ストーリー

「ごめんください」

 主人公はその声に待ってましたと言わんばかりに玄関へ飛び出した。

 やることがないと何もできない彼にとってやることを与えてくれる存在が何よりも大事なのだ。

「はい!」

 元気よく玄関へ出たがそこに立っていたのは裕太の母と同じくらいの年齢の女性。

 しかしその人物に見覚えはなかった。

「どちらさまでしょうか?」

「裕美さんの友です」

「はあ、そうですか」

 そこまで言われても裕太の記憶には同一人物は存在しなかった。

 そのため主人公は初対面として接することとした。

「それで何の御用ですか?」

「琴子をあなたのおじいさまのところまで届けてほしいのです」

「ことこ?」

 するとそこまで女性の後ろに隠れていた琴子と言われた少女はペコリと頭を下げてまた後ろへと戻っていった。

 しかし今度は顔はこちらを覗いている。

「いいですけど、何故ですか?」

「それは」

 と女性は説明を始めた。

 琴子と言われた少女が生まれたのは7年前。

 当時知り合いだった祖父が養育費がないことに目をつけて半分冗談だろうけれども養子に迎えると言い出した。

 実際に子を育てるには金がなく7歳まで育てることが限界だった。

 今では自分の食事をするのもやっとのことだと。

 手続きアレコレについてはもう済ませているが直接だと決意が緩みそうだと考えたらしい。

「なるほど」

「いいんですよね?」

「まあ、とりあえず祖父のもとへは連れていきます」

「ありがとうございます。よかったね」

「うん?」

 少女は何のことだかわかっていないようだが母に合わせて喜んでいるようだ。

「ではお願いします」

「え?」

 そうしてフリーターは少女とともに祖父のもとへ行くこととなった。


「お嬢ちゃん、お名前は?」

「琴子」

「なんて読んでほしいとかある?」

「琴子」

「よ、呼び捨てでいいの?」

 コクリとうなずく少女に合わせこれからは少女を琴子と呼ぶことを決意した裕太。

 しかし、今の課題はやはり琴子に合わせて歩くことだ。

 家を出て数分立ったばかりだが油断していると置いて行ってしまう。

 なんとなく手をつなぐことも気がひけるため隣に立って歩くようにしている。

 しかし、祖父の養子となるとおばということだろうか?

 詳しいことはわからないがそんな気がしてならない。

 この少女が、年下なのにおばなのか。

「ど、どうしたの?」

 少女の視線に気づいた裕太は問いかける。

「お腹すいた」

「え?」

 と思い腕時計で確認するとたしかにもう12時を回っていた。

 意識すると、途端に身体が空腹を訴えてくる。

「どこで食べたいかな?」

「ん」

 と指を指した先にあったのはハンバーガーショップだった。

 野菜が好きな裕太にとってハンバーガーはあまり好きとは言えなかったが連人がいるなら仕方なかろうと腹をくくった。


「いらっしゃいませ~」

 という声で自分があまり入りたくない世界へ入ったことを意識した。

 というのも裕太自身いつぶりか思い出せないからだ。

 一応、琴子の希望通りに注文し商品を受け取った。

「これで良かった?」

「うん」

 確認も済ませ席につく。

 食べること自体も思い出せないが店内で食べるというのはそれ以上過去のことだ。

「……」

 何を聞いていいものかと、考えながら食べていると味のことがわからない。

 祖父の家まではそれほど遠くはない。

 ここから歩いてあと数分もすればつくのだ。

 それこそ別に裕太が琴子と二人で行く必要もないほどに近い。

「あのね……」

「なに?」

 琴子は一言言うと口ごもった。

 まるで何かを言いにくそうにしているように裕太には感じられた。

「何でも言ってみな?」

「……今から会う人は怖い?」

 なるほど、たしかにこれは裕太自身も生活していたら気になることだ。

 しかしどういったものかと裕太は悩んだ。

 自分の視点で祖父を判断すればいいのか?

 それは本当に琴子と同じ視点だろうか?

 ただし裕太は自分以外の視点を持ち合わせていなかった。

 そんな思考は露程も知らない琴子は裕太の悩んでいる様子に怯え始めた。

「ああ~いや、大丈夫。怖くないよ」

「本当?」

「うん」

「よかった」

 琴子の表情が和らいだのを見届けた裕太は安堵した。

 これがあと1秒でも長く悩んでいたらどうなっていたかそれは考えないこととした。


 ハンバーガーを無事食べ終えて、ハンバーガーショップを出た二人は再び祖父の家を目指した。

 同じメニューを食したからか初対面でも裕太は琴子に親近感を覚え始めていた。

 琴子は琴子で自らの手を裕太の手へと持っていった。

 裕太はそれに答えるように握り返した。

 裕太はそのことで離れ離れにならないという確信を得られ、胸をなでおろした。

「ついたよ」

 裕太もここへ来るのは久しぶりだった。

 なんとも威圧感のある家を前に圧倒されていた。

「これ?」

 ポチッと裕太の目を盗み琴子は玄関のチャイムを押した。

 いつ見ても似合わないチャイムが付いているものだ。

「はい」

 と重苦しい声が聞こえた。

 その声は、しかし、女性のものだった。

「裕太です。開けてもらえますか?」

「はい」

 同じようなトーンで返された声に呼応するようにドアが開き中へと入る。

「おお!」

 と琴子は目を輝かせその光景を見つめていた。

 何度も見ている裕太にはいちいち仰々しく、緩慢なこの動作がどうにかならないものかと思うばかりだ。

 中へ入ってからも道は長く家までは数分かかる。

 もちろん一応敷地内ということで入ったということと区別している。

「ふふふ」

 と琴子は楽しげだが主人公は短期間でここまで仲良くできた人間が少ないことから寂しさを感じていた。


「どうも」

「ええ、いらっしゃい」

 出迎えたのはやはり祖母の方だった。

「その方は?」

 と自分よりも幾分視線が低められたことから琴子のことと判断した。

「祖父の養子と聞いてます」

「そんなものはありませんよ!」

 裕太も琴子もその言葉にビクリとしてしまった。

 裕太はどうもこの家の祖母が苦手なのだ。

 しかし、祖父と言われると自分としてはこの大きな家に住む祖父だ。

「どういうことですか?」

「知りません」

 そう言うと祖母は家へと入り鍵をかけてしまった。

 泣きそうになる琴子に、

「大丈夫、僕がなんとかするから」

 と方に手を置き笑いかけた。

「だから、泣かないで」

「うん」

 震える声に裕太は強く決意した。


 とはいえ何の考えもなしに言ってどうにかなることではない。

 祖母をどうにかしないで祖父に会えたこともない。

「なんだ?しょげ返しちゃって」

「お前は!」

「だれ?」

 突然目の前にやってきたのは忙しく世のため人のため働いていると思っていた友だった。

「なにしてんだ?こんなところで」

「それはこっちのセリフだ」

「だれ!」

 裕太はここまで琴子が強く主張すると走らず驚いた。

 そのうえ少し怯んでしまった。

「あ、ごめんね。えーと、俺の友だちの英治」

「よろしくお嬢さん」

「どうも」

 なんとも言えない空気が流れたのを感じてから再び英治への追求をする。

「で、なんでいるんだ?」

「今日の仕事は終わった。っていうんじゃなくてまあ休日は休日として過ごしているってことさ」

「そうか」

 思っていたよりも人間だった英治を見て自分の情けなさを見たような気がした。

「じゃあ聞くけどお前はどうしたんだ?」

「俺は、この琴子を爺さんに会わせるんだ」

「なら、何でこっちに来てるんだ?逆だろ?」

「実は」

 と、裕太は柄にもなく英治に相談を始めた。

 内容は祖母についてが多くを占めた。

「あの婆さんか……」

「ねぇ、まだ?」

「もうちょっと待てる?」

「うん」

 置いてけぼりになっている琴子のためにもこれ以上立ち話もしていられない。

「それだけだから。聞いてくれてありがとう」

「いや、礼には及ばないよ」

 主人公は自分の家へと一歩踏み出すと英治は肩を掴みいった。

「お前が行くのはそっちじゃないぜ」


 向かった先は先程で向いた祖父の家もとい祖母の家だった。

「本当に大丈夫なのか?」

「大丈夫?」

「ああ!」

 そんな自信に満ちた英治の回答に裕太は不安しかなかった。

 その上疲れているであろう琴子をこれ以上連れ回すのは辞めたい気持ちもあった。

「こんばんは。英治です」

「あら、英治君?」

「はい、開けてもらえますか?」

「もちろん!」

 そんないつになく聞いたことのないテンションの祖母の声に裕太も琴子も顔を見合わせ苦笑いをした。

 中へ入ってからも、いつもは玄関のすぐ前にいたはずが今回はこちらへ歩み寄ってきていた。

 そのうえ主人公たちは眼中にないかのように、

「今日はどうして来てくれたの?」

 としきりに英治に話しかけ始めた。

 家までの道までには何故かベンチもあるのだがそれを見つけるや、

「立ち話もなんですし座りませんか?」

 と英治が切り出した。

「ええ、そうね」

 ここまでくると祖母に対して引いてしまう。たとえ自分が孫だったとしても。

 英治はそこでさり気なく振り返りウインクをしたうえ家の方を指差した。

 それは明らかに今だ。行けと言っていた。

 俺はあいつのこういうところが嫌いだ。

 しかし、

「ありがとう」

 小声で、聞こえないほどの大きさの声で一言感謝を告げた。


 英治のおかげで無事祖父の家へと入ることができたがどこがどこなのかさっぱりだった。

 手当たりしだいに部屋へ入るもどこも祖父の部屋ではない。

 英治の時間稼ぎもどこまで保つかわからないことから無意識の内に焦りが募ってくる。

「大丈夫だよ」

「え?」

「大丈夫」

 その瞬間琴子が母と重なった気がした。

 懐かしさと嬉しさと寂しさの板挟みに相いながら琴子の優しさに心打たれた。

「そうだね」

「うん」

 琴子のおかげで落ち着きを取り戻した裕太は祖父探しを再開した。

 だが、そんな思いを裏切るように次の部屋には祖父がいた。

「ん?どうした裕太」

「実は?」

「おお!お嬢ちゃんお名前は?」

「琴子」

「琴子ちゃんか~いい名前だね」

「ありがと」

「で?」

 祖母との一見が何のことだったのかと拍子抜けする裕太だったが祖父の求めにはきちんと応じる。

「爺さんの養子らしいよ。この娘は」

「琴子」

「そう、琴子は」

「ほほう?」

 そうして考え込む素振りを見せた祖父は目を大きく見開くと再び少女を見つめる。

「何か思い出した?」

「うむ……」

 大きく間をおいて放たれた言葉は、

「美人だ」

 ただそれだけだった。

「覚えてないの?手続きとか済ませたって」

「いや、この美人には覚えがある」

 そう、期待させる言葉を放つとまた視線を空へとさまよわせた。

「そうじゃ、なんか言った気がする」

「気がするって」

「まあ、ゆっくりなれていけばいいさ」

「うん」

 裕太はなんとも釈然としない気持ちだったが一件落着と見て家を出た。


「本当に怖くなかった!」

 玄関まで点いてきていた琴子はそう、裕太に告げた。

「なら、良かったよ」

 たった一時、一日にも満たない時間を一緒にしただけの琴子との別れが裕太には重いものだった。

「また、会えるよね?」

「もちろん!」

 家は近い場所にあることが幸いだった。

「それじゃあ」

「またね!」

 できる限りの笑顔で涙は見せずその場を去った。


「もうそろそろお開きにしましょうか」

「あら、もうそんな時間?」

「はい」

 裕太が視界に入ったことで英治は祖母とのやり取りを終えた。

「またいらしてくださいね」

「はい。ぜひまた」

 自然な笑顔でそれだけいうと英治は裕太のもとへとやってきた。

 祖母はまだ手を振り続けている。

「良かったのか?これで」

「ああ!」

「そうか」

「また会えるし、それに今生の別れじゃないし」

「そうだな」

 そんなことよりも感謝だ。

 帰り道を進みつつ長い時を感じている。

 祖母はまだ手を振り続けている。

「それより、ありがとうな」

「いいんだよこれくらい」

「まさかあんなに好かれてたなんて」

「知らなかったのか?」

「ああ」

 裕太にとって英治とあったことは別に光明ではなかった。

 が、英治にとってはそして裕太を助けたことは実に光明だった。

「助けられたし、助けられることがあるなら何かするよ」

「本当か?」

「お、おう」

 食い入るような英治の雰囲気に圧倒された裕太は勢いそのままに押し切られ英治の会社の正社員となったしまった。

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