~反撃の狼煙をあげてみよう~ ⑤

 放課後となった。

 五年五組の中での僕の扱いは、段々と方向性が定まってきた気がする。

 まず、男子諸君は僕から距離を取り始めた。

 懸命な判断だ。

 なにせこれから僕の反撃が始まる。そうなってくると、余計な味方は足を引っ張ることになってしまう。それこそ人質に取られたら大変だ。

 僕の心情としては、味方をしてくれた者を見殺しにすることはできない。よって、彼らを助ける道を模索することになる。

 それはそれで遠回り。ならばいっそのこと、ひとりで戦ったほうがマシという状況だ。

 少年たちはそんな僕の状況を思いやり、邪魔をしないように、と様子をうかがってくれているのだ。ありがたい。

 セージ君も手伝ってくれる気があったしね。

 静かにチャンスを待ってくれている少年たちには申し訳ないが、僕はひとりで大丈夫。その証拠は、五組の女をやっつけることで証明することにしよう。

 さてさて、そんな五組の女子諸君は二種類に分かれる。

 まずひとつ。

 男子諸君と同じように僕から距離を取る者。

 彼女たちは……そうだな。例えるなら僕を『無』として扱っている感じか。いないもの、ゼロとしている。

 ゼロを認識しているという矛盾を孕んだ行為だが、これはまぁ仕方がないだろう。なにせ、僕は存在しているのだから。

 そんな言葉遊びはさておいて、平たく言ってしまえば『無視』かな。

 これもまたありがたい。

 敵は少ないほうがいいに決まっているし、下手に味方にならず、また敵対しない人間は傍観者となる。

 そう、傍観者だ。

 これほどありがたい存在はない。


「そして最後のひとつ」


 五組の女。

 つまり、最初に倒すべき敵、だ。

 彼女たちを倒すことによって、僕という大きさを女王ウララに示すことになる。

 つまり、女王ウララに対する手土産だ。

 女王陛下を敵対しうる実力がある。

 彼女にとって喜ばしい事実に違いない。


「さて」


 放課後という時間帯において、教室に残る生徒はまずいない。ちらほらとランドセルが残っているが、みんな思い思いの場所で放課後を楽しんでいる。

 そんな閑散とした教室に、僕はひとり残っていた。

 表向きは机のラクガキを消すため。

 バカというマジックペンで書かれた文字を消すために、残っているフリをした。


「実質、消すのは簡単だけど」


 浄化魔法で一撃だ。なんなら新品同様にすることもできる。さすがに傷までは直すことができないけどね。

 そんな魔法は浄化ではなく時間遡行。死人も生き返る伝説級の魔法だ。ユーリュですら扱えない、知らない魔法。

 もし存在するにしても、今の僕に使えるはずがない大魔法だ。


「さて、どうしようか」


 消すのは簡単だ。

 でも、単純に消すのは面白くない。


「簡単に思いつくのは、魔法なんていらないからなぁ」


 藤原教師の命令を実行し、尚且つ、五組の女への攻撃となる方法。

 それは、机を入れ替えること。

 僕の机と五組の女フワリの机を普通に入れ替えてやればいい。明日の朝、登校した瞬間にフワリは激昂すること間違いなしだ。


「でもそれじゃぁ、僕が犯人だとバレバレだしな」


 それでは女王ウララやフワリと変わらない。一撃で犯人だと分かってしまうくらいにマヌケな反抗にして犯行だ。

 誰が犯人か分からないからこそ、効果が発揮することもあるのに。


「あぁ、なるほど」


 誰が犯人か分からない。

 転じて、誰が被害者か分からないようにしてみるのはどうだろうか?

 僕はポケットの中のシャーペン杖を取り出す。頼りがいのあるちょっとした重さを指先に感じながら、魔力を流した。

 魔力が光となって展開される。

 唱える魔法は、使い慣れたもの。

 しかし、そんな魔法に補助効果を付属させた。


「ヤールエド」


 魔法効果を補助する修飾構造『ヤールエド』。

 これはいわゆる『遅延』だ。効果を遅く発揮させる場合に魔法にくっつけて使用する。

 あまり意味のない魔法かもしれないが、回復魔法に使うにはもってこいだ。簡単に説明すると、戦闘開始前にあらかじめ『ヤールエド・ダイ・アシュリ』と回復魔法を使用しておく。

 もちろんその場では効果が発揮されない。

 しかし、戦闘中。設定した時間の段階でダイ・アシュリの魔法効果が発動して傷が回復するという仕組みだ。

 複雑な戦闘では、魔法使いや神官が回復魔法を使用するタイミングが無い場合がある。それこそ、後衛を狙われている状態では、魔法なんか使っている場合じゃない。

 そういった戦いが予想される場合は、このヤールエドの遅延効果が重宝された。

 というわけで、目一杯の時間延長効果をヤールエドにこめて、僕はとある魔法を使った。


「くっ」


 結構な魔力消費。

 それでも、倒れるほどではない。ふらり、と足元が揺らぐが一歩二歩とよろめく程度で済んだ。

 もしかしたら、トナヴィを作ったことによって成長し、魔力量が増えたから、なのかもしれない。作ってよかった使い魔ちゃん。


「ふぅ……」


 とりあえず僕は教室から出る。相変わらずグラウンドでは少年たちがサッカーに興じていた。それを眺める僕だが……視線を感じてそそくさと歩き出す。

 やばいやばい。

 僕がサッカーを見ていたとなれば、女王のご機嫌は悪くなるばかりだ。強行手段に打って出ないとも限らないので、僕は足早にその場を去る。

 視線の主も確かめないまま僕は学校を脱出した。


「ふぅ……」


 結構な疲れを感じるが、それでも休憩することなく家まで帰ると、僕はベッドに倒れこんだ。

 う~む。

 最近は倒れてばっかりな気がするなぁ。

 もうちょっと魔力量を増やす鍛錬をしたほうがいいかもしれない。


『マイ~、マイ~』

「ん?」


 不意に聞こえてきたトナヴィの声。

 遠くから聞こえてくる感じの感覚共有を通した呼びかけだ。


『どうしたの?』


 トナヴィは女王ウララの監視をしている。なにか動きがあったのか、と僕は感覚共有を使って、視界を共有させた。

 まばたきひとつ。

 ベッドから見えていた天井が消えて、まったく違う光景となる。

 見えたのは……


「お風呂?」

『うん、そうそう! お風呂! それで、ウララの弱点みつけたよ!』

「ほんと!?」


 それはありがたい!

 僕は改めてトナヴィの視界を確かめる。

 そこは確かにお風呂場で、蒸気がただよっていた。女王ウララがお風呂に入っているらしく、鏡にうつった彼女の姿が見える。

 美人な顔に釣り合ったウララの身体。ほっそりとしていて、しなやか。それこそモデル体型とも言えるだろうか。女王は女王らしい肉体をしていた。


「う~ん、もうちょっと大きくならないかしら」


 そんな女王は自分の胸を持ち上げたりしている。

 といっても――


「谷間もできないなんて、このままじゃダメだわ」


 女王ウララの胸は小さくて、持ち上げるどころか寄せてあげることもできない。


「……覗き見している気分だ」


 なんだろう、この後ろめたさ。

 まだ女王が子どもの身体で良かったよ。大人みたいな肉体であってみろ、僕は申し訳なさを感じるどころかアリガタサを感じてしまうところだぞ。


「いや、欲情するのもどうかと思うが……」


 相手は敵だ。

 敵に欲情するなんて、ちょっとばかり気が抜けている。

 うんうん。

 気を引き締めていこう。


「……で、トナヴィ。女王ウララの弱点って?」

『おっぱいが小さいことに悩んでる!』


 ……。


「あ、そう」


 使えるか、その弱点?


『あと、生えてないよ!』

「僕も生えてないからね!」


 使えるか! そんな弱点!


「まったく」


 ま、ひとつの材料として記憶の片隅にしまっておこう。

 それこそトナヴィにカメラを持っていってもらえば、これで女王を辱めることもできるか。


「ま、最後の手段だなぁ」


 そんな卑劣な手は使わないでいられますように。

 僕は大神霊様に祈りを捧げつつ、トナヴィといっしょに女王ウララの入浴シーンをぽけ~っと見続けたのだった。

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