろう。田中君がプロみたいなヘディングでゴールを決めてくれたお陰ではあるんだけど、僕の活躍だって見事なものだ。

 どうだ見たか、女王ウララ!

 僕のサッカーの腕前! いやこの場合、足前!


『女王めっちゃキレてるよご主人様』

『なんでー!?』


 え~。

 なんでぇ~……

 人生、上手くいかないものですね大神霊様。

 楽に生きようとすればするほど、そこから外れていくのは……やはり生きるっていうのは難しいってことですかねぇ。

 僕には難しい概念だ。

 しかし、いったいどうして女王ウララは――


「よう、そこの女子。愛枝舞っていうんだったか。サッカーうまいみたいだな」


 ん?

 突然、空が曇った。

 ――ように見えた。

 ただ僕が影に入っただけ。

 振り返れば、太陽と僕の間にひとりの人物が立っていた。

 先生?

 と、思ったけども違った。

 少年だ。

 漂ってくる雰囲気は大人のそれではなく少年のもの。ただし、大きい。まるで大人みたいな……いや、大人よりも大きいんじゃないかな。

 少なくとも僕のパパよりは大きそうだ。

 恐らく六年生だろう。

 僕たちよりひとつ年上の巨大な少年が、ニヤリと僕たちに話しかけてきた。

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