図書館司書さんのちょっとした謎解き

丘月文

図書館司書さんのちょっとした謎解き


 僕は家から歩いて二十分くらいのところにある図書館が好きだ。

 そもそも本が好きだ。新書から古本まで、本の匂いから手触り、全てが好きだ。

 それがずらりと並んでいるだなんて、図書館は素敵な場所だ。もちろん、本屋も好きだけれど。

 僕はたいていお昼過ぎの三時頃に、ぶらぶらと散歩しながら図書館へ行く。

 図書館の隣には小さな水族館と公園があって、その砂利道を歩くだけでも癒される。水族館の前の池にいる亀に挨拶するのもいい。

 でもやっぱり僕は図書館が好きだ。何しろお金がかからない。素晴らしい。

 秋になった公園の小道を、落ち葉をカサカサ蹴散らしながら歩く。この小道は図書館までの近道。裏口からも入館できることを、僕は知っている。

 そうそう、この図書館が妙に懐かしいと思っていたら、あれだ、小学校の教室の床。正四角形の木板が同じなんだ。

 それに窓が大きくて、外の景色がよく見えるのもいい。

 図書館の周りはぐるっと木々で囲まれていて、今はそれが赤や黄色に染まってタぺストリーみたいだった。

 景色を眺めてから、雑誌コーナーのふかふかなソファーでくつろいで、今日の新聞を読んで、新しく入った本を覗いて、と、いつも通りに図書館を徘徊していたら。


 ――――くすん、ぐすっ。


 ひっそりとした泣き声が聞こえてきた。それと。

「大丈夫ですよ」

 静かで心が安らぐような女の人の声も。

 僕の知っている司書さんの声――――水嶋さんの声だ。

 児童書コーナーをそぅっと覗くと水嶋さんにバッチリ見つかってしまった。それも特上の微笑みつきで。

「坂下さん、ちょうどいいところに」

 長い黒髪を束ね、眼鏡をかけている水嶋さんは、おっとりとしているように見えて、実は押しが強いんだ。

「何ですか?」

「頼みがあるんです。坂下さんならすぐ見つけられますから」

 水嶋さんは僕が頼みを断るなんてことは起こらないといった顔だ。実際、起こらないけど。

「見つけられる? 何か、探し物ですか?」

「はい。この子のヘアピンが、隠されてしまったのですって」

 泣いていたのは小学生くらいの女の子だった。ふんわりとした髪が肩のあたりで揺れている。

 虐められたのかな。可愛い子だけれど。

「図書館のなかに、隠されたってことですか?」

 それなら僕の得意分野だ。建物で小物が落ちていそうな、または隠されていそうな場所なら、幾つか目星がつく。

 水嶋さんが首を振った。

「公園なのだそうです。それも、埋められてしまったって」

「埋められた? それはまた、ずいぶん―――――」

 そこで僕は言葉を飲み込んだ。『陰湿』だなんて、その子に聞かせるのは残酷だ。

 水嶋さんがにっこりとした顔で僕を見た。

「公園の芝生広場のむこうにカエデの木があります。坂下さん、彼女と一緒にそこに行って、探してみてください」

「あ、はい」

 と言ったものの、僕は困った。こんな小さな女の子、なんて話しかけたらいいか分からない。

 水嶋さんはにこにこしているだけだし。

「じゃあ、探してみようか?」

 恐る恐る女の子に言ったら、彼女はこくんと頷いてくれた。よかった。

 そうして僕と女の子は、水嶋さんが言っていたカエデの木までやってきたんだけど。その間、僕も女の子も黙ったまんま。

 これは気まずい。あと、何かイケナイおじさんに見られるんじゃないかって、無駄にビクビクする。

 一応、まだかろうじて二十代なんだけど。

「ここかな? ちょっと待ってて」

 僕はぐるっとカエデの木の周りを回ってみた。

 判りやすく、土が盛り上がっているところがある。そこの土を手でどかすだけで簡単にそれは見つかった。

 …………見つかったんだけど。正直に言えば、僕は女の子に「見つけた」って言いづらかった。

 だって。

「あの、これかな?」

 僕の拾い上げたそのヘアピンは、可愛いお花の部分が割れて壊れちゃっていたから。

 案の定、女の子は顔を歪ませた。あ、あ、あ、泣いちゃう。わぁぁぁ、どうしよう!?

 水嶋さん、助けて。そうだ、水嶋さんだ。水嶋さんのところにもどればなんとかなるはず!

「と、とりあえず、図書館にもどろう? ね?」

 泣きそうな女の子にほとんど懇願しているみたいに言ったら、女の子は頷いてくれた。よかったぁぁぁ。

 すぐに図書館にもどれば、水嶋さんが「あぁ、見つかりましたか」と笑いかけてくれた。

 女神様、この子を助けて!

「でも、あの、肝心のヘアピンが」

 気まずい報告にも、水嶋さんは微笑んだままだ。

「やっぱり壊れてしまっていましたか」

 お見通しなんですね? 水嶋さん?

 水嶋さんは女の子に少しだけ困ったような顔でお願いした。

「あんまり怒らないであげてね。……………怒ってもいいけど。たぶん、とっても反省しているから」

 いったい水嶋さんは何を言っているのだろう? って不思議に思っていたら、水嶋さんが女の子に囁いた。

「犯人がさっきから、ずっと裏口で貴方を待ち構えてるの。でも、大丈夫。私達が一緒だから」

 なんだって!? この子を虐めた犯人が!? 許さんぞ、と、思った矢先。

 水嶋さんに「大人は口出し厳禁。お口にチャック」って、可愛いジェスチャーつきで言われてしまった。可愛い…………。

 そう言われたら仕方がない。裏口へ行く女の子を僕は見守ったんだけど。

 裏口に、いかにもいじめっ子って感じの男子がいるじゃないか!

 僕は思わず水嶋さんを見てしまった。

 あの少年、本当に反省してるんですかっ? 両手をポケットに入れて睨むように女の子を見てますけど!?

 けど、水嶋さんはただ微笑みを浮かべるだけ。

 女の子がおずおずと少年に近づいた。すると少年はポケットから手を、いや、小さな紙袋だ、それを出して女の子にずいと突き出した。

 あ、これって、まさか。

 よく見たら、少年は真っ赤な顔をしてる。

「………………壊して、ごめん」

 女の子が突き出された紙袋を受け取った。途端に少年は、ぱっと女の子に背をむけて走り出した。

 うん、少年は女の子を泣かせたかったわけじゃないんだ。ちょっとイタズラしようとして、きっと。

 女の子は走っていく少年を見ながら紙袋を握っていて。

 それから女の子は僕らを見ると、ペコリと頭を下げて、少年が走りさっていった方へ歩いていった。

「……………虐められていたわけじゃ、なさそうですね?」

「はい。二人とも、とってもいい子ですよ。ちょっと今回はヤンチャが過ぎましたけど」

「あの子達を知っているんですね」

「よく来る子達なので。カエデの木の周りには芝が生えないって二人に教えたことがあったから、もしかしたらそこに埋めたかな、と」

「で、僕とあの子がヘアピンを探している間に少年に確認したんですか」

「はい。裏口を見に行ったら、ウロウロしていましたから。壊すつもりはなかったんですって」

「埋めて隠した、と、彼女に言ったのは時間稼ぎだった、というわけなんですね」

「そのようです。代わりのヘアピンを買ってきたって」

「仲直りできるといいですね」

 顔を真っ赤にしていた少年を思い出して僕は言った。

「どうでしょう? 乙女心は複雑ですから」

 くすくすと笑う水嶋さんに少し見惚れてしまう。と、水嶋さんが僕を見てすまなそうな顔をした。

「すみません、お仕事前に巻き込んでしまって」

「えっ!? あ、いいんです、お役に立てたなら。ていうか、何で仕事前って分かるんですか?」

 水嶋さんには僕の職業がバレているんだけど、何で出勤前だって分かったんだろう?

 すると水嶋さんがちょんちょん、と、僕の頭を指差した。

「寝癖、ついてます。昼過ぎまで寝ていたのなら、今日は仕事かな、と」

「………………当たりです」

 まさか寝癖がついていたなんて! しかも、そこから仮眠をとっていたって推理する水嶋さんって!!

「水嶋さんは何でもお見通しですね」

「図書館司書ですから」

「優秀な司書さんですね」

 僕が褒めたら水嶋さんはちょっと照れたような顔をした。

「ありがとうございます。そして長々とお付き合いさせてしまって、すみませんでした。お仕事、頑張って」

「はい!」

 水嶋さんに言われたら俄然やる気が出る。我ながら単純だ。

 僕の仕事は清掃業。利用者がいなくなった深夜に施設なんかを掃除をするのが仕事なんだ。

 水嶋さんにはあっさり見抜かれてしまったっけ。まあ、こんな時間帯にふらふらしているなんて、夜間の仕事をしているってまる分かりだろうけど。

 どうやらマットレスの傾きが気になって直してたところを見られてたみたいなんだ。あれ、気になっちゃうんだよな。

「いってらっしゃい」

水嶋さんが微笑んで手を振ってくれる。

「はい! いってきます!!」

 面白い本と、癒される景色と、優しくて聡明な司書さん。

 これだから僕は図書館が大好きだ!!









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