~呪いとサッカーとジャイアント~ ②
チャイムが鳴り、学校の始業は告げられた。
ほどなくして先生が教室にやってきたのだが……
「花……?」
なぜか藤原先生は怪訝な様子でフワリの机を見たけど、それ以上はなにも言わなかった。
まぁ、僕が花瓶を用意して欲しいって言ったのを気にしているのだろう。
仕事が忙しく、こちらを見る余裕もなかったみたいだし、これほど立派な花を持ってきたとは思わなかったんだろうね。
「田中飛雲さんは入院しました。ですが数日で退院できる見込みです。皆さんも、階段は気をつけるように。決してふざけたりしないように」
そんな注意だけで朝の会が終わった。
階段、という単語が出た時点で数人の生徒が反応したが……トラウマにでもなってしまったのだろうか。
もしもそうだとしたらフワリの罪は重い。
もっとも、その罰は受けたも同然なので。これ以上、攻めてあげるのもカワイソウだ。そういう意味もこめて花を買ってきたんだし。
お見舞い、というやつだ。
「授業を開始するぞ」
そんな感じで、藤原先生の挨拶によって何事もなく日常が始まった。
授業を受けて、質問に答えて、給食を食べて、放課後に遊ぶ。家に帰ったら宿題をやって家族団欒を過ごして、夜に眠る。
そんな平和なルーチンワークをこなすのは、悪くない。
だって楽だもの。
いつ終わるとも分からない魔王との戦いに比べたら、毎日が繰り返しであっても退屈なんかしない。
毎日が与えられた者であっても、温かい食事とふかふかなベッドがあって、優しい両親がいて、テレビは永遠と娯楽を与え続けてくれる。
だから。
だからこそ。
その日常を邪魔する者がいたとしても、絶対に日常は壊してはダメだ。
それこそ敵の思うツボになってしまう。
僕が日常を過ごせなくなった時点で、サッカーで遊ぶなんて無理なんだから。日常の一部になってしまったサッカーが出来なくなってしまうのは、それこそ非日常だから。
だからこそ、女王の思うがままではいけない。
――放課後。
僕はまたグラウンドに向かった。
もちろん、サッカーの仲間に入れてもらうため。
「……」
いや、それは虫の良い話か。
僕が女王ウララや五組の女に狙われている、その事実はすでにみんなが知っていることだ。なにより教室内の空気で感じ取れることだし、なによりセージ君が僕に告げたことでもある。
「僕にできることがあったら、なんでも言って」
その言葉は。
なにより嬉しくて――
なにより美しい。
正義、と断言できる。
僕にも味方でいてくれる人がいるんだ、ていう思いかな。こっちの世界でも、僕の仲間になってくれる人がいるって事実は、ちょっとした安心感にもなる。
でも。
しかし。
その言葉が出る時点で、僕が困っている、という状況だと。
そう思われている。
そう思われてしまっている。
隣のクラスである彼でさえも感づいているというのなら。
「それは五年生全員……いや、上級生全員が知っていてもおかしくはない」
グランドで遊ぶ少年たち。
遠くの遊具では、ちらほらと少女の姿もある。
少年たちの間では、すでに僕は攻撃されている者、として認識されているかもしれない。そうなると、サッカーの仲間に入れてくれるだろうか?
問題を抱える者を、それこそ本当の意味での足手まといを仲間に入れる器量が彼らにあるのだろうか?
たかが十歳、十一歳の少年たちだ。
道徳の授業があるとはいえ、そこまで『人間らしさ』を持ち合わせているのかどうか。
「愛枝さん!」
――あぁ。
そうか。
そうなんだ。
君は、根っからそういうヤツなんだな。
「セージ君!」
サッカーボールを抱えて、彼は僕のもとへ駆け寄ってきた。それこそ、セージ君は少年たちの中心人物でもあるので、周囲の男子諸君も集まってくる。
「愛枝さん、今日はサッカーする?」
「うん、する」
僕はにっこりとランドセルを下ろそうと思ったのだが……
「おい、セージ。呪われるぞ」
少年たちの中で、誰かが言った。
「愛枝舞に関わると呪われるって話だぜ」
「五組の田中フワリが、それで階段から落ちたって。愛枝さんを突き飛ばして殴ったから」
「呪いのせいで入院したって」
そう口々に少年たちが言う。
呪いが。
魔女が。
触ると、遊ぶと、一緒にいると、同じことをすると――
愛枝舞と話すだけでも。
――呪われる。
少年たちが、次々と……まるで呪詛のように僕を前にして呪いの言葉を吐き出した。
「ねぇねぇ」
だから、僕は明るく笑いながら言う。
逆に、笑ってみせた。
「呪いってどうやるの?」
彼らが、適切で正しい呪いの手順を知っているとは思えない。
そう。
僕が呪っている、っていうのは彼らの憶測に過ぎない。
ましてや呪いが現実にあるなんて、半信半疑な少年が多いだろう。
だからこそ。
だからこそ、だ。
真正面から聞いてやればいい。
「どうやって呪いって使えるの? どうやったら呪うことができるの?」
明るく笑いながら、それこそ勇者スマイルならぬ美少女スマイルで見つめられれば、少年の心など簡単に掌握できる。
とは、言いすぎか。
掌握はできなくても、真正面から話すことで理解しえることもあるはずだ。
「どうやってって……」
言葉に詰まる少年たち。
というわけで、僕はふざけた感じで続けた。
「呪いって、こんな真っ黒な帽子をかぶった魔女のおばあさんが、いひっひっひひひひ、うひょひょひょひょ、って笑いながらやるヤツでしょ。僕にできるかなぁ」
大げさにオーバーリアクションで。
児童小説なんかでも良く出てくる魔女。大抵は大きな魔女の帽子で黒いローブを着て、なんか鼻が長くてさ。イボがあったりして。
そんな魔女のおばあさんが悪い顔で悪い笑い方をしている。
それがこの国でいう呪いのイメージだ。
果たしてそれが僕とつながるかい?
「ぷっ、なにその笑い方! 愛枝さん、な、なにそれ、あはははっはっはは!」
真っ先に笑ったのはセージ君だった。
そして――
同時に数人が僕の笑い方を見て、笑った。
いやぁ、やっぱり使い魔って役に立つもんだね。
ありがとうトナヴィ! 君の妙な笑い方を参考にさせてもらったよ!
『どういたしまして、マイ。おひょひょひょ!』
ムッ。
どうやらトナヴィは、どこかで見ていて感覚共有していたらしい。ということは女王ウララも僕を観察しているというわけか。
これは気を抜けないな。
今こそ練習の成果を見せるとき!
「愛枝さんが呪われてるなら、僕らは真っ先に死んでるんじゃない? だって、前からいっしょにサッカーやってたんだしさ」
セージ君の言葉にみんなが、確かに、とうなづいた。
僕も思わず、確かに! とコクコクとうなづく。
いやほんと確かに。
盲点だった。
簡単に呪いなんて無いっていう証明が出来たにも関わらず、僕はうひょひょひょとマヌケな笑い方を披露してしまったわけだ。
まったくもって、情けない。
まぁ、それでも。
「行こうよ、愛枝さん!」
「うん!」
僕は男子諸君に混ざって、グラウンドに駆け出した。
なんだかんだ言って。
みんなで遊ぶサッカーって楽しいんだよね!
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